閑話休題38『魔人ヨルムンガンドの自由研究・樹龍レポート』
もう恒例となっているが、倫理観に欠ける魔人の研究者ヨルムンガンドは今日も興味の赴くままに研究対象を選び出す。先日、さすがに書き記した内容が波紋を呼んで父に叱られたにもかかわらず、ヨルムンガンドは一切堪えていない。ヨルムンガンドの心の中で父に叱られるリスクよりも、自身の欲望を満たす方が勝ったのである。その場では泣きべそかいていた魔人とは思えない豪胆さであった。
そのヨルムンガンドが今回サンプルに選んだのは、リヴァイアサン族のメリアとも仲の良い『樹龍』の一族だった。それもその中で一番の個体、樹龍妃ダフネのことについてである。
実はヨルムンガンドはメリアの絡み酒を躱す中で、彼女が漏らした言葉に非情に強い興味を持っていた。いや、興味と言うよりは今回は純粋な疑問だ。実は樹龍という生物は基本的に睡眠している神代龍族で、その個体数も100前後というかなり少ない種族なのだ。その理由は行動する形態での燃費が悪いから。余談ではあるが、光系の古龍がよく食べるのは単純に超燃費が悪いからである。龍族としてやせ型なのもそれが理由。
その上で樹龍も燃費が悪い種族であるのに、樹龍はそれ程大食いではなかった。酒はよく飲む。これは多くの龍族に言えるが、樹龍のエネルギー消費量に対して足りていない。どこからそのエネルギーを得ているのかが気になったのだ。
「光合成かな……。昼間はほとんど外で踊ってるのはそれが理由か。でも、それも普通の樹龍まで。ダフネレベルの大古龍だと消費量も尋常じゃないはず。だとしたら……、うんむ。今日は丁度いい。メリアに頼もう」
その晩、樹龍妃ダフネの絶叫がクロの大寝室に響き渡った。
ヨルムンガンドのせいで醜聞が拡がってしまったメリアであるが、何故かとくにヨルムンガンドへ悪感情は向けていない。それどころか、どこか協力的な時さえある。今回のダフネ捕獲にも一役買ってくれていた。ヨルムンガンドは特殊な権能を使い。基本寝ている樹龍の生態の1つを解き明かすことに至る。
実は以前から言われているのだが、樹妖精や木妖精の一部が人間族に取りついて干からびさせるという事件は以前から発生していた。物理的にではなく、他の理由ではあるが……。
樹木の妖精は本来不動の存在であるが故、本来動くことを想定していない体で動かざるを得ない。燃費が悪いのにも理由がちゃんとある。樹龍族も基本的なスタンスは同じ。規模が妖精族や精霊族よりも格段に広大なだけで、地脈のエネルギー循環を適切にし整える代わりに、エネルギーを土地から得ているのだ。その樹龍族の族長であり、現存する全ての樹龍の母のような存在であるダフネの最近の悩みについて、ヨルムンガンドが気づいたのだ。
「ねぇ、ダフネ」
「何かしら? ヨルちゃん」
「最近、太った?」
「ギクッ……。そ、そ、そそそ、そんなことはないわ~。わ、私は…」
「この二の腕でか?」
「ぐふぅっ!」
樹龍の特性として、土地の保全の代わりにエネルギーを少し分けてもらって生きている。動かないという条件下であるならば、本来は超燃費のいい種族なのだ。その種族の樹龍が何故、光合成をしながら踊るのか。それは光合成で効率のいい栄養摂取をしつつ、位階上昇のための糧へと変えているのだ。
しかし、ダフネは何か特殊な事でもなければ位階は上がらず、得た栄養は彼女の体に貯蓄されていく。通常の光合成程度なら、踊れば燃える。……それでもクロと致すと彼の氣を無理やりに流し込まれ、彼女が燃やせる範囲をかなり飛び越して体内に残ってしまうのだ。メリアを辱める意図はなかったヨルムンガンドは、結果的に彼女を辱めるデータを収集した。その折に旧知のダフネの変化をメリアから聞いていたのだ。
実はメリアとダフネは、まだ若い頃につるんで悪さをしていた悪友同士。今では互いに親が死んだり、世界の変調で動きが取れないなどと、付き合いが減って互いに落ち着いた。認めたくはないらしいが年をとって丸くなったとも取れる。その上で、以前からそういうアピールをクロにしていたメリアと……つるんでいたダフネ。ダフネは『若い頃はクソ〇ッチなドS女王様気取りの小娘だった』とのこと。これはメリアが本当に漏らした言葉である。
ヨルムンガンドに痛いところを突かれたダフネは、そのむっちりし始めている体を抱きしめながら陰鬱な様相で座り込んだ。
ダフネも若い娘に負けじと、体作りや肌ケアなどいろいろと努力しているそうな。しかし、ここに来て元来から自由な自身の気質が原因で思わぬ悩みに悩まされている。龍族の女性は産卵の際に膨大なエネルギーと魔素を使うため、男性個体よりも大柄で肉付きがいい傾向にある。逆に男性は縄張りを保守するために引き締まり筋肉質に、戦闘に特化した肉体へ変化しやすい。
「うう……。昔から私は太りやすいの……。でも、メリアちゃんと遊んでた時はよかったわ~。適度に運動して適度に男の龍から絞れば綺麗になれたんだもの……。年は取りたくないわね。ふふふ」
暗い笑顔でつぶやく気味の悪いダフネの言葉を無視し。ヨルムンガンドはメモを取っていた。ダフネは気づいていないが、実はこの土地に居着いたり、滞在している彼女の血族には共通の変化がある。大古龍のダフネであるため、そのエネルギー消費と摂取の均衡が崩れやすかった。受け入れる容量が非常に大きいだけに太りやすいのだ。対して燃やす方法には限度がある。そして、ダフネはクロにより膨大な魔素や氣を注入され、燃焼しきれずにかなり激太りしているのだ。
……それはダフネが自分の事にかかりきりで、回りに目が行っていないだけ。
ヨルムンガンドはダフネが太りやすいことを仮定した上で、先に他の樹龍の観察をした。特に父の寝室でダフネと同様に氣を大量に注入される選抜組を。まず、樹龍族は全体的に姿が見られ始めた頃よりかなり太ってきている。これは言い逃れのしようがない事。気にしているだろうから、周囲の誰も言わないだけだ。美味しい食事があればだれでも食べる量は増える。その上で選抜組は追加の氣を注入され、さらに栄養過多の状態。比較的若い樹龍達の昼間に踊る時間の長さや、振り付けの激しさが増していることは周りの種族も気づいている。そして、皆優しいので、あえて突っ込まないのだ。樹龍が種族的に皆太ってきていると。
だが、ヨルムンガンドは違う。良くも悪くも実直だ。項垂れるダフネの煽情的な衣装を引っ張り、いつも彼女の娘達が踊っている日当たりのいい畑エリアに連れて行く。
「あれ? 皆……あんなに肉付き良かったかしら?」
「違う。最初は皆それなりだった。ここのごはんは美味しい。そんでもって空気中の魔素も多い。ぶっちゃけ、環境が良すぎるから、太る」
「ぐふうぅっ!!」
ヨルムンガンドはダフネの口から噴き出された物をキラキラした目で薬瓶に詰めた。樹龍妃の樹液である。これは伝説級のレア素材。
これは予期せぬお宝であるが、ヨルムンガンドはこの時点でホクホクだったのだ。そして、ヨルムンガンドは余すことなく、樹龍の性質や植物妖精の性質をレポートにまとめる。ただ、今回のレポートは少なからずヨルムンガンドの欲望だけではなく、ちゃんとダフネや肥満に悩む樹龍の娘によい影響を出した。
ヨルムンガンドはとある提案をしたのである。
実は樹龍はあまり戦闘には適していない。つまり激しく体を動かしたり、魔法を放てばその分激しく消耗する。そして、よくよく考えれば彼女らは植物の事に関する魔法は得意中の得意だった。樹龍族に提案されたのは植物の生長促進や品質向上に魔法を多用しまくり、生産に寄与しつつ痩せろ。……という方針だった。また、踊るのではなく、もっと効率的な運動をしとけという乱暴な内容であった。その後、吸血鬼族について農業に従事する樹龍の姿と、畑の真横でフィットネスワークをする樹龍が目撃されるようになるのだった。