閑話休題27『お菓子な神殿』
初めまして、クォアです。『水源の迷宮』の支配人をしているヴュッカの母でございます。
私や蛇魔族の一族は、偉大なるクロ様の下僕としてこの蛇神神殿にてそのお嬢様のゲンブ様にお仕えしております。本日はそのゲンブ様にお願いされましたので、ゲンブ様にとあることをお教えしております。一見完璧美少女に見えるゲンブ様ですが、実はお料理の類は壊滅的なんです……。いいえ、自立が一切できていない怠け癖のあるお方ですね。
お部屋はゴミ溜め、衣服は脱ぎ散らかし、大切な書類と紙屑が一緒に机の上に置かれているという混沌のお部屋を目にしてから、私は彼女のお世話を永遠にしようと誓いました。幸い、娘も主たるクロ様に差し出し、私も時間に余裕がありますから。新しい娘が1人できたようで嬉しくもあるんです。……おねしょを他の誰かに知られたくないらしいので、布団は隠して干しておきました。
「お菓子は決められた量を決められた通りに混ぜ合わせることが基本です。ですので、落ち着いて1つ1つこなしていきましょう」
ゲンブ様がポンコツなのは全てお掃除というか、整理ができないところから来ています。一つ一つ整理をしながらやればいいのに、何分頭の回転だけはよろしいのでショートカットしようとしておかしくなるんです。何故この方はタスクを頭から出してしまうとこんな、ダメダメダメ子さんになってしまわれるのでしょう?
なので私は一つ一つやらせるために、彼女の手の動きを最初から最後まで掴んで矯正。ゲンブ様の頭の中と手の動きが合致していないせいで手がプルプルして、かなり困惑していますが……。何とか物になり、簡単なプレーンクッキーを焼き上げることができました。本当にこの方は不思議なお方です。ボードゲームや政争、戦略ならばあのセリアナ様に比肩すると言うのに……。本当に残念美少女です。最終的に真っ赤な顔をしながら涙目で私にゲンブ様が言いました。『私は食べる係なので問題ないのです』……と。
私は優しい笑顔で『そうですね?』と肯定したように見せかけた煽りを加え、とても負けず嫌いなゲンブ様の心を奮い立たせます。この方はちゃんと考えているようで割とお子様なので、意外と扱いやすいと思いますよ。仕事の最中は完璧美少女ですから逆らいませんけどね。
「ドーナツがお好きなのはわかりますが、物事には順序という物があります」
「……」
「膨れてもダメです」
「……」
「泣いてもダメです」
「……」
「さっ、クッキーのおさらいですよ」
結局ゲンブ様は今日1日、ひたすらクッキーを焼き続けました。頭の機能を停止して、手に作業を覚え込ませるという彼女らしい力技を見せました。目が死んでますが最終的にはお一人でクッキーを焼けるようになり、私も休日を1日潰したかいがありましたね。ここからラッピングする作業があることに、目を背けたいというのはありますが……。目を背けたところで誰もラッピングしてくれるような奇特なことはないのです。私とゲンブ様で今日大量に焼いたクッキーを袋に詰め、神殿の孤児院の子供達に配ります。これも私やゲンブ様のお勤めの1つですから。
クッキーは大好評。ゲンブ様も自分が作った物が美味しく食べてもらえるのは嬉しいのでしょうね。満面の笑みです。
この時、私達は知りませんでしたが、その時の孤児院の隅っこで例の彫刻家がじ~っとゲンブ様を見つめていました。数日後、神殿の正面玄関横に等身大ゲンブ様の菩薩像が置いてあったんですよ。この神殿での七不思議のひとつなんです。私は犯人を知っていますが、できがいいので像は全て神殿のしかるべきところに飾られます。既に100はあるので、そろそろ置く場所に困ると言いに行きましょうか? スルト様に……。
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お初にお目にかかる。私はリャエドという。蛟、ツェーヴェの母だ。……巷では狂犬などと言われて龍から恐れられているたしい。そのように育てたつもりはないのだがなぁ。その放蕩娘も我らが主上、クロ様の所へ嫁いだ。私としてはそこだけは良かったと心から言える。今ではあの子が怖くて口もきけないのが悲しくはあるけども。
そんなふがいない母の私ではあるが、今は同胞のクォアと共に主上のお嬢様のゲンブ様にお仕えしている。
私は文官仕事が苦手で、剣一筋だ。5本首ヒュドラまでなら単体で戦える実力はある。クロ様は5本首ヒュドラを一撃で葬るらしい。私もいつかそうなりたいものだ。ただの蛇から魔物へ、魔物から魔人へと位階を上げ、このようにして長い年月を生きた。これからも研鑽を積み。主上とご家族の為にこの剣をささげよう。
「ゲンブ様。いくら刃物でも刃筋が立たねば切れませぬ。潰すのではありませぬぞ? さすがに飾り付ける為の果物です。それではなりません」
ゲンブ様は一見して完璧なようだが、実はとても抜けている。私生活のいろいろなところが破綻している。女将軍としての凛々しいあの姿とは似ても似つかない醜態を、私とクォアの前だけ見せてくれる。かわいげの欠片もなかった私の実の娘より可愛くて……凄く構いたくなる。
今日は既に用意されているケーキ用のスポンジの間に、カットフルーツを詰める作業をしていた。
私達が常にエリアナ領の軍属として、剣や謀略を振るっている訳ではない。どちらかというと、私やクォアなどは神殿の修道女として親を失った孤児の生活支援や世話を中心にしている。これも私達の務めだ。かわいげのなかった私の娘などとは比にならない素直な子供達に囲まれて、日々幸せに過ごしている。……その子供達のククリの中にゲンブ様が含まれているのは私とクォアだけの秘密だ。
「そうそう、そうです、その調子で同じ間隔で」
ゲンブ様が思考を捨てた目をしている。ゲンブ様は並みの存在を凌駕する頭脳を持ちであるが故に、手先の能力と頭脳の能力がかみ合わないのでしょう。頭でっかちとも言えるのだろうが、子供の内はそれでも何も問題ないのです。逆に子供の時から達観して人生を見て来たような態度をされても可愛くないのだよ。……私の娘のことである。
ゲンブ様の妹君であるジオゼルグ様が差し入れてくださった南国フルーツが等間隔に切り分けられたので生クリームを力技でかき混ぜ、ケーキのスポンジに塗ったくり、間に挟んで乗せ直し……。ゲンブ様と私の共同作業で何とか終わを迎えた。この後はゲンブ様にはお休みになってもらって私が箱詰めしておく。
明朝に大きな氷室からそのケーキを全て取り出し、孤児院まで配送。
ゲンブ様とクォアが挨拶している間に私が準備しておいた机にケーキを並べていく。子供の人数分はしっかりある。喧嘩されても困るので、1人辺りの個数は決められているがそれでもたまにわがままを言う子が出るのだ……。どこからか嗅ぎつけたスルト様、ジオゼルグ様、ヨルムンガンド様、イオ様にも供します。示し合わせたように個数がぴったりなのはなぜでしょうか?
「ねぇ、リャエド。正面玄関にまた例の大きな箱があるのよ」
「またか……」
「ええ、またよ。そろそろ言うべきかしら?」
「そうだな。言うべきかもしれん。置く場所もないし。今度それとなく言っておく」
「ありがとう」
この神殿の七不思議のひとつ。何かイベントがある度にゲンブ様の等身大の菩薩像が届く。できはいいので、飾る分には問題ない。問題は数が多すぎて飾る場所が足りない事。神殿の正面玄関から入り、左右の壁一面、正面の大ゲンブ女神像含め、正面の壁全てに飾られている。もうどれだけ詰めても飾ることは不可能だ。主上のお嬢様だから気は進まないが……スルト様に言わねばならんな。