閑話休題29『永遠なる砂乙女達』
初めまして。クーデリアです。私は一度死した存在を『砂棺』という魔素の高圧縮された棺で、無理やりに位階進化させたアンデッドです。外観は若い娘ですが、その本性は迷宮の主としても存在し、アンデッドの最上位級に類するノーライフキングに比肩します。
私含め、現在では30数名の『永遠の乙女』は存在しています。
我らが主、ジオゼルグ様はとてものんびり屋。しかし、これは我が主の見せる擬態のような物です。ジオゼルグ様は砂に意識を添着し、かなり広範囲を察知できるので、このククルカルナ大砂漠の殆どの場所を監視しているのですから。そして、砂の上で死した私達、『永遠の乙女』達の出番です。私達は体を砂に変え、瞬時に目的地へ移動できます。我らが主、魔人ジオゼルグ様より賜った魔剣のケペシュで上級魔物程度ならば鎧袖一触。さすがに土地主級になると被害を考えて戦わねばなりませんが、それでも私達にはアンデッドとは言え最低限考えられる知能が有ります。『戦略的撤退』も我が主が我々に義務付ける一つの選択肢なのですよ。我らが主、ジオゼルグ様はとてもお優しいので。
「クー、何か言った~?」
「はい。お飲み物のお代わりはどうしますか?」
「う~ん。次はもっとすっぱめで~」
「承りました」
ジオゼルグ様はあまりここから動くことができないので、ここをご自身が楽しめる理想の拠点とすることに余念が有りません。それからジオゼルグ様は形から入るお方なので、私達の制服もいろいろご用意くださいました。ただ、理解できないのは何故我々の水着は、『紐ビキニ』か『スリングショット』などの超際どい物ばかりをチョイスされるのでしょう? これなら着ていなくても同じです。
それから、ジオゼルグ様はしきりに私達、『永遠の乙女』へ大旦那様の妾になれと言うのです。
何をお考えかは解りませんが、いくら私達の体が生前のままで老いず、精神が壊れないとは言ってもそういった生ける者の営みには非対応なはずです。……え? 対応するように作ってある?
ジオゼルグ様のあまり知られていない一面ですが、ジオゼルグ様はとてもお父上様が大好きなお方です。ですが、我らが主は素直でないと言いますか、つっけんどんで不器用なのですよ。お父上様がおいでになってもいつものペースで応対。お帰りになってから『もっと触れ合えばよかったな~』とお心の中で後悔されています。表情に出ていますから、我々にも駄々洩れですが……。
そのお父上様の関わりで、ジオゼルグ様が関われないのがお父上様の『お嫁さん会議』なるものです。お姉様のスルト様や、ゲンブ様は腹心の部下を嫁がせているようです。
「クーや皆はジオの眷属~。そこらのアンデッドとなんて~比較にできないくらい高精度~。正直~、アンデッドかすら危うい~。新種族と言ってもいい~」
「は、はぁ……」
「誰かが赤ちゃんを身篭ったら~、ちちうえがここに来やすくなる~。誰か協力してくれないかな~」
~=~
なので少しお時間を頂いてカナンカ様を介し、セリアナ様にお話しを持って行きました。
セリアナ様も最初はたじろいでおいででしたが、鑑定用の眼鏡型魔道具で私と後ろに控える2人を見つめています。確かに私達の肌は褐色が強いですが、眼鏡や虫メガネで陽光を集中しても発火はしませんよ?
……それよりも、急にセリアナ様の頭から金色の毛が生えた犬?のような耳がピンッと立ち上がりました。瞳孔も人の物ではないですし、爪や掌にも大きな変化が。それよりも……あのモフモフな尻尾。撫でたい。
そして、セリアナ様が急に蛟様を呼び、改めて私達3人を鑑定した様子です。
その蛟様もかなり驚いていらっしゃる。咳払いを一つした蛟様は私達によく聞くように前置きし、ジオゼルグ様がおっしゃったことを復唱されました。私達はアンデッドという認識でした。……といいますか、そういうアンデッドが居るのでそうなのだろうと思っていましたから。ジオゼルグ様もそういうアンデッドになると想定して私達を作ったとのことですので。
しかし、私達は新たな種族として生きていることが判明したのです。自然と、私の両目から涙がこぼれ落ちます。私が口減らしで村の同年代の女の子と共に捨てられた時のことはよく覚えています。仕方ない事だと、心の中で復唱し、諦め、最後には衰弱しきって夜の砂漠で意識を手放しました。あの体温が抜けていく感覚は忘れたくても忘れられませんよ。
「念の為だけど、私もこれからジオの所に行くわ。調べてジオを叱らないといけないかもしれないもの」
「何故ですか?」
「……理解していないみたいね。貴女達は生前の記憶を有したまま生き返ったのよ? ちょっとそれは倫理から外れるのよ」
「大旦那様もご存じだったようですが?」
「クロが?」
蛟様はクロ様を呼び、知っていたかどうかを問いただしている。
やはりご存じだったらしく、蛟様に軽く嫌味を言われていますがクロ様は私達を見ながら言います。
「僕は今のジオゼルグがこの子達を間違った道に利用しようとしている様には見えない」
思えば、私達の死の理由を考えれば、怨嗟にとりつかれて暴走してもおかしくないものです。しかし、私を含めて30人程の『永遠の乙女』は誰一人として、復讐という愚かしい行為へ至ろうとは考えすらしませんでした。それはジオゼルグ様が私含めた『永遠の乙女』を作り出し、不適合な物は壊していたからだと私は思い至ります。こんなに少ないはずがないんです。もっといてもおかしくないんですよ。
ここまでは大旦那様も口に出して説明はしませんでしたが、聡明な蛟様はその含みのある文言で理解していただけた様子でした。
その後は大旦那様の騎獣に私達3人と蛟様、クロ様で跨ってククルカルナ大砂漠の拠点へ向かいます。一応念の為全員が同じ存在であるかを確認するためだとのこと。元々は拙しい村娘の出である私達には、大魔導師である蛟様の深いお考えや、学問には疎いので直ぐに理解はできませんでしたが……。よくよく思い直せば、人を蘇らせるなんて行いが普通な訳がないのです。ジオ様は蛟様から軽くお叱りを受け、クロ様がとりなしてからは私の同僚の鑑定に入りました。
全員が文句なしに新種族『永遠の乙女』となっているとのことです。その魔素吸入量や放出能力、身体能力は土地を持たない魔人級。知識量や経験はその生前に依存するという特殊な存在だ。そして、私はクロ様が頬を掻きながら告げた言葉で、久しく感じなかった人間らしい感情、驚きを心に沸き立たせました。
「問題は、この砂漠で自動的に『永遠の乙女』がポップするようになってることだね」
「そうね~。ジオの権能が位階上昇と共に上がって、砂漠の主に成ってるから……。この砂漠自体が『砂の棺』と化してる。これからも増え続けるわよ? どうするの?」
明後日の方向を見ている我が主。さすがにそこまでの事態に発展しているとは、自身の権能とはいえ解っていなかったらしい。そのことに関して蛟様から再びお叱りを受け、ジオ様は泣く泣く迷宮を拡張していくことになるようです。すべての『永遠の乙女』が私達のように正常に挙動する訳ではなく、やはり処分は必要らしい。しかし、ジオ様は大旦那様や蛟様に言われた後からは、自身の権能で我らの同輩を集めて支配を繰り返している。
増えに増え、100を超え、その分の仕事を増やすことに四苦八苦するジオ様。最近では泳げないのにプールの水の上で浮き輪に乗っています。迷宮管理用の魔素板とにらめっこしながら何周も流れるプールを周回していました。このように何だかんだと仲間思いで働き者の我らが主の為に私達『永遠の乙女』達は今日も働きます。……大旦那様の妾問題はセリアナ様から『是非参加してッ!!』と鬼気迫る勢いで誘われました。そこが地獄であるとは思いませんでしたけど。2度目の死に目を見ましたから。
『永遠の乙女』
→砂漠で何らかの理由で死亡した少女達のミイラとジオゼルグの高圧縮魔素により再構築した存在。ジオゼルグが作成した当初は通常のアンデッドと同様に意志はなく、命令を聞くゴーレムのような存在だった。しかし、急激な位階上昇をするジオゼルグの位階進化と共に意志を芽生えさせ、新たな種族として進化した。アンデッドから魔族へと進化。