魔の森周辺の事情
最近、更に移民が増えた。しかもかなり窶れていて、中には女子供だけの移民団まであった。場合によっては魔の森北西、交戦中の区域を強行軍で抜けて来るケースもね。間に合った時は僕が魔物の引き付け役をして逃がすのだけど、間に合わなかった場合は……全滅すらありうる危険な行為である。一種の賭けだ。
ここ最近は人族の移民はほとんどない。あるのは戸籍管理の行われていない所謂ところの『亜人』と呼ばれる少数民族集団だ。中でも多いのはモデルがとても多い獣人種。それ以外はまちまちだが、最近ではエルフも多い。種族として少数ではあるけど増えているのがドワーフ、エルフ、ノーム、ハーフフット、ピクシー、ブラウニーなど。半妖精と呼ばれる小人族や羽妖精、家妖精にまで移民が出ていることにツェーヴェが危機感を募らせている。
僕は知らなかったけれど、小人族や半妖精族は人というよりも僕らに近く、生まれる際の作用で人に近い形をしている種族とのこと。それが流れて来るという事はそれだけ人間の国家間で良くない何かが起きているという事だ。
「今回は間に合ったのね」
(全員は助からなかったけどね。さすがに100人近くを山越えさせるのは骨だった)
「確かにのう……。ファンテールならまだしも、まだ余裕があると聞いておったラザークからの移民とは……。確かにここは魅力的ではあるが、命を賭けてまでたどり着こうと考えるかは微妙じゃ。少し調査が要るやもしれんな」
カレッサの言う通りで、僕が気づけている移民団は割合としてはかなり少ない。見回り範囲が広大過ぎて僕とタケミカヅチだけでは手が回らないんだよ。間に合わなかったり気づかなければ助かる見込みは薄い。少数は何とか抜けてきている場合もあるが、それだけの移民が亡くなっているという事だ。僕らのいる魔の森は一応ファンテール王国の領土だけど交戦中のラザークとも隣接し、さらに海に面した貿易国家アルジャレドとも国境を接している。アルジャレドとは交戦こそしていないが、国家の関係性としては通商の関係で中はそれ程良くない。迷宮は完全に交流がないけどね。主な交易品は塩。内陸国であるファンテール王国のネックは塩という面でも大きいからね。
僕らは魔の森で岩塩層を見つけているし、迷宮の機能向上後にエリアナが『海』を領都の城側に拡張していた。これで塩と海産物は問題ないけど。迷宮の無茶苦茶具合に拍車がかかった気がする。
それから移民問題は何も受け入れ問題だけじゃない。人間種の味を覚えた肉食の魔物が近隣の村や町まで人を襲いに、遠征するような凶事を招く事さえある。兆候として、ツェーヴェの縄張りやスルトの縄張りに侵入する魔物が最近多い。移民を僕が誘導して残った匂いを追いかけてきている証拠だ。ある程度の分別というか動物的本能が残っている魔物なら、ツェーヴェの縄張りやスルトの縄張りに入れば回れ右するけどね。
(けどさ、調査と言っても誰が行くの? 僕レベルが数人は必要だよ? カレッサのレベルでも最近は危ない。魔物の危険度は高くないけど、越境や縄張りの入れ替わりが激しくて魔物が殺気立ってるから)
「ふむ……。それも問題じゃの。しかし、おいそれとお主のような戦力は揃わんぞ?」
「あら、方法が無くはないわよ~?」
(嫌な予感がするんだけど……)
ツェーヴェの提案はスルトやタケミカヅチ、ゲンブの兄弟姉妹を増やすという事だ。人間種の軟な存在を強くするよりも、高位の魔物をここで孵化させた方がよっぽど効率としてはいい。しかし、それも問題が無くはない。この魔素溜まりに狂戦力が固まり過ぎると、ここだけに魔素が集中しやすくなる。魔素は多すぎてもいけないが少なすぎてもいけないんだ。たぶん、現状でも周辺の土地から相当な密度の魔素を収奪してしまっているから、あまり良いとは言えない手段だと思う。
あと、僕らには直接関係ないけど、ここから北西の山脈の間に魔素溜まりがあってそこに魔獣の存在を確認した。今回の魔獣は四足系で頭が二つ、獅子と山羊、尾が蛇という異形だった。
あのエリアはかなり標高が高く、人が到達するにはそれこそ準備が必要な場所で、その直下に湿原があるという凄く過酷な場所だ。この前のガハルト公爵軍が引き起こした大暴走はまだ軽微で、高地に居る魔獣が動き出したら僕らも動向に注意しなくちゃいけない。勝てなくはないけど、以前のキュクロープスやサイクロプスなんかとは比にならない危険度だと思う。
「キマイラね。アレは厄介よ。というか、そのキマイラはたぶん私が300年前くらいに追い払ったやつだと思うわ」
(え? 魔獣って土地を移動できるの?)
「理由さえあれば移動はするわよ。ただ、自発的に動かないだけなの。基本的に魔物は魔素が干渉した野生動物。魔獣はそれ以外の理由で生まれた魔素が関係した存在ってだけ。人族は知らないでしょうけどね。だから人からすれば魔物と魔獣は大差はないわ」
(でも、アレと同じにされるのは嫌だな)
「ふふふ、そうね。私でも魔獣や魔物の厳密な生まれ方は解らないの。どうにか手名付けられればそれでいいのだけどね。魔物はそれなりだけど、魔獣は難しいと思うわ。経験上ね」
ツェーヴェが語り始めた……。これは長くなるぞ~。
ただ、今のところは直接関係はないけど、その内に関係してくるかもしれないんだよね。キマイラに関しては。前にもちょろっと言ったんだけど、位置関係上でガハルト公爵軍や国王軍から構成されるラザーク遠征軍は北東を迂回する経路をとる。この前の二の舞をやるなら受けて立つけど、被害を恐れて魔の森を迂回するならそうなる。魔の森を北東方向に迂回し、さらに北東にある魔境、『黒の森』とラザーク国領のセンテン高地……キマイラの居る高地ね。その麓をさらに回り込むからかなりの距離になる。ラザーク王国はセンテン高地の奥側に防衛陣地を組んでたし、センテン高地の下は湿地帯だ。どうやっても行軍は至難の物となる。
僕らよりも北側についてはこんなものかな? 基本的にキマイラの動向と散発的に渡ってくる移民の対処が間に合うかというところだけだ。残酷な事かもしれないが、僕らにも限界があるからいついかなる時も対応できる訳じゃない。そこまで優しくもないし。魔の森やその周辺の魔境に入るという事はそういう事だ。特に武芸の心得や魔法の才能の無い一般人が入るなんて自殺行為に加えて、集団で密集などすれば『襲ってください』と言っているようなものだ。今のこの周辺の魔境はそういう状況なんだよ。
「北はこんなものね。フォレストリーグ以南はどうかしら?」
(あっちはあっちで面倒なことになってる。まぁ、あっちはヨハネスさんが対応してくれてるから、僕はあまり触っては無いんだけどね。たまに魔物の呼び込みがあるから、それの対処でタケミカヅチが動いてるってのは知ってる)
「すまんのう……同族の不始末を」
「気にすることはないわ。こういう事はその当事者の問題なのだから」
フォレストリーグは僕らの迷宮領から見て南東、ちょうどラザークの反対側だ。そっちにも魔境があって、その魔境の奥地からエルフが越境して、奴隷狩りに捕まるっていう事件が多発したんだよね。エルフやノーム、ピクシーは高値で売れる。最近はここのことが噂になったせいで移流が活発だから、それに付けこむ盗賊や奴隷狩りは多い。それらのせいで行商や人の行き来が減り、フォレストリーグが機能不全になっているって側面もあるんだけど……。そこまでは僕らの領分じゃない。あくまで僕らがエルフの被害者を救出しているのは、カレッサがその分の見返りとして魔道具を用意してくれるからだ。
なんでもかんでもタダでやってたらこっちが疲弊してしまう。
いくら迷宮の管理が天才的なエリアナが居ても、限界はある。僕だって体は一つだ。さっきツェーヴェが言ったけど、本来ならこういうことは当事者の問題なんだ。カレッサが負い目に感じることはなく、本当ならその本人たちに支払わせねばならない。人間社会なら借金奴隷とかそういう処置になるんじゃないかな? その内この領でも奴隷ではなく、強制労働のような法整備が進むと思う。負い目に感じて頑張って働いてくれる移民者ならいいけど、全員がそういう訳ではない。もちろん、働きが良かったり目覚ましい功績があれば特例も出るし、働いた分は還元される。セリアナさんがそういう法整備方面に強くて助かったよ。いくらエリアナが天才でも10歳だ。領法の整備までやらせたらさすがにパンクする。
「こんなところかしら?」
(いや、後はファンテール王都方面のきな臭い動きだね)
「あぁ……、性懲りもない話?」
「何? 奴らはまだ懲りんのか?」
(みたいだよ。馬鹿に付ける薬はないね。どうも、『黒の森』で魔物をテイムしたらしい。どんな魔物かは知らないけどね……)
ツェーヴェの表情が極端に変わった。ツェーヴェが怒る事じたいが珍しい。特に他人と言うか他の対象に直接強い怒りをぶつけることが稀だ。それにこの森に差し向けるにしろ、ラザークに差し向けるにしろ、大惨事は目に見えている。確か、文献で見た黒の森の魔物分布は昆虫系。昆虫系の魔物は知性おある場合が少ないってツェーヴェも言ってたから、人族がテイムできたんだ。基本的に知能が高ければ高い程、レベルが経掛ければ高い程テイムは難しい。運よく高位の昆虫系魔物をテイムしても、何らかのトラブルに見舞われ術者の制御が揺れれば……。襲われ、食われるのは自軍だ。それにどれくらいのレベル帯の魔物をテイムしたかは知らないけど、……キマイラが刺激されたら目も当てられない。
というか、そのままラザークに突っ込ませるなら高確率で到着前にキマイラと一戦することになる。
よしんばキマイラに勝てても知性の弱い魔物は本能がそれだけ強いから、テイマーの拘束力が人族基準では拘束を解かれて暴れる可能性が高い。ラザーク王国としては……そのまま対岸の火事では済まないだろう。キマイラという高位の魔獣が動いたら間違いなく周辺の魔物や動物、それより奥地に他の魔獣が居れば暴走する。規模は解ったもんじゃないけど、小規模では済まないだろうね~。大暴走は他人事じゃないから面倒だ。水面の波紋のように広がるから、どうにかして穏当に済んでくれることを願うばかりだよ。
~=~
・成長記録→経過
クロ
オス 生後70日~75日
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
~省略~
NEW 魔境の監視役 ・ガーディアン
???族
全長13㎝……身長7.5㎝
取得スキル
~省略~
NEW +挑発 +威嚇 +黒焔(固有)