魔人という戦力
まず、僕らは儀礼として『アルジャレド通商連合国』には直接。『サーガ王国』を通じて『グマンナ首長連邦』と『トラマンタ帝国』へ通達を出した。『元グランデール獣人国』跡は『エリアナ女王国』の領土であり、通達なしの近郊での軍事行動及び、多国間での戦闘行為はこちらへの戦意が在る物として認識する。……とね。
解りきってはいたが、『アルジャレド通商連合国』からは、グランデール跡地は『アルジャレド通商連合の領土である』と宣戦布告文が返ってきた。『トラマンタ帝国』からは『こちらから貴国への戦意はない。アルジャレド通商連合との交戦理由を明示するので、大使間の話し合いを設けたい』と帰ってきた。
なので、目には目を歯には歯を……。言葉には言葉を。グランデールの地と繋がる場所で、行軍が可能な唯一の地点にヨルムンガンドが既に待機している。予備戦力としてジオゼルグも。その間に僕とタケミカヅチで『大暴走』を引き起こさせないため、空から『トラマンタ帝国』の大群が動きを止めている『アルジャレド通商連合国』と、グランデールの地の三点境界線に降り立つ。スルトとアポロンには散発的に動いている魔物を駆逐してもらっている。今この場はギリギリの状態なのである。僕や子供達がピリピリしているので大きな暴走の波は起きないが、どこかで均衡が崩れれば一気に雪崩を打ったようにトラマンタ軍やシェイドの縄張り方面へ動き出す。
「りゅ、龍?!」
「お静かに……。今あの森では『大暴走』の予兆があちこちで起きています。ここで大きな動きを見せると、こちらへ魔物の大群が押し寄せます。落ち着いて下さい」
トラマンタ軍の軍隊は意外と理性的だな。『トラマンタ帝国』は人間種融和主義を掲げ、帝国と名乗っているが、任命帝位制の他民族国家だ。なので代事に政治色が様変わりする不安定さはあれど、それなりに様々な方面に柔軟な国でもある。過去には民族蜂起が起きたりもしていたらしいが、ここ数百年は『アルジャレド通商連合国』との不和に一致団結しているので荒れは少ないと見える。
最初に僕は魔物を刺激しない程度に僕の魔素を解き放つ。
これだけで判る者にはわかるはずだ。僕や龍から人化しているタケミカヅチが魔人であることに。それだけで対話に来た文官は将軍を呼んできた。彼では対等でないと判断したんだろう。その判断は正しく、将軍と名乗るトラ獣人の男性は僕に跪きながら頭を垂れ、挨拶をしてくる。話しにくいので立ってもらい、時間がないと僕は彼に説明した。将軍は脂汗を流し、髭をピクピクさせながら頬を痙攣させている。実はもう一刻の猶予もないので……。予想以上に早く『アルジャレド通商連合国』の軍隊が、グランデール峡谷を抜けようと行軍してきている。すでにヨルムンガンドによる『害虫駆除作戦』は決行されているんだ。早くしないとこちらにも魔物が集まってしまう。僕らは要請さえあれば有償で援助はするが、無償での『大暴走』の駆逐は行わない。それをしっかりと将軍に伝え、僕とタケミカヅチは森の方を向いて威嚇する。これだけでまだ抑えられるが、時間の問題だ。
将軍の指揮でトラマンタの大軍勢は踵を返す。
僕の探査で動く魔物の動向を探っているが、グランデール峡谷を下るように魔物の大群が動き出した。これでこちらへの被害はほとんどないと思う。念話魔法でヨルムンガンドに撤退の指示を出し、ジオゼルグとヨルムンガンドが山頂付近で威嚇を始める。これはグランデールの地側へ魔物が引き返さないようにする措置だ。僕とタケミカヅチに威嚇され、反対側からはスルトとアポロンにより圧されているので、大暴走が動くとすると残るのは『タクザムルの荒野』か『グランデール峡谷』のどちらか。
『タクザムルの荒野』はシェイドが開拓中なので、そちらには大物しか行かない。小物……とはいっても低位から中位の魔物が大挙するぞ。
『お父さん、目論見通り。アルジャレド軍が魔物の波とぶつかった』
『トラマンタの~斥候?が~、見てた~。アピールも~ばっちり~』
「了解。じゃ、こっちからも押し出しちゃうね」
『『は~い』』
多少の漏れはあったけど、トラマンタ軍の被害は軽微だろう。シェイドはついでに主を屠り、『タクザムルの荒野』を支配したようだ。僕らも国境の森付近のあぶれ魔物を掃討し、シェイドの縄張り拡張に協力した。『タクザムルの荒野』は『トラマンタ帝国』では忌地扱いだから領有はしていないはず。あそこの領有権を主張しておくかね。『大暴走』を帝国側へ向けなかった報酬とでもしておくれよ。
それと同時にスルトとアポロンからも連絡が来た。めぼしいヤツは全部渓谷側へ押し出したとのこと。これでイオが見張っている『暗夜の森』の境界付近でさらに暴走が加速する。イオと共に居るゲンブがタイミングを見て殲滅してくれるから、あぶれたとしても大暴走の余波が向かうのは『アルジャレド通商連合国』だ。
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その時、私は見ていた。私の仕事は斥候だ。軍が移動する時、強大な魔物にぶつかるようでは戦にならない。なので私のような僻地偵察を行う者が先行し、状況の把握に努めるのだよ。私の部下より、恐ろしい報告が来た。『魔人』の出現である。
『魔人』は1人で国を薙ぎ払うと言う一種の災害級の生物だ。魔人という生物はとても高度な知性を持ち、我々人間族を凌駕する魔法や戦闘力を持って魔境を支配している。私達は犯してはいけない土地に入ってしまったのだ……。私は、死を覚悟した。しかし、私に報告を持って来た部下は信じられないことを口にした。その部下は……あろうことか魔人と邂逅し、生き延びたと言うのだ。
それと共に部下は言う。魔人は我々トラマンタ軍“には”被害ができるだけ出ないように取り計らってやろうと。しかし、それは我々トラマンタ軍が『魔人達』の領域の境から速やかに退くことを確約できるならとのことだった。その付き合いの長い部下は、私に報せる以前に既に軍団長であるティガー将軍に伝令を走らせてくれた。私は心臓の高鳴りが徐々におさまり、部下に他には何かないかと聞き返す。
「『アルジャレド通商連合国』に近寄らない方が身のためだ。……と忠告めいたことを漏らされました。魔人側は人の生き死にには興味はない様子ですが、明らかに指向性を持った集団行動をしています。複数の魔人が共に動いていると考えられます」
「私もそう思う。私は大暴走からできるだけ距離を取りながらことの行方を見届ける。お前は斥候全員を引き上げさせろ。これ以上ここに居ては命がいくつあっても足りん」
「は……。しかし、隊長。大暴走です。隊長もどうかご一緒に」
「いや、どうも気になるんだ。『鬼ヶ島』が『エリアナ女王国』という新興国家に従属したらしい。私はそれも含めて見定める」
「了解しました。ご武運を」
「また会おう」
そして、私は魔物に察知されないように最大限の注意を払いながら、大暴走の行く先を見届けた。……大暴走は人が関わってしまえば生き残ることができない自然災害だ。しかし、魔人ともなればそれを意のままに操ることができてしまう。私はそう理解させられた。
敵国ではあるが魔境があるという事で、グランデール峡谷から細い流れを持つ川となる『アルジャレド通商連合国』と、最近滅んだらしい『ファンテール王国』の国境線付近を遠視の魔法を使いながら観察する。森の中ならまだしも、平原には隠れる場所はない。大暴走に巻き込まれれば私も先ほどのアルジャレド軍のように悲惨な運命を歩むことだろう。
「貴方、トラマンタの所属でしょ? 真実、知りたい?」
「だ、誰だ?!」
私はこれでも生まれつき3個のスキルを持つ熟練の斥候。それに感知されずに背後を取るなど……。なんだ、この存在は。魔力の流れがおかしい。コイツ、人間じゃない。まさか……。
「正解。私は魔人。魔境、『魔の森』を統べる原水の蛇龍。蛟と言った方がいいかしら?」
「な、な、ああな、ッ……ああ…な何故、み、蛟様ッが!」
「落ち着きなさい。私は人を食らう趣味はないわ。美味しくないと思うもの。それより、知りたくないかしら? 真実を」
私は頷く事しかできなかった。そこからは帰りの旅費や食事の分ギリギリの資金が残る程度まで、飯どころで飲み食いされた。その間、蛟様は私に嘘のような話を次々と並べ立て、面白そうにかつ妖艶に笑う。アレが人の美女だったとしたらどんなに心躍っただろうか……。しかし、私の前でフォークを揺らし、その特徴的な長い舌と牙を見せているのは……、間違いなく魔人の蛟様だ。水の守り神として土着の風習がある程有名な存在であり、人の生という概念からは遥かに超越した存在。
その蛟様が『旦那様』と言う存在が居ること。
そして、今回はその『旦那様』が穏便にことを片付けてくれたから、アルジャレド軍が魔物の津波に呑まれただけで済んだと。彼女らはやろうと思えば我々トラマンタ軍ごとアルジャレド軍を吞み込むこともできた。その蛟様は彼女の豊満な二山の間から、何やら封蝋のされた封筒を取り出した。……行動の端々に色気はあるんだが、今の私にはそんなことで喜んでいられるような余裕はない。彼女が気楽に差し出すその封筒を私はできるだけ丁寧に受け取り、見覚えのない封蝋の印を見やってから蛟様が再び開いた口元を見て鳥肌が立った。
「その手紙はちゃんと皇帝までとどけてね? じゃないと、国が流れたり、火の海に沈んだり……光の矢に貫かれたり、絶え間ない雷雲が訪れたり、永遠に晴れない霧に包まれるかもしれない。他にもいろいろな『厄災』がトラマンタ帝国を襲うかもしれないわ~」
「ひいィッ!?」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと脅し過ぎたわね。でも、忘れないで? 私達『魔人衆』にはそれくらい造作もないの。私の『旦那様』なら国ごと消せるわ。皇帝にお伝えなさい。あ~、貴方から直接でなくてもいいから。でも、ちゃんと伝えないと、いいことは一つもない。いいわね?」
私は最後に『皇帝へ一緒に渡して』と言われ、大変豪華だが小さな宝箱を預かった。また、換金に凄く困るんだが、食事代だと言って何やら大きなインゴットをもらった。そして、私は国に無事帰りつき、皇帝に直答できるという名誉が叶ったと思いきや……。『エリアナ女王国』との国交大使に任ぜられた。平民出のスキルで成り上がったしがない斥候の私が、いきなり爵位持ちの貴族様……。私の以前の部下も全員私の旗下に落ち着き、下級士官の職位を得ている。……世の中よくわからん。しかし、これだけはよくわかる。『魔人』の力は国をも動かすんだという事だけは。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後170日~175日
主人 エリアナ・ファンテール
身長130㎝
全長17㎝……身長12㎝
取得称号
~省略~
取得スキル
~省略~
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