生まれました
未だツェーヴェの縄張りの外が騒がしいこの頃。僕もそれに合わせて日常を過ごしとります。
基本的にはいつもと変わらず狩りと、調理に忙しいです。……ですが。昨日、僕は父になりました。それはいつものように狩りを終えて帰還した、夕暮れ時のことだったんですよね。何か虫の報せのような物を感じ、荷物の引っ越しが終わりかけている僕の工房へと足を運びました。その中で、僕は新たな命の誕生を目にしたのです。
ただ、第一声が解せぬ。
僕だってまだ生後45日から50日の蜥蜴です。人間でいうなら幼児期の辺りだと思うのですけど……。その幼児期の蜥蜴を見て、いきなり『パパ?』と言うのですから。
「可愛いわね~」
「ですです~! クロも可愛いですけど、この子もキュートです!」
「お名前はどうするんですか? クロさん」
僕が数日前に拾ってきた、おそらく同類の卵。親はやはり食われた跡があった。アレは虫系統の魔獣の攻撃跡だと思う。その卵が常に暖かい僕の工房で、孵化した。……爬虫類には鳥類のような刷り込みは起きないはずなのだけど。僕を見て一発で父親と判断したこの小さいトカゲモドキ。
ちなみに、僕が『同類』と呼んでいる理由は、外観上似ているから。その点においてヤモリもトカゲも関係ない。
今回生まれた新たな住民は、地上での生活を主に行うヤモリの系統。しかも、完全なる魔物だ。これは知識のあるツェーヴェが教えてくれた。ここにはかなり高位の魔人、ツェーヴェとそれに比肩しうる僕という存在、何より迷宮がある。魔物は存在するだけで魔素をそこに集める。呼吸と同じタイミングで魔素を取り込み過剰分を吐き出すので、どうしてもそこに滞留する魔素濃度が上がるらしい。
魔素に影響されて魔物となっても何らおかしくない。そんでもってこの満月の夜に生まれた、おそらくニシアフリカトカゲモドキの名前も決まりました。女の子なんだけどね。この子は『スルト』。北方の神話に出てくる灼熱の魔人から名をいただきました。
(今日から君は『スルト』だ。よろしく)
(よろ~!)
そんでもってもう一悶着ありました。スルトが誰をママと呼んだかというところだね。
それは、リリアさんだった。ムスッとしたツェーヴェ曰く。スルトは二属性の魔法を使えるらしく、その内の片方、『火炎』の魔素利用に関する素質でリリアさんが近しいからだろうといっていた。何故むくれているのかは理解しかねるが、スルトは毎日元気にはしゃぎまわる。僕は日中狩りに出てしまうので、その時間は良く知らないのだけど、好奇心旺盛な性格と物怖じの無さからエリアナにはとても懐いた。ツェーヴェには可もなく不可もなくって感じで、少しツェーヴェが可哀そうな気もするけど、こればかりは魔物の好みだからね。
スルトが仲間に加わってからは少し仕事のルーティンに変化が出た。
スルトは火炎魔法と地魔法が使える。その火炎魔法で火付け係をし、土魔法で穴蔵の補修や迷宮内部のまだ植え付けすらしてない畑の土を耕す事などができた。このタイミングで生まれて来たことに作為めいたものを感じなくもないけど。スルトはそんなことを思わせない愛らしさで、日々を過ごしている。そして、意外と小食。燃費がいいのだ。
「スルちゃんはフニフニ尻尾が燃えてるのよね~。でも、触っても熱くないのは不思議だわ~」
「ですね~。それにこんなに小さいのに、魔法の規模が大きくてうらやましいです」
「迷宮の畑も助かってます!!」
それから、こちらも漏れることなく、スルトもエリアナの従魔になっていた。……が、スルトは基本的に自由行動。まぁ、この迷宮に住まう魔獣や魔人は、基本的にエリアナの『命令』を受け付けない。書籍から得た知識で従属術に関して補足しておくと、強者が弱者を従える術なのだ。エリアナが僕らより強ければ、彼女からの拘束力も増すけれどね。どう考えても僕らの方が強い。……でも別に僕らは『お願い』なら聞く。
固定の仕事がある僕は別だけど。最近は生まれたばかりの頃の僕を思わせるスルトと、エリアナのツーショットをよく見る。スルトは生まれて一日すると、二足歩行するようになった。まるでそれが当たり前であるかのように、僕の居住区域を二足歩行で走り回り、エリアナやリリア、ツェーヴェの肩の上に腰掛けている。
~=~
・誕生時状態
スルト
メス 生後1日程~5日
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
・お嬢様の従魔 ・お嬢様の親友 ・迷宮出身者 ・クロの娘 ・侍女長の娘
ラヴァーゲッコー族 モデル=ニシアフリカトカゲモドキ
全長3㎝……身長2㎝
取得スキル
+火炎魔法(上級) +地魔法(上級) +探査 + 農耕 +鼓舞 +鍛冶(途上/未発現) +調理(途上/未発現)
~=~
以上が迷宮の機能で見たスルトの状態だ。強い……。戦闘系のスキルは魔法系のスキル以外生えてないけど、この段階で人間は相手にならないくらい強いようだ。ママと呼ばれているリリアさんが、引き攣り笑いをしていたのがいい証拠になった。
そのスルトは生まれて三日したら、今度は僕の狩りに同行したがり始める。
最初は何度も置いて行ったのに、いつの間にやら僕の外套にしがみつくという手段を取って同行するようになった。諦めて、リリアさんから指導を受けて裁縫を学び、負んぶ紐を製作して7日に一度だけ連れて行くことにしている。これはちゃんとスルトにはできることがあるからだ。
エリアナの迷宮の農地エリアはまだ種さえ用意されていないが、僕が森から魔素と栄養たっぷりの腐葉土を持ち帰ることで土壌改良が既に行われている。スルトの地魔法は凄く役に立つ。その点は2人と2体も納得していて、今回スルトを森に連れて来たのは、地魔法で良質な腐葉土を彼女自身に選ばせるため。このスルト、意外と品質にうるさい。まるで職人だよ。
(パパ~。ここ~)
(はいはい)
僕の仕事は狩りをしながらスルトの希望を聞くことになりつつある。
それにスルトの知識というか、地魔法の能力範囲が以外と広くて驚かされてもいた。スルトはある程度、迷宮内部で育てられる果樹の選別ができたのだ。また、その実を選んで持って帰るまでやれる。その後は種を栽培可能な状態にするのは、魔道具が扱える僕の仕事だけど。例の温度や魔素などの成分や要素をいじれる箱型魔道具でね。
やはりスキルが重要らしく、いくらスルトが器用でも僕のように工芸系の魔道具や技能は一切できなかった。まぁ、生まれてまだ3日くらいですからね? あ、……僕はそのころ既に道具を作ってました。
それから、スルトは僕と同等の探索スキルを保有していることも判りました。宝探しの容量で洞窟内の鉱脈を見つけたり、木の上にある鳥の巣を発見するなどの、観察力に起因すると思われるスキルだね。このスキルは経験で追い抜けるようなあまり特異な物でもないけど、有ると無いとでは大きく差が出る。特に、他のスキルと掛け合わせられる性質が凄く有利。スルトで言うなら地魔法と掛け合わされているらしく、土質を見抜くのはもはや長年農業に携わっていたような貫禄すらにおわせている。まだ生まれて3日のトカゲモドキですけどね?
(ただいま~)
(ま~っ!!)
基本的に天真爛漫というか、興味のある物に突撃する傾向にある。スルトが生まれた日からこの穴蔵は一際明るくなった気がするよ。
そんな時にようやっと僕はこの話題を切り出せる事に安堵を覚えていた。
我らが主のエリアナはお出かけが延期になって以来、ことある毎に僕を着せ替え人形にする。スルトが生まれた時はその興味がスルトに移るかと思ってちょっと期待したのに、……結局僕も着せ替えられることは変わらなかった。……まぁ、女性物オンリーから男性物がちゃんとリストに加わったのが救いではあるけれど。
ようやっと、ツェーヴェの縄張りの外縁部に生息していたトレントや、外から突っ込んできていた渡来の魔物の移動の勢いが下火になり始めたのだ。それに戦力としては心許ないけれど、攻撃能力だけなら信用できるスルトという存在もある。僕も新たなスキル、完全気配遮断で大手を振って街中を歩けるのでタイミングが最高なのですよ。
スルトはまだ、文字を覚えている途中なので本は読めない。けれど生まれながらに高位の魔物であるスルトは、かなり知能が高いこともありもういろいろできる。街に連れて行っても大丈夫だ。スルトの為に頭からすっぽり被る感じの衣服。『ポンチョ』にフードを付けた衣服も用意できたし。彼女にはまだ武器はいらない。
「やっと収まって来たわね」
(うん。長かったね。アレから軍隊魔蟻の行軍が3回、闘志熊や狂乱灰色熊、果ては地竜まで来たからね)
「ア、アースドラゴン?」
「へ?」
「そうね~。さすがにびっくりしたわ。貴方が急いで帰って来るから何が来たかと思ったもの~。久々の大物で腕が鳴ったわ~」
知識の無いスルトが同行していたから急いで帰ったんだよね。
僕が単体で行動してたらそのまま応戦したけど、さすがにスルトを背負ったまま銃撃戦はしたくない。それにあの堅い鱗を相手に銃撃戦をすると、傷だらけになって素材の価値を落としてしまう。だったら、相性的に最高なツェーヴェにお願いした方が効率的にも、拾得物の質的にも最高だから。コストパフォーマンスもいい。
さすがの事実にエリアナすら驚愕。リリアさんは眩暈を起こしたように椅子に腰かけた。
うん。こうなるから直前には話さなかったんだ。竜っていうのは人間の最高戦力を投入する存在らしいので。今の僕やツェーヴェなら余裕とまではいかなくてもそれなりに相手はできる。
たぶん、下手すればスルトでも相手できる気がするんだよね。円らな瞳でポテッと可愛い尻尾を振り振りしているが、この子はかなり凶悪な攻撃ができる。一度気づくのが遅れて、軍隊魔蟻の突撃部隊に接近され過ぎた時だったかな? スルトが火炎魔法と彼女の固有スキルだと思うけど……。それで森ごと焼き払ったからね。あとからツェーヴェに指導してもらって、アレは緊急時以外使わないようにお願いしてある。……人間の街で使ったら大変なことになるので。
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・成長記録→経過
クロ
オス 生後40日程~45日
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
・森の管理担当代理 ・お嬢様の従魔→お嬢様の婿(仮)
・森の救済者 ・蛇娘のお気に入り→森の主の婿(仮)
・ ・
・侍従長のお墨付き ・稀代の開発者(・稀代の鍛冶師 ・稀代の魔道具師 ・上級錬金術師)
・迷宮の家令 ・ポケットinボディガード→エクリプス・アサシン
NEW ・幼き父 ・ラヴァゲッコーの世話役
???族
全長10㎝……身長6㎝
取得スキル
+隠密機動(+身体強化 +隠密 +完全気配遮断)
+狙撃
+匠(+開発者 +名工 +上級錬金術 +装飾 +裁縫)
+狩人(+弓術 +解体術)
+行商人(+交渉 +詐術 +観察)
+鼓舞
NEW +探索 +爆裂魔法(途上/未発現)
~=~
・11話終了時の記録
スルト
メス 生後1日程~5日
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
・お嬢様の従魔 ・お嬢様の親友 ・迷宮出身者 ・クロの娘 ・侍女長の娘
ラヴァーゲッコー族 モデル=ニシアフリカトカゲモドキ
全長3㎝……身長2㎝
取得スキル
+火炎魔法(上級) +地魔法(上級) +探査 + 農耕 +鼓舞 +鍛冶(お手伝い/発現) +調理(お手伝い/発現)
NEW +熱砲(固有スキル) +地盤溶解(固有スキル) +結晶砲(固有スキル)