閑話休題40『哀れな悪魔族のその後』
どうも……初めまして。私はミゼラ。元魔王姫のミゼラよ。
はぁ……。どうしてこんなことに。私は『エリアナ女王国』の象徴、『クロ』とかいうガキの悪口を言いふらしながら酒場を梯子していた。どういう訳か、それが重大な叛乱行為だとされて私は厳重に捕縛されて地下深くの牢獄に押し込まれてしまった。私より明らかに悪い事した2人が犯罪奴隷系みたいな待遇なのに、何故か私だけ死刑……。受け入れられず、さらに歯向かったら……。私はボロボロになっている母上の前に突き出された。そこでこれまで殴られたことなど一度もないというのに、意識がなくなる程ボロボロになるまで殴り倒され、母上と一緒の房に入れられて恐ろしい一晩を過ごした。
翌日、私はこの国の法務長官という女王の母親に……、本当に殺されるギリギリで嬲られ続けてから司法取引の同意書に署名させられた。あの同意書は最高位の魔法契約書だから、私達程度では破ることはできない。さすがの私も絶望し、口も聞けない程ボロボロにされた皆と共に揃って、セリアナ法務長官の部屋で待機させられた。
「あ、あの、これホントに皆さん大丈夫なんですか? 目から光が消えてますけど」
「大丈夫よ~。さっきも言ったけど、必要な躾けをしただけ。飼い主を噛む番犬は不要だし、上下関係の構築は人間関係の基本よ? その最上位の者を貶めた罰や、長としての務めを果たせなかった愚図の扱いとしては優しいくらいだから」
うん。もうやめて……。思い出したくないんです。
少しでもあの女の意に沿わない行動を取れば、足の甲や手の甲をピンヒールで踏み抜かれる。踏み抜かれたまま何度となく反省するまで蹴り込まれるのよ。あの女は人間じゃない。悪魔族の私が言えた事じゃないけど、あの女の方がよっぽど悪魔で魔王よ。母上の方がよっぽど人らしい感性していると思う。
私達が思い知らされたのは、彼の慈悲に気づけずに思い上がった傲慢な心と態度がどういう風にこの国で見られているか。
彼はよっぽど優しかったのだ。私や酒場で一緒に飲んでいた古代悪魔族の友人は死刑を求刑されていたらしいが、彼が人死にを嫌い追放刑までで抑えようとしてくれたから今生きている。あの女はあくまで私達の権利や主張は認めてくれない。私が貶めたのはこの国の象徴たる人の尊厳。つまり、私の尊厳はこの国では保証されない。目には目をとは言うけれど、本当にやられると心が折れる。……折れた。
私と母上、数人の古代悪魔族の若い女子のみ集められた。そこで言われた言葉は、以前までの私ならば大声で怒り狂い反抗したことだろう。以前までの私なら。もう、心が折れてしまい、立ち上がらないのだ。それほどに教え込まれた。私達は生かされた。生きる権利だけでも保証された事を喜べという、あの女の言葉に私達は揃って返事をする。
返事をしないと、あのヒールの餌食になる。
最初はあの小柄で細身で童顔な女の本性を知らずなめてかかった。そしたらどうなったと思う? 普通の人族にしか見えない、しかもあの見た目で28歳一児の母に、私と古代悪魔のはねっ返り数名が数秒でノックダウン。それからはさっきの地獄の拷問が続く。アレを繰り返されるくらいなら。司法取引でもなんでも受けるしかないと思えた。
「ねぇ、プラーダ。生きてる?」
「な、何とか……。ミゼラ様、私と…堕ちてない子、あと何人残ってます?」
「アザゼルとアマルモンだけね。たぶん、2人もほとんど堕ちてる」
私達は生かされた。ほとんどの悪魔族は労役囚人という刑罰制度で、適正のある職業に回されたらしい。反骨精神の大きな私や一部が巻き込んだ形だから、穏便に済んでよかったとも思う。ただ、この状況でも反発した数人はここ最近見ていない。どうなったのかは考えたくないけど、やってしまったことがやってしまった事なのでどうしようもないと思う。
私達はセリアナ法務長官との取り決めで、とある人の情婦として国に買われた。そうでもしないと賠償額が大きすぎ、生きてる間に支払えないからという。私やあのヒール女に教育された古代悪魔族は軒名もそういう待遇だ。悪くないのは生き残れた事だけではない。居住や生活面も格段にいい。どこぞに性奴として買われるよりはどう考えてもいい。魔王領では捕虜の女はほとんどそういう運命だからね。これなら全然マシだ。部屋は汚くないし、隣室に監視は付くけど2人一部屋の部屋が与えられ、トイレと風呂付の普通よりいい暮らしという施設に住まわされている。
問題はその労役の内容である。結局は情婦なので……。
それ以前にあの子供だと思ってた魔人。もの凄い体力をしていて本気で殺されるかと思った。母上など、一日目にして完全に堕ちてしまい。今では……うん。定期的に面会に来るヒールの悪魔からの情報では、軽い罰で勤勉な悪魔たちは既に土地に馴染みだしたとのこと。安心できる。安心できるけど……。
「ふふふ。頑張るわね~」
「は、はい」
「普通に答えてもいいわよ。貴方はやらかしたことが大きすぎて目に余ったけど、今では有効な使い方が見つかったから。私もせいせいしたし」
「そ、その……なんで私達は彼に?」
「単純なことよ。私達で思いは被らなかった……。けれど、利益の重ね合わせはできるのよ。貴方のお母様、メッサーリアさんから事情は聴いているし」
古代悪魔族はどんどん減っている。この土地ではエルフとハイエルフでも同じ形態をとっている部分があるという。ハイエルフの国、ここに喧嘩売ったのね……。よく種族ごと滅ぼされていないと思うわ。
それで、私達の場合もこのヒールの悪魔が母上に持ち掛けたという。こちらの問題を解決する代わりにその問題だけは解決しようと。母上の司法取引で母上が身を差し出すことで、他の悪魔族の反発しない者の身柄を保証することを認めた。その代わり母上は一生ここで様々なことを言われるがままにして働く。奴隷刑に近いけど、一応は生活は整って居るし、普通より良い暮らしだ。まぁ、母上の場合は……。年甲斐もなくね……。
その上で、私が母上にタコ殴りにされたのは、その司法取引の後に私や一部の古代悪魔族が反発したのでだそうだ。どうしても最後の躾けをしたいと請われ、ヒールの悪魔も受け入れたという。
……はい? それ、ホントですか? なんて言うか、この年齢になって年の離れた兄妹姉妹の出現は、複雑と言うかなんというか……。あ~、……わかりました。仕方ないですね。優しいのか残酷なのかわからない女だ。利益の一致とか言って、これは他の力の弱い悪魔族を移入させるパフォーマンスも兼ねている。悪魔族は人族と険悪で、双方共に簡単に受け入れられる程に争ってきた歴史は浅くない。溝は深い。けれど悪魔も一日を働き、対価を得て生きる一つの種族としては変わらない。私達、反発していた者を出汁にして、反骨精神を完全に叩き潰しましたよ……というね。
「そ、それなら、こんな酷くは……」
「間違えちゃだめよ? 私は貴女方が貶めた分はその傷と心に刻み込んだ。それとこれとは別。それから、貴女やお母様の身柄が一生国に預けられているのも忘れないでね?」
「は、はい」
「それから、あまり意地を張っても仕方ないから、現状を楽しむことを勧めるわ。貴女のお母様やお友達の皆のように」
この言葉に従った結果。数日後に私も見事懐妊。古代悪魔の血統は……このまま守られていく? ピンヒールの悪魔曰く、ここの代表のクロ…あの大魔人は身内は必ず守ってくれる。うん。それなら、長い物には巻かれろと言うし、巻かれちゃいましょうか。数日とせずにアマルモンやアザゼル、プラーダも私と同じ道をたどっていた。間違いなく、古代悪魔族は残って行くだろう……。あの規格外の魔人の手の内にあるのだから。