閑話休題39『魔人ヨルムンガンドの自由研究・星龍レポート』
ヨルムンガンドの興味は彼女の目標と欲望を満たすための物だ。それが時には何かしらの問題になり、時には生産に寄与する。これは魔人という超常的な存在故に、周囲を気にしないという残念な特徴が表れている部分だろう。少なからず、魔人にはそういう所があるのである。
そして、今回ヨルムンガンドが興味を持ったのは、この『エリアナ女王国』に移入して以来、あまり顔を合わせていない大古龍。星龍コスモの存在についてだ。
まず、星龍という種族はそれこそ御伽噺にすらほとんど登場しない存在で、幾星霜の時を遡れば繁栄してたのかすらわからない種族である。その彼女ならヨルムンガンドの父である『クロ』のヒントになりうる存在、『黒龍』のことも知っているだろうと……。今日はお菓子持参で彼女の自室を訪ねた。いろいろ探し回った結果、エリアナに今日は休みであると聞いている。その上で家令精霊のエルン曰く、コスモは今日は外出していないと言うので、コスモの自室を訪ねたのである。
「んう? 誰?」
「おう、ヨルムンガンド。久しぶり」
「おひさ~……。どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがある」
「うん。解った。入って」
コスモの部屋は殺風景である。殺風景は間違いか。エリアナがセットしてあるプリセットのそのままなのである。飾り気がないという方が正しいかもしれない。それよりも驚かされ、ヨルムンガンドでも目をひん剥いているのは……。出迎えた部屋の主が恥ずかしもなく全裸であったこと。ヨルムンガンドは口にはしなかったが、『え? 服着ないの? そのまま招き入れたよ?!』と彼女らしからぬ困惑を見せた。
コスモはそのまま全裸のままにお茶を用意してヨルムンガンドに着席を促し、そのまま自身も着席。ヨルムンガンドは諦め、『コスモというのはこういう者だ』と呑み込んだ。
そして、コスモとの長い一日が始まったのである。コスモの性格はのんびりとしている。それこそ、自分の双子の姉妹であるジオゼルグなど比にならない程のんびりしていいるのだ。むしろ、これでよくぞ生物として成り立っていたな……。と別の所で感心しているヨルムンガンド。実際、コスモはそれだけ長い時間を生きており、大概の事に対して反応が薄い。なんでも見て来た故の無関心へ繋がる興味の薄れだ。そのコスモでも実はヨルムンガンドの存在には大いに興味を抱いていた。最後の星龍のコスモはクロ一族にとても強い興味を持っている。自身でも意外な程にその一族に興味を持っている。何故なら、この一族に現れる形質の殆どが長く生きてきた彼女にすら、見た事のない者ばかりだったから。
「で、何が聴きたいの?」
「それより、服着ないの?」
「あ~、全部エルンに洗濯されちゃった。昨日出し忘れちゃってさ」
ヨルムンガンドは呆れを呑み込み。まず、父と関係が深そうな『黒龍』のことを問う。しかし、コスモは『黒龍』と『クロ』は全く関係ないと断ずる。のんびりなコスモにしては珍しいその言葉の強さに、ヨルムンガンドも強い興味が沸き立ち、その言葉に意欲的に筆を走らせた。そのヨルムンガンドに強い興味を持つコスモも、楽し気に生き証人の言葉を繋いだ。
『黒龍』はクロのように強くはないというのだ。
クロは規格外過ぎる。それこそ、この世界の外から連れ込まれた存在だと思えるほどに、規格外なのだ。この言葉は口にしなかったが、コスモからすればこれ程に知識に貪欲な魔人はヨルムンガンドしか見たこともなく、彼女もその規格外の1人だと言いたかった。しかし、ここで彼女の興味を止めるのは、コスモの本意ではない。コスモはそのまま、クロの規格外な点を語る。クロは強すぎる。元来、黒龍と白竜という2族が世界を守り、星の龍が世界を見守って来た。何か取返しの付かない時の為の最終戦力は先の2種族ではなく、コスモが属する星の龍、星龍族なのだ。その星龍族はどの種族よりも強く、感情が弱く作られている。機械的に裁くための存在として。
星龍族の個人に名はない。全員が『コスモ』と名乗り、全員が『コスモ』として生きる。個々人の意志では生きず、種族で一塊として生きる特殊な種族だ。そして、星龍は世界が取返しの付かないことになる前に、その原因もろとも滅ぶ『自爆』を最終的な目的に、神により創造された神代龍族。その定めは覆らない……と思われた。
「私は…最後のコスモ。いや、最後になるはずだったコスモ。コスモが絶え、対抗力の無いこの世界は滅ぶ。そういう仕組み。……と伝わっていたんだけどね。クロが生まれた。たぶん、クロはこの世界の運命を歪めている。滅びゆく世界を救う方向へ歪めている」
「お父さんが?」
「うん。私も本当は近々自爆する運命にあった。人間種の暴走で世界の在りようが崩れ、神により命じられて消える運命だったはず。それが、星読みで見た私の運命。だから、寝てた。ふて寝」
自傷気味ないい口のコスモの言葉を一言逃さず、ヨルムンガンドは目を見開いて速記していく。コスモはそのペースに合わせて、口を開いていく。彼女にはこの時間がとても楽しそうだ。長らく文化からも離れ、自分に敵う存在など居ないが故に詰まらなかった。その超越した個をいとも容易く怯えさせた『蜥蜴』。コスモは断ずる。クロは間違いなく蜥蜴である。けれど、この世界に元から居る存在だとは思えない。とも、仮定を述べた。
もしも、彼は何か思う所のある神とかいう存在に呼ばれた救世主だったとしたら?
これは想像の範疇だ。そこを調べることは自分にはできない。……と、コスモは笑顔でヨルムンガンドに告げる。そのまま冷め切ったお茶を飲み干し、コスモは夕暮れになりつつある窓の外を見つめる。そこには金星が浮いていた。コスモの最初の記憶は母親らしい龍の存在。しかし、それが母と言う確証はない。コスモはコスモであるが、誰にも言ってはいけない真名がある。その真名を呼ばれた瞬間が、コスモの最期だから。
ついでだからと言いながらコスモは告げる。8000年から10000年ほど前、大災厄が起きた。大災厄と呼ばれる現象は、人間種側には一瞬のこととして受け取られているが大いに異なる。大災厄とはとある神族の反乱に『黒龍』が集い、世界を滅ぼしにかかった大戦の事。その時、多くの魔人や龍が戦い絶えた。今生き残っているのは神の加護の強い地脈の近く、魔素溜まりの近くにたまたま居残った知的生命だ。例外的に古龍族は戦い生き残った訳であるけども。
「その時、確か私の母だと言ったコスモ……。真名をヴィーナスが『黒龍王』と『背きし者』が合わさった『邪神龍王』を身をもって葬った。それまで『黒龍』と呼ばれた存在はその時に全て消滅した。だから、今残っていたり、人と番った魔人の黒龍は別物だよ」
「コスモって、この世界の真理に近いこと知ってたんだね」
「ふふふ。どう? 君の欲は満たされたかい? 暴食の巨蛇龍王ヨルムンガンド」
「むぅ……その言い方嫌い。でも、僕の欲は尽きない。僕はこの命続く限り、この世界の叡智を呑み続けるよ」
「そうかい。それは楽しみ。私も一緒に眺めてて面白い子が居るから退屈しない」
この時、ヨルムンガンドは一つだけこの星龍のことを彼女の著書に記さなかった。
星龍。全ての運命を握る、創生と終焉を司る存在。その存在は圧倒的な力を持つが故に、他者への興味が薄く、生物としての感覚が他の生命体とは隔絶している。しかし、星龍とて生物であった。ヨルムンガンドが彼女の著所に記すことはなかったが、その彼女の頭を撫でる母性に満ちた龍を見て、彼女はこう思った。
『星龍は創造の母である』……と。その日はコスモの着替えをヨルムンガンドがエルンより受け取り、そのままコスモの部屋に泊まった。彼女との語らいは非常に興味深い。ヨルムンガンドは今度は別の所に興味を移した。彼女がクロ一族としての自身の成長に、初めて興味を抱いた瞬間だった。叡智を貪欲に飲み続ける巨蛇はこれからも永遠に知識を追い続ける。それがクロの娘として自分が持つ個性であると、その時考えたから。絶対に自分がクロの正体を最初に知る。その目標を胸に彼女はコスモと眠りについた。