クロの長期出張・トラマンタ帝国辺境領6
その頃、『トラマンタ帝国』の南東区域にあるエルフ自治区という森林地帯は絶望に満ちていた。クロはまだしっかりと理解していないが、魔素はそもそも滞留しにくい。しかし、一度そこに淀んだ魔素は直ぐに晴れることはない。クロ自身が吹き飛ばせば可能かもしれないが、一度滞留した魔素は数百年単位で消え去ることはないのだ。
それに加え、懐古派の内部事情も大きく変わっていた。懐古派はエルフだけで構成されている訳ではない。古文書や口伝を元にエルフ族の帝国があった事が伝わっているが、それの腰巾着や成り代わろうという野心ある者は存在するのだ。
純潔を重んじるトラマンタのエルフ一族はその森で再び目を覚ました。その直後は彼らの体に起きた絶望的な変調に気づけていなかったのだ。それは懐古派の中にある派閥の小競り合いが激化した時に露見することとなる。エルフ族が他種族を見下せる特技でもある魔法を彼らは一切使えなくなっていた。これまで懐古派の頭領のような立場にあったエルフ族は、一気に立場が落ち込み、失墜していく。獣人族や人族に追われ、討たれ、囚われ……。『トラマンタ帝国』の民族融和という大義名分に守られていただけだ。最終的には極度に濃い魔素溜まりの中心部に数少ないエルフが逃げ込み、他種族が入り込めないことをいいことに籠城を始める。……が、その時には国中で大きな波が立ち上がり、あちこちで内乱や災害に発展していたのだった。
「どういうことだ……。何故魔法が使えない?」
「あのガキのせいだろう。あの野郎。覚えてろよ」
「それよりも外の情報が一切解らない。どうにかして外の情報を得なくては……」
残念ながら、彼らの命は灯のような物だ。これまで彼らが貶めて来たハーフエルフ達よりも『下等』な存在に成り下がったエルフの外観をした人族では、魔境と化した彼らの籠城している土地の本当の恐ろしさを知らないのだから。
懐古派の他種族や人族がその森に入れなくなったのには別の理由があった。
クロが魔境にしたという事はクロの魔境の特徴が現れるのだよ。ここに小規模の『黒鋼の森』が出現したのである。『黒鋼の森』にはミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネなどの木が生えることはとても有用で、主もそれを利用することから有名だ。しかし、それ以上にあの森が危険である事を思い出さねばならない。体表の一部にそれら金属で構成された部位を持つ魔物が出現する、通常の人間種としては絶望的な森である。普通に考えて何の技術もない人族が例の木をどうにかすることなど不可能だし、魔力を練り上げるための回路が破壊されてしまったエルフがそれを利用できる訳もなく。利用できれば多少は粘れたかもしれないが、そのままエルフ自治区に籠城していた懐古派エルフの残党は魔物による襲撃で誰にも知られずに壊滅した。
何故、懐古派エルフの残党が消え去ったのか知られていないかと言うと、出張版『黒鋼の森』が森の内部だけに魔物が現れる訳がない。覚えているか解らないが、既に滅んだ『ファンテール王国』の北東部に『黒鋼の森』が繁茂した時、魔物被害は甚大なダメージを出した。それがここでも起きえないことはない。この周辺には大きな魔境もなく、長いこと『大暴走』など起きた事も無かった。その安穏とした空白の時間が、魔物ならいざ知らず魔境の脅威を忘れさせて久しい。『トラマンタ帝国』の懐古派派閥の領主層が領有する土地付近で、その大暴走とも呼べない規模の魔物の被害が頻発。元からティガーなどの勇猛な戦士をそれ程抱えて居ない懐古派の領主層は対応に追われるも、土地を捨てて中央に逃げ延びる以外になかった。内乱中であったので民を打ち捨てながら命からがら逃げ延びたのだ。
「何が起きていると言うのだ……。危険な思想を持っていた懐古派が壊滅したことは喜ばしいが」
「ふうぬ。国軍の再編を急いだほうがいいか? 何だったかのう。あのトラの小僧の名は。彼奴に一軍を率いさせて掃討させれば……」
「それは無理じゃ、ティガーの小僧は『アザル・ダマカサン』についておる最近あちらは大暴走が起きた直後で荒れて居るからな。あそこの護りは重要じゃて」
「それならどうすると言うのだ? 現状の国軍で何とかせよと言うのか?」
このように会議は時間を食いつぶし、何ら進まない無為な堂々巡りを加速させる。物事を突き合わせ、現実を直視することは重要だが、それに現実逃避を混ぜ込むようでは意味がない。彼らのこの会議で南東部の領域を保守する妙案は出なかった。この時、最低でもティガーに声をかけていれば、絶望にも似た後悔に苛まれることはなかっただろうに。
彼らが無駄な議会で延々と話し合いをループさせている間に失われた土地は、4つの領地と防衛中の領地の10近い市街と町村。長らく戦などに晒されていないこの『トラマンタ帝国』の内部は町村間も間隔が狭い。それも関係し、次々と魔法も効果がなく従来の兵器が意味をなさない魔物が食い破り続けたのだ。それも全てクロの作戦である。彼が最後に中央の謁見の間にある迷宮核を起動した。『トラマンタ帝国』が迷宮国家であった時の環境が再び立ち上がっており、彼が管理している土地として認定されているので魔物は疲弊しない。通常の魔物ならば長時間を魔境から離れることはできない。いずれ疲弊して死んで行く。しかし、迷宮化しているこの国で主はクロ。管理者が同じ魔境と迷宮であれば魔物は疑似魔物と判定され、迷宮核から魔素が供給される。また、迷宮主が異物と判定する者は徹底的に排除されていくのだ。
この場合はクロがロゼリアの意志を汲んで迷宮を管理しているので、ロゼリアが異物と考える存在が排除される。まさに老害が結論を出しかねた無為な時間と、再び緊急だと招集された実務者会議にしゃしゃり出て来た老害が会議をループさせた結果。半日かからない内に、『トラマンタ帝国』の南東側に領地の殆どが出張版『黒鋼の森』に沈んだ。
「やはりティガーを呼び戻せっ!!」
「あちらも荒れて居ると言うとるじゃろうがっ!!」
「ダメだ。こいつらでは話にならない。ロゼリア様はどうされたのだ?」
「そ、それがロゼリア様はこの魔境の浸食より前にご実家に嫁入り前の整理を行うと立たれたばかりです」
「……なくなっていてもおかしくないな」
「では誰が判断を下すのだ? 今すぐに皇帝を決めるなどという時間はないぞ」
混迷極まる中央議会では何も進まない。それだけに留まらない問題が既に波及していた。南東側からの『黒鋼の森』の浸食に怯えた一般市民は這う這うの体で北西方面へ向けて逃げていた。その中には現役の軍人や警備隊などの本来ならば最後まで居残るはずの者も多く含まれている。
安穏とした時間が長すぎた。融和を謳えど、一部の者に押し付けて来たツケが回って来たのである。
南東側が壊滅し、多くの人間が北西へ逃げていくと、魔物の興奮度も一気に上昇していった。そのまま規模は小さいながら各所で暴走の兆候が頻発し、中央も魔物の攻勢に押し負け陥落。押し込まれた一般市民の行く末は最後には『アザル・ダマカサン』と『キマ・タクザムル』へと押し寄せる。だが、それも受け入れられる規模には限界があるのは明白。
権力を振りかざした特権階級にティガーは拳で、エイズミーは辛辣な毒舌で応えたという。クロはその頃に疑似魔物として迷宮核に認定されている魔物を魔素に戻す。クロの仕事はここまでだ。南東側に出張版『黒鋼の森』を拡張し、悪魔族の侵攻における防壁としても利用する。『不破の森』外縁にも張り巡らし、死んでいる火山『フォフニル火山』の外縁を這わせ、ヨルムンガンドの縄張りの横、グランデール峡谷に接続。まん丸に『トラマンタ帝国』を囲った形である。
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「結局、クロ坊の言う通りになったな。アイツ、ただの蜥蜴とか言いつつ、神かなんかなんじゃね~の?」
「それは私も感じた。……が、そんなことはなんでもいいさ。私達はその神にも等しいお方の下に着いて働ける。全力で応えればいいだけだ」
「そりゃもちろんだ。上手い酒に美味い飯。食いっぱぐれない。これだけで今までとは大違いだしよ。できることをできるようにやろうぜ」
この後、『トラマンタ帝国』はロゼリア皇帝による解体宣言を受け、『エリアナ女王国』に吸収された。厳密には『アザル・ダマカサン』と『キマ・タクザムル』を領有している2つの領地が帰属した形だ。その2つの土地を管理するのはロゼリアに任せられ、ロゼリアが選んだ様々な人員が魔人シェイドなどの協力を得つつ回していく。大きな動乱とはならなかったが、自浄作用を欠いていた1つの国が溶け落ちた。この大きな事変は再び大きな変化をもたらす原因となる。それが顕在化するのはまだまだ先の話だ。
クロという魔人、いや、大魔人が次々に人の領域を呑み込み、新たに再編するこの大波に勝る波はあるのだろうか。
この時、彼をこの世界に呼び込んだ者は、笑顔を見せながらクロの行動を見守っていた。彼がどこまでどのように変えるのか。その者は彼の魂をこの世界に降ろして以降は傍観している。彼にはそれしかできない。それしかできない故に、彼は楽しんでいた。以前、彼と袂を分かった存在がこの世界に直接影響を出したことで、その存在は世界に手をだせなくなってしまったから。
手を出せないもどかしさももちろんある。彼は時折やらかすからであった。最近も神にも至る巨龍を手足のように使っているかと思えば、彼自身を分裂させたり、迷宮核という本来なら傍観者たちがこの世界に手を入れる為の道具を我が物顔で使いこなす。その規格外でハリに満ちた蜥蜴の生き様を、その存在をこの世界に根付かせた者は誇らしげに見守る。その存在からしても、クロという存在は特別なのかもしれない。そして、この世界に手を出せないその存在が願える物はただ一つ。
苦労多き、黒蜥蜴に幸多からんことを。切に願おう。……という事だけだ。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後半年(200日~205日)
伴侶 エリアナ・ファンテール
身長130㎝
全長17㎝……身長12㎝
取得称号
~取得済み省略~
取得スキル
~取得済み省略~
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