閑話休題31『被害者たちの会』
そこにはいつもならばあまり絡みのない種族の面々が車座になり、膝を抱えて座りながら会話をしている姿があった。そこはクロの……というかクロとその妻達の屋敷の横に作られた模擬戦用の平地である。怪我を少なくするためにか、土がむき出しで小石に至るまで取り除かれている特設のフィールドだ。しかし、現在そのフィールドにはいくつもの穴が開いていて、見るも無残である。迷宮の自動回復機能で時間で修復されるとはいえ、通常ならあり得ないことであると言えよう。
その車座に座る女性達は一様に頭や背中に土がこびりついた哀れな状態だ。
種族としては龍族数名、吸血鬼族数名、鬼族数名である。もう少し細かく言うならばリヴァイアサン族12名、大地龍族1名、鉱石龍族1名、岩石龍族1名、時空龍族1名、火龍族1名が龍族のメンバー。吸血鬼は真祖吸血鬼の家族で5名。鬼族は各士族の長数名という意外と人数が居る。その全員が一様に暗い表情で沈んでいた。実はこのメンバー、我こそはと言ってクロの格闘術の鍛練に参加した名のある闘士達のはずなのだ。幾人かは涙目どころか泣いている。特に泣いているのはとある理由で強制的に参加させられているリヴァイアサンの一族の10名だ。
「皆さん……、あの方に勝てる見込みありました?」
「お、おいは……ね~だ」
「私も……惨敗」
「まさに一騎当千であるのだが……。なぁ、聞いていいか? 彼は本当に何者なんだ?」
最初に半泣きの時空龍のアリアドネがつぶやき、牛頭の男性がため息を吐きながら応答。火龍のフィアも相当腕前には自信があったにも関わらず、模擬戦開始からコンマ数秒で急接近され、背負い投げされた。他も似たようなものだ。
まずもって悲惨なのがリヴァイアサンの一族である。最も強い長姉のメリアですら数秒ともたずに投げ倒され、地面に背中から埋まった。この時のクロの魔法強化の倍率がおかしいのだ。本来、脚を駆けられて押し倒される程度の技ならばそこまで威力は乗らない。それが地面に埋め込まれている。この信じられない威力に歴戦の大古龍のメリアすら反応しきれない瞬発力。もう次元が違うと言っていい惨状だった。
ナタロークに至ったはなめてかかったこともあり、頭部を地面に埋め込まれるという酷く滑稽な姿をさらした。他の姉妹と合わせて12対1での戦闘も行ったが多少耐久時間が伸びただけ。結果は同じだった。
また、格闘のみならず武器ありの総合的な戦闘でもクロはこのメンバーを圧倒した。大斧を振るう牛頭の士族長は数回の挙動を見られたのち、斧の刃を指でつままれ動きを封じられるという負け方をした。屈辱とか恥と感じることもできない圧倒的大敗である。
「旦那様のあの格闘術、体の表面に魔素が塗ったくられてた。だから私の焔の拳も全く意味をなさなくて……」
「それは私も同じよ。闇魔法で拘束しにかかっても完全に封殺されていたわ。読みが良すぎる」
「魔法、格闘、武器術……全てにおいて強いなんて反則です」
「いや、一番おかしいのはあの蜥蜴姿じゃて……。私、死んだかと思うたんじゃが……」
吸血鬼の真祖とリヴァイアサンの手練れがコンビを組んで、蜥蜴姿のクロと戦った。なんでもありのガチンコバトルだったが、結果は人間姿の時よりも悲惨な事になる。そもそもクロはあまり近接戦闘を好まない性格にある。戦闘もなければ無い方が好ましいと考える穏健な性格であるが、やる時はこれ以上ない程無慈悲だった。メリアが突き込んだ大古龍の鱗で包まれた拳は骨を粉砕され、それのフォローに入ったカサブランカは腹部に受けた小さな掌の掌底で数10メートルを吹き飛ばされたのだ。
2人はそのインパクトの瞬間を思い出し揃って身震いしている。
実はこのクロが使った戦い方は魔導師が魔導師と言われるための基本技能の1つと言われる『魔闘技』の応用に過ぎない。魔闘技はその名の通り、魔素か魔力を練って体に纏い鎧や武器のように扱う上級技法だ。人体強化魔法の究極系であり、本来近接戦を苦手とする魔法職が身を護るために編み出された近接魔法戦闘技である。しかし、その習得は並大抵の術師には不可能で、エルフの大魔導師や魔人の一部、龍や魔族の一部が短時間に使用できる程度の高等技術。なにより威力はあるが、コストパフォーマンスが非常に悪い。一回に練り込む魔力ともなれば膨大すぎて龍族でも3分も使えば動けなくなる。
それをさらに強化してきたのがクロの先進的な魔素用法。『魔鎧』だ。クロは人間形態でも、蜥蜴形態でも体を分厚い魔素の鎧で包み込んであらゆる攻撃を滑らせつつ、インパクトの瞬間に魔素の膨圧を急激に上昇させ打撃力をあげているのだ。投げ技も考え方は同じ。魔素を放出するベクトルを投げる方向へ加算するのみだ。……口では簡単だが、体から高密度の魔素を均一に放出し、かつ相手の攻撃を見切ると言うのはとんでもない技術である。
「しかも、蜥蜴姿の方が強いというね……」
「私とカサブランカでなかったらば死んだんじゃなかろうか? いや、リヴァイアサンなら意識は飛んだじゃろうが、死にはせんな。若い龍族は引っ込んでおって正解じゃったぞ。よく空気をよんだ」
「お母様、そんなに重かったの?」
「重いなんてもんじゃないわよ。吸血鬼の自己再生能力は彼の言う魔族で随一。それをまだ回復しきらないまで貫通してくれたんだから」
蜥蜴姿のクロはさらにスキルで強化される。人化状態のクロであると『部位強化』が使えないが、蜥蜴状態であれば全身に『部位強化』のブーストがかかる。単純な筋力、魔素の透過性、瞬発力が爆上がりするので、本当に2人で良かったとさえ言える。鬼族や若い龍族では死者が出たかもしれない攻撃だったのだ。
そもそもカサブランカは吸血鬼の真祖。魔法以外の攻撃は広範囲に広げることはできないが、それでも並の魔人クラスなら余裕で倒せる。クォアやリャエドでも相手をせずに逃げるような相手だ。
リヴァイアサンのメリアにしても本来は水中がホームで、その圧倒的質量で押しつぶす戦闘がメインではある。だが、だとしても戦闘の勘としては経験、技、手数ともにクロを数段飛びぬけているはずなのだ。それを苦も無く才能という暴力で砕き、貫く存在。そこにいた全員は改めてクロへ畏敬と個々人の胸の内に別々の感情を抱いていた。
しかもクロはこれを『訓練』と呼称する。
つまり彼はそれ程近接戦闘に長じてはおらず、自身の認識ではまだ脇が甘くあると考えているのだ。さらに言えば訓練に動員されたメンバーはもとより無手のメリアやリヴァイアサン一族は別にして、武器ありのメンバーは全員武器を使っても変わらず負けている。対してクロは武器は使っていない。一応彼もククリ刀を使う事は知られているし、懐の内には暗器の類がもりもり詰まっていることも身内は知っている。
「あれで遠距離戦闘職なのよね~。彼」
「そうなのよ。ちなみに、龍族切ってのブレス攻撃力の高さを持つジュネが負けてるから」
「それもう勝ち目あるのかしら」
「ないのかもしれないわね~。妖術使いのホノカも幻惑と影分身の合わせ技をピンポイントで見抜かれたらしいし、速さと重さ、水の幻惑に大規模魔法まで操るあの『狂犬』がガチで戦って負けたらしいからね」
「ははは……これはぜひとも血を取り入れなくちゃいけないかもね」
「笑い話じゃなく、その内孕むわ……。私含め皆朝には意識がないじゃろ?」
ここに男性の種族がいることなどお構いなしのメリア。まぁ、この程度のことは各族の男性も知っているので特に問題はないと思われる。しかし、車座に座る全員が思う事はまた別である。……この後、『訓練』という名の『蹂躙』が待ち受けているのだから。現在、途中休憩の時間なのである。10分後には再びクロが現れ、哀れな闘士達の悲鳴がこだますることとなる。