一方…その時の魔王領では
『サタナニア魔王国』の南西側の小勢力、『アルマリア女王の勢力圏』では災害級の被害に見舞われていた。それもこれも全て状況を読む事のできない暗愚の王が、怒らせてはならない存在を怒らせたことが原因だった。
この『アルマリア女王の勢力圏』とは正式には王国勢力としては認識されていない。あくまで『サタナニア魔王国』の離反勢力の1つである。……と、周辺の他魔王国からも認知されていた。実際、占拠していうる土地が比較的資源が豊富で、彼女に着くメリットが多い者が多かったので成り立っているだけだ。何かの均衡が崩れればその瞬間に瓦解してもおかしくないという繋がりの弱い勢力だった。
その勢力下にいきなり現われたのはアルマリア女王が出している斥候の1人で間違いなく、敵対している父親の魔王ゾトスの勢力の動きを探らせていた者の1人である。とても強い悪魔族の精鋭である暗部の中でも精鋭というメンバーだけが配備されているのだ。その暗部の1人がほとんど虫の息で女王の執務室の床に転がされた。しかも、どこから入って来たのか見当もつかないように、虚空から現れたようなその派手な黒いドレスの女が1人だけ。
アルマリアは気づいていないが、もう一人いる。今回主動しているスミオの護衛として同形機のカヨが。この2人が居れば、この城ごと燃やし尽くすことも簡単だった。しかし、スミオもカヨもそこまではしなかった。ワザとであるが。
「それでは、あくまでしらをお切りになるという事でよろしいですね?」
「知らぬ物は知らぬのでなぁ~」
その相手の実力すら読めない暗愚の王のせいで、その城塞は各所が倒壊して見る影もない姿をさらす。この時、スミオもカヨも特に何かした訳ではないのだ。静かに怒り、主人であり、夫であるクロの慈悲を踏みにじった者への感情が魔素に乗っただけの事。クロの甲殻を素材に錬成された元ゴーレムの2人に、位階進化による疑似生命化でその力は飛躍的に伸びていた。魔素を体に循環させる人工的は機構が有機的で効率的な物に変化し、彼女達のあらゆる能力を爆発的に昇華させている。それはある程度力を抑えたクロが複数いるのと同じことであった。
現在の4体はヨルムンガンドのオーバーホールにより、オリハルコンの骨格を古龍の骨組織との配合で寄り強固にされている。普通の生命なら死んでいてもおかしくない魔素の内包量も重なり、彼女らは魔王級の悪魔族だとしても苦も無く狩る。
笑顔を顔に張り付けたままのスミオの筒袖からは仕込み刃が伸び、恐慌から泡を吹いて卒倒している護衛など無視しアルマリア女王へ詰め寄った。そして、底冷えするような声で徹底的に脅し、スミオはけたたましい咆哮を上げてさらに城郭の崩壊を加速させる。この咆哮は現在アルマリア王女が纏めている領全体を震撼させ、周辺の魔王国勢力すら動きを鈍らせるほどの威圧を発した。悪魔族が住まう魔素の薄いこの不毛の地は絶えず争いが続いている。他者から奪わねば生きられない土地。それを蘇らせようなどと考える者もおらず、さらに悪循環が回り続ける死を循環させる地なのだ。
「お前や他を消滅させる程度、造作もない。だけど、ご主人様の命令だから、生かしといてあげる。もしかしたら、死ぬほど後悔するかもしれないけれど」
スミオとカヨはそのまま『サタナニア魔王国』の奥地から飛び立つ。わざと尾を引いて混迷が続くように、彼女はもう一度咆哮を上げて人や悪魔には見えないような空高くへと消えて行った。これが原因となり、『サタナニア魔王国』は一気に坂を転がり落ちるような衰退を見せる。悪魔の住まうこの南方の奥地は戦乱絶え止まぬ地。その蠢く大きな争乱に飲み込まれ、1つの王朝が消えてゆく。それも一つの定めであった。
空へ飛び立った黒衣の美女は自身の主と、その周囲の平穏意外には大きな興味はない。
たとえ遠くの国で何万の命が絶えようと、1つの大国が溶け落ちようとも。彼女の興味の範疇にはないのだ。彼女の願いはただ一つ。永遠のような時間を生きる主と共に、生れ落ちたこの世界を楽しむ事。彼女が生れ落ちた理由は、彼がこの世界を駆けるため。彼女らは心の底から想う主との幸せな時間を楽しむこと以外に興味を示していないのだ。新たな生名である人工生命の彼女はまだ、情緒を育んでいる途上である。主人と共に成長していく。それが彼女の存在意義だ。
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スミオとカヨがアルマリア王女の勢力で大暴れしているその頃、ほぼ同時刻に『サタナニア魔王国』の首都で魔王ゾトスの前には手足を切り落とされた悪魔族が転がされていた。その犯人はヌレバだ。ヨルムンガンドは彼女ら4体を同一の思念になるよう調節したつもりなのだろうが、位階進化の後に彼女らは別の人格として個人を得た。その4体は徐々に個性を育み、今では徐々に口調や性格というような違いが発展しているのである。
その中でヌレバは最も苛烈で、最も主人に対する愛が重い性質であった。
ヌレバは許せなかったのだ。ヌレバは主人の優しい笑顔が大好きで、その主やその娘のために働くことが何よりも幸福に感じる時間である。その彼女の目の前で憎悪の表情を見せる主を、ヌレバは恐ろしくもあり愛おしいとも感じた。自分が主と同じくらい強ければ。自分が先回りして主のために躾けておけば……。迫り来るであろう暗雲は払い、彼には麗らかな陽光に包まれ、さわやかな風の中を静かに望むままに生きて欲しい。それが彼女がこの世界に生れ落ちた意味。彼女が最も自身の存在意義を感じる事であった。
その上でその原因を作った目の前に転がした者と、主人の安穏とした生活の障害と成りうる愚物は処理せねばならない。
なのに主は優しい……。ここで処分することが簡単だ。ヌレバの直情的な方向に形成されつつある思考回路での最適解は、今ここで終わらせる事。どうせこの愚物を処分しても、次から次へと害虫は湧く。ヌレバはその度に処分すればいいとさえ、既に感じていたのだ。
「……お優しい我らが主の慈悲です。今回はその命、見逃しましょう。しかし、次は無い」
ただならぬ覇気が漏れ出す漆黒のドレスにそれこそ濡れ羽色の艶やかな長髪の美女は、魔王ゾトスを圧倒した。魔王ゾトスは代々魔王家に伝わる宝剣でもある魔剣に手をかけていたが、彼にはどのような手段を駆使しても彼女に勝てる未来が見えなかったのだ。玉座から立ち上がり、臨戦態勢ではあるが、膝に力が乗っていない。これでは受けるとも攻めるもままならないだろう。
それに余裕のある歩みをしているように見えるが、ヌレバの立ち振る舞いには一切の隙が無い。魔王を守ろうとしている衛兵も全員剣を構えているが、攻め込むタイミングが一切つかめないのだ。一見隙だらけ。しかし、ヌレバや疑似人間型生命体の4体は、骨格こそ人間種のようであるがその本質は機械生命体である。関節の可動域や反応できる感覚の範囲。仕込まれている武器やそのバトルスタンスすら相対する者には察することは難しい。
現状この場に居る衛兵や最も実力のある魔王ゾトスですら鎧袖一触される。筒袖の内に仕込まれている仕込み刃や、魔法のようではあるが魔法とは違う『黒焔』など。また、単純な体術だけでも衛兵ごときでは絶えることもできずに絶命するだろう。
「……何だったのだ。アレは」
「魔王様、トラマンタ遠征指令はどのようにいたしましょうか?」
「処分しておけ、どの道助からん。代わりの者を派遣するか否かを判断する。斥候を派遣せよ」
「はっ!!」
その直後、かなり遠方ではあるが、権力に魅入られ叛旗を翻した実の娘、アルマリアの勢力に奪われていた重要拠点の城塞が崩壊したと物見からの報告が飛んで来る。それと同時に先ほど居たヌレバと似た黒衣の人間種が空を飛び、『トラマンタ帝国』の方面へ消えて行ったことを立て続けに報告された。
その時、魔王ゾトスは悟ったのだ。
何の偶然か、人族に異常な力を持つ何かがある。それがどのような戦力であるかはわからないが、いきなりその首魁がここへ来るとは思えない。あの黒衣の女、ヌレバはあくまでもメッセンジャーだ。これ以上食い下がり、こちらを害しようとするならばこのようになるぞ? ……という明確な脅し。そして、この脅しを仕掛けて来た者は優しく言って化け物。悪魔族は元から力に長けた種族である。それがしり込みするような力を持つ眷属を複数人抱えている新勢力だ。
魔王ゾトスは眉唾な噂程度の報告を聞いたことを脳裏の隅から引っ張り出した。最近周囲の魔境を凄まじい速度で我が物にしている魔人の一派がある。その力は並みの魔人程度は一蹴し、国土を単騎で呑み込む、神に等しき存在。『殲滅の大魔人』。その名は確か、『クロ』。外観は幼年にしか見えないにも関わらず、その肌から漏れ出る魔素量と氣は魔王程度では相手にならない。
「まさか……な。そんな物に喧嘩を売ったとなれば、この国は今残っておらんはず」
この時の魔王ゾトスの判断は良くも悪くもなかった。クロは直接的に『トラマンタ帝国』を狙われたことと、悪魔族の人体実験じみた行動に憤慨しその尖兵を灰も残さず消し去ったのだ。彼の尾を踏むことを恐れた魔王ゾトスは離反していた娘の勢力を呑み込み、国家の安定を図ろうと試みた。結果、クロからの圧力はなく延命という状況に持ち込めたことは良かっただろう。しかし、失った物が多すぎた。『凍土の国』から大量に買い込んでいた魔素結晶がなくなり、その起死回生の一手として投じた手は真逆の動きをしたのだ。必要不可欠な軍需物資、魔素結晶は足りず、周辺の勢力から集中的に攻撃を受け呑まれていく。そして、『サタナニア魔王国』はそれ程持ちこたえることもできず、魔王領の群雄割拠の列席から脱落していくこととなる。また、この時の『サタナニア魔王国』が急激に衰退した原因として、1人の魔人とその眷属のことがゆっくりと魔王領方面に浸透していく。人間領方面に現れた『殲滅の大魔人』にだけは手を出してはならない……と。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後半年(185日~190日)
伴侶 エリアナ・ファンテール
身長130㎝
全長17㎝……身長12㎝
取得称号
~取得済み省略~
取得スキル
~取得済み省略~
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