閑話休題48『悪魔と天使の種族調査』
ヨルムンガンドは今日は特殊な施設に来ていた。かなり高額な労役囚人の居住区である。彼女の欲は尽きないが、今日はまた別の意味でも研究を行うために多くのエルフとベラドンナ、キアント=ミアがついてきている。本日の研究対象はある意味善悪の象徴ともされる対局的な存在。天使族と悪魔族だ。その管理をしているセリアナとケイラも同席する。
2種族の生態のことももちろんであるが、こちらの人間領では悪魔族の研究はされていない。また、陸上に天使族が居るという事例は太古の古文書が最後。この2族に関しては任意で組織や固有の部位…羽などのサンプルを収集させてもらいつつ、彼らの生態も聞き取りする。特に悪魔族に関して言えばモデル差が大きく、古代悪魔族と通常の悪魔族ではまったく主組成が異なる。天使族にも元女王とその娘達では大きく差異があり、この辺りにも聞き取りが必要なのだ。
「じゃ、知ってるとは思うけどよろしく。僕はヨルムンガンド。無理しない程度でいいからサンプルが欲しい。特に血液、毛髪、皮膚組織、爪なんかだね。あとは固有で採取できそうなものとかかな?」
「あの一つよろしいですか?」
「うむ。いいぞ」
「ありがとうございます。我々悪魔族は普通に地上に住んでいるので医学的、生物学的見識は一応あるのですが……」
「あぁ、うん。そう思うだろうけど、僕の着眼点の問題でどうしても調べないといけないんだ。協力よろ」
という事で、両種族が思っていたよりも穏便にサンプル採取も終わり、聞き取り調査に入る。メインサンプルは4人。本当はもっと多くの声を聴きサンプルが欲しいが、何事も順序だててやらなくてはいけない。最初に聞くのは悪魔族の男性から。
悪魔族は魔素の流れからみて、長い悪環境に人間種が適応した人間の延長線上であると、ヨルムンガンドは見た。それは目の前のグレムリン族の男性も強く頷く。古くは『厄災』以前の時代に入植した人間種が長い時間をかけ、荒れた土地に適応して強靭な肉体と瘴気への耐性を取得。同時に魔法適正も伸びた。それの弊害として、清純な濃度の濃い魔素に触れると体に強い異常を引き起こすらしい。
悪魔族に関してはヨルムンガンドの見識と、古くから伝わる悪魔族の認識に齟齬は無かった。食性も組織の変遷もその原因を考えれば順当とも取れる物で、特に面白くもなんともない。ヨルムンガンドはしっかりとメモを終え、男性に礼を伝え、飴ちゃんを手渡す。男性は戸惑うが、新製品のお菓子だから食べてみてと言われ。口にする。イチゴ味の飴である。
次に問われたのが元魔王のメッサーリアとその娘のミゼラ。
古代悪魔族に関してはもっとしっかり調べないと詳しいことは言えないが、父の提唱した『魔族』に近い。内包する魔素の量や他の悪魔族とは違う飛びぬけた能力などもそうだ。その言葉にメッサーリアが問う。魔族と人間種の違いについてだ。それについては一言で終わる。大本の祖が違うのだ。
「まず、そこのグレムリンの君の場合はおそらく人族が環境適応した存在。口が裂けても同族とはいえないけれど、大本は人族由来の組成が多い。だけど、メッサーリアやミゼラの場合はまた異なる。大本は確実に人間種じゃない。人間種が抑えられる魔素量を遥かに飛び越して、肉体も強靭。それが継代的に受け継がれて固定化された種族。それが魔人から派生した魔族だ」
メッサーリアやミゼラは淀みないヨルムンガンドの言葉に聞き入っていた。元来、悪魔族とは闘争の中に生きる種族だ。奪い、奪われて生きることが必至の種族。その種族では医学は発展すれども、自分達のルーツを探ろうなどという学者が多い訳もない。もちろん、どこにでも変人や奇特な者は居るもので、それが全く居ないとは言わない。しかし、それが大成して悪魔族に根深く浸透するまでにその説を轟かせることができたかと言えば異なる。
そういう意味で、古代悪魔族の親子はヨルムンガンドの学者気質という物が物珍しくもあった。
とうのヨルムンガンドはそんなことには興味はないようで、特に母親のメッサーリアの外観から他の魔族との混ざりが無いかを調べている。そして、暫定的にヨルムンガンドが出した答えは『鬼族』との共通点の多さから、鬼族派生の可能性があるという事だった。
鬼族は元から体が強い。その鬼族が何等かの理由で魔王領側に居着いた場合、普通の悪魔族などよりも寄り強力な種族として変遷してもおかしくない。この世界では濃い薄いは別で、環境における滞留魔素が生態に大きな影響を出すことは既に分かっている。元ファンテール北方、現在では『ドルツェンハイム分領』と呼ばれる地域の出身しゃが20年ほどでやせ型しか生まれないという変化を遂げた。また、『ハープランド分領』の人族よりも飢餓に強い耐性があることも判明している。
「それ程の短い期間でか……。ならば我々がまったく違うルーツであるというのも頷ける話だ」
「そうそう。そういう意味ではたぶん天使族、特に王城のミカエラも魔人から派生していると思う。天使族に関しては研究資料が少なすぎてどうこうとは言えない。けど、ミカエラだけかなり魔素の内包量が多い。他も王族は近いところにある。天使族の場合は外の血との混ざりで劣化したのが天使族なんだと思う」
ヨルムンガンドのこの言葉に元天使族女王のミカエラも頷く。天使族は女性しか生まれない。なので必然的に外の世界の異種族である男性との交配となる。しかし、天使としての力は弱まれど、天使として必ず生まれて来るし、『エル・ピア』に住んでいれば徐々に内包魔素の密度は高まり精強になる。
この点についてもヨルムンガンドはおおよその答えを既に持っていた。
大天使という元女王のミカエラはかなり魔人寄りの組成だ。しかし、継代するごとに王族でも力の弱まりがある。このことから天使族はほぼほぼ魔人の肉体のまま維持されるような生物なのだ。とはいえ、やはり他種族と交わるので、時間をかけねば元の力に近づくことはない。その魔素の供給源が、『エル・ピア』の動力源だった迷宮核。今ではクロに奪取され、天使族としてのリンクはないが、『エリアナ女王国』内部の多くの迷宮から大量の魔素を供給されているので、数名は直ぐにでも大天使になると思われる。ようは位階進化するのだ。
しかし、いくら魔人に近い形質を残したとしても、大本の魔人に至ることは無いともヨルムンガンドは続けた。一度まがい物が混じると、そこから100%に戻すことはほぼ不可能だからだ。それこそ幾星霜の年月を継代したとて不可能。ここで先ほどの文言に戻る。天使族の開祖は強すぎたのだろう。なので天使族は性別が固定され、時間をかけねば強くならないようになっている。
「ふぅむ……考えさせられますね」
「そうだね。僕はそこを考えるのが仕事。君達天使の血や羽が薬や魔道具になるのも、僕ら魔人の組織が役に立つのと同じこと。ただ、どうしても魔人の方が効力が高いから、少し劣っちゃうんだよね」
「……なぁ、ヨルムンガンド殿。魔人とはどういう生物なのだ?」
ヨルムンガンドはメッサーリアの言いたい事を理解はしたが、大きく頭を振る。当てずっぽうにいう事はできるけれど、それは確かなことじゃない。特にメッサーリアの知りたい『大魔人』のことは今でさえヨルムンガンドにも解らない。なので追い求めている。無限の進化を遂げ、この世界に満ちる魔素という物で成長する存在。生き物として、どのような役割を求められこの世界に生れ落ちたのか……。ヨルムンガンドの興味は尽きない。追い求める謎はまだまだ数多と存在するが故に。




