閑話休題2『従者の葛藤』
私はリリア。リリア・オルフェンテーク。以前はオルフェンテーク子爵家の三女として、ファンテール王国魔法兵団の一員だった。しかし、そんな私に転機が転がり込んだ。私の姉2人と共に父に呼び出され言われた。この中の一人を、主家のお嬢様のお一人。エリアナ様の専属メイドにすると……。
姉2人は激しく嫌悪。困り切った父が私に縋るような視線を向けて来た。
私は決断力がない。そして、考えが顔に出てしまう。私は王国軍を退役し、エリアナ様の下へと馳せ参じてこのほど侍従となった。一応、剣も魔法も格闘術も修めているので、その辺のごろつきには負けません。負けませんでしたが……。
「くっ、離せ!!」
「おうおう、よく喚く嬢ちゃんだこと。おらぁ! 大人しくしやがれ!!」
私の主、エリアナ様がご兄弟からの政治的圧力から遠方へ、幽閉されるのに合わせてついていく。エリアナ様は健気で優しく、聡明なお嬢様だ。実直で言われたことをひたすら行う私にはもったいない主。その主を守れない事が凄く悔しい。御者は既に殺されている。私が殺されてしまえば、エリアナ様をお守りする者はいない。……無念。
などと思っていたら私の上に覆いかぶさるようにしていた盗賊の男が、下半身と上半身とを泣き別れにし息絶えていた。私は緊張の糸が切れたように、意識を手放していた。
その後、私が目を覚ました時、私とエリアナ様を見守るようにベッドに腰掛ける女性が1人。……ま、魔人だ!! その体からほとばしる魔素は常人ではありえない。私はとっさにエリアナ様を背に隠したが、縦長の動向に上唇から伸びる牙、長い舌……私は震えから情けなくも動けない。
「だいじょ~ぶよ~。取って食いはしないから~」
「お、お前はななななにも…」
「私? 私はツェーヴェ。この森に棲んでる魔人よ。一応、貴女達を助けたんだけど。警戒を解いてくれるかしら?」
私はその物腰穏やかな貴婦人のような、女魔人の言うことを信じてみた。
と言うか、彼女の考えを肯定していくしか、今の私に取れる選択しは無い。嘘でもホントでも、私とエリアナ様は目の前の魔人の掌の上であることは変わらないのだから。まぁ、しばらく会話して解ったことはこの魔人、ツェーヴェさんは普通にいい魔人。というか、権謀術策渦巻き、嘘で塗り固められた社交界などの人間の社会に居るよりよほど清々しいとも感じる。彼女の口ぶりでは、彼女以外にもう一人住人がいるらしいのに……見当たらない。
……と思ったら、小さな鳴き声のようなものが聞こえ、私は真後ろに居るはずのエリアナ様が居ないことに気づいた。取り乱し、慌てて探しだそうとしたら、当のエリアナ様ご自身が私の目に黒い蜥蜴の魔物を心配そうに突き出す。……あら可愛らしい。全身真っ黒で小柄な体躯。短い手足ながらぽってりした感じの小型の魔物。でも、こんな魔物を私は知らない。脅威にならないから知らないだけかもだけど。
「あらら~、クロったら」
「クロ?」
「えぇ、この子がさっき言っていた住民よ。これでもちゃんと会話できるくらいには知性があるから、愛玩動物扱いは止めてあげてね?」
エリアナ様にもかみ砕いて説明した。……私もまだ飲み込み切れないけど、必要な事っぽいので念入りに説明。どうも、盗賊を殲滅したのはツェーヴェさんではなく、エリアナ様の可愛らしい両掌の上で動かないクロ様との事だ。
クロ様はこう見えて、目の前の魔人ツェーヴェ様より、生き物としての格は上とのこと。魔物は空気中や他の生命体の保有する魔素を喰らって生きる。その魔素を一定以上体内に保有した魔物は位階が上がると聞いたことがあった。世迷言とか眉唾とか言われるような話ですけどね。
私達が属していたファンテール王国の各所にある魔素溜まりには長がいて、その長がそれに当てはまるなんて聞いたことはある。けど、国の騎士団長やトップ冒険者のような強者ですら、魔素溜まりの奥地には到達できていない。その理由は普通の人間では高濃度の魔素は有害だからだ。
ちょっと待って? じゃあ、この目の前の魔人、ツェーヴェさんって……この森の主?
「え? 言わなかったかしら?」
ツェーヴェさんはかなり抜けているところがある。ドジというか……。よく水魔法の威力を間違えて穴蔵の一部を崩落させたりしている。天真爛漫でいろいろなことに興味深々なエリアナ様すら魔法の使用時は近づかない程危ない。まぁ、たまになんですけどね?
ツェーヴェさんからのお願いは、クロさんに指摘された汚部屋のお掃除だそうです。匿ってもらって居る身ですからね。それくらいはお安い御用です。ツェーヴェさんが岩の壁をくりぬいて、簡易の棚をあちこちに作ってくれているので、私は日中は仕分けと整理をして過ごします。あとはクロさんが置いて行ってくれる作り置きを温めたり、エリアナ様のお相手ですね。ここにある書籍はエリアナ様には早すぎる様で……そんなことはありませんでした。貴族向けではありますが、娯楽小説が所狭しと積まれてますね。
(……クェ)
私にはクロさんが何をお話しているのかは分かりません。しかし、ツェーヴェさんが通訳してくれるので、生活に支障はありません。それにクロさんがお強いことは毎日の狩りの成果からも頷けます。さすが魔の森。相当高ランクの魔物が跋扈している様子です。
そんなある日。私は大発見をしました。迷宮です。迷宮の扉です。ツェーヴェさんの魔道具や所蔵本の山の後ろから出てきました。どうやったらこんなに本を積み上げられるのか謎です。
そして、ここ最近で一番驚かされたのが、エリアナ様が迷宮の主になってしまわれたことです。
ツェーヴェさん曰く、この特定の者しか受け付けないタイプの迷宮は珍しく、エリアナ様の血統に由来するのでは? と言われた。私はお2人にまだ隠している、エリアナ様の出自のことを話すべきか悩みました。でも、まだその時ではないと見送ってしまいました。……2、3日後にお2人ともご存じだったことを知って、膝から崩れ落ちそうでしたけど。
「ね~ね~、リリ。クロにはどれが似合うと思う?」
「へ? クロさんにですか?」
エリアナ様から私に迷宮の機能で創造できる人形用の衣服について問われました。
……それ以前に、クロさんは確かオスだったとツェーヴェさんから聞いた気がします。
エリアナ様は何故かクロさんをいたく気に入っていて、どうにかお止めいただきたいのですが、クロさんを愛でるような接し方が抜けません。もう10日程を一緒に生活していますので、クロさんがかなり知能が高く、ご自身で自立なさっていることもわかります。その上で、エリアナ様が私に投げかけた問いに帰りつきます。私はどう答えればいいのでしょうか?
エリアナ様が指定している表示は全部女性用ドレスです。一応、乗馬服などもありますが、男性用ではなく女性用です。男性用もあるのに、女性用を堅くなに選ばせようとしています。……ここはクロさんに苦労してもらうことにしました。私にはどうしようもないので。
「このゴシックロリータというドレスはどうでしょうか? クロさんの体色とあってお似合いかと」
「うん! そうだね。これと、後これにしよう!!」
ちなみに、エリアナ様はフリルいっぱいのパーティードレスを選択。街から帰宅されたツェーヴェさんもエリアナ様から同じように問われ、乗馬服を選んでいました。いつの間にクロさんの体格を写し取ったのかは知りませんが、パンツ形式の女性物乗馬服です。それらを着せられ、お出かけが延期になって不機嫌だったエリアナ様をなだめていたクロさんは、もう虚無に満ちています。苦労人仲間が増えて少しうれしくもあります。でも……、それ以上に申し訳なくもあります。
ごめんなさい……。私達も共犯なので、お助けできません。
~=~
・記録
リリア・オルフェンテーク
女性 17歳
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
・エリアナの従者 ・苦労人 ・中級魔法使い ・迷宮の使用人
身長170㎝
人族
取得スキル
+火炎魔法(中級) +家事雑事効率化 +剣術 +体術 +舞踏