閑話休題26『揺蕩う夜のバーで』
は~い。初めまして~。ヴュッカですよ~。最近影薄くて悲しかったんですよね~。私、ヴュッカはこの『水源の迷宮』の支配人的な立ち位置です。この迷宮は観光や飲食などのレジャー産業が強みの特殊な迷宮で、どちらかと言うと成人されている方向けの場所ですね。もちろんお子様も大歓迎です。
デートの時に、プロポーズに、奥さんと一緒にいい雰囲気で、何かの記念日に……と。ここは1日中薄暗がりのノスタルジックな雰囲気あふれる愛に満ちた空間です。……まぁ、悲しい状況になる時も無きにしもあらずですけど。
今日は私もこの迷宮の深層部にある隠れたバーで、この迷宮を中心に働く皆さんと集まってだべっています。たまにはこういう息抜きも必要なんですよ~。ここは人魚族の代表、ジレーヌさんと旦那さんが趣味で開いている隠れたお店。『深海の光』という小ぢんまりとしたバーです。
「今日も皆さんお疲れ様でした~」
「でした~!」
「お疲れ様」
「お疲れ~」
「うぃ~っす」
数人関係ない人も居ますけど、別にそんな固いことは言いません。楽しければなんでもおっけ~。
メンバーは人魚のイレーヌ。スキュラのユーリア。煌龍族のジュネ。リヴァイアサンのメリアとナタローク。本当は水妖精のウェディも呼んだんですけど、今日は別の用があるそうで欠席です。メリアさんとナタロークはいつものリヴァイアサン一族用のラウンジから梯子してここに来ている。もうべろんべろんですね。一般の皆さんに迷惑が掛かるようではいけませんけど、別に私達ならいいんです。最悪ぶん殴ればいいので。リヴァイアサン一族はとても頑丈なので、私がタコ殴りにしても一晩すれば回復してますし。
図った訳ではないのですが、ここに居るのはナタローク以外は旦那様に番う女性ばかりです。子宝に恵まれているのは私だけではありますが、それも致し方ない部分があります。
とくにイレーヌとユーリアは元々水域に住んでいる種族。人化薬で一時的に足を得て旦那様の所へ行くのですけど、その薬の関係上妊娠率も下がるらしいのです。それから水妖精のウェディに関しては……妖精族なので。妖精族は人型の種族が考える常識は当てはまりません。彼女達妖精は妖精で考えがあるはずです。たぶん……。
「にしても、皆羨まし~なぁ~ッ!!」
「どうしたの、ナタ」
「だって~……。アタシももういい年じゃない? けど、浮いた話の1つだって来やしないんだもの」
「それはあなたが何もできないからじゃないかしら?」
「グハッ!!」
ジュネさんが嘆き節のナタロークさんをバッサリ切り捨てます。言葉に威力が乗るというのはこういう事なんでしょうか? ナタロークさんへはクリティカルヒットしたと思います。ナタロークさんはメリアさんの妹さんで何の役職にもついておらず、戦闘力は非常識な程高いのでメリアさんから当代のリヴァイアサンを引き継いだ。メリアさんも何もできませんもんね。
そこに恋愛種族の人魚が声を掛けます。
まぁ、そうなりますよね~。この前旦那様が『黒鋼の森』に逃げ込んで、皆で土下座して宥め倒して許してもらったと言うのに……。反省というか、学習していないのでしょうか? このアホ人魚は……。ユーリアも呆れて掌を返す。私と解りあえたユーリアはグラスを軽くぶつけてカクテルを口に含みます。
ジュネさんも料理と戦闘以外はからきしな龍ですが、料理だけでもできるのでまだましとも取れます……。いや、この龍もよく食べますからね。その辺りを考えるとマイナス過多な気がしなくもないですけど。ジュネさんがイレーヌの言う、優良物件の名前を直に言い放つ。隣で半分目が閉じかけているメリアさんも賛成していますね。
「それなら~、私ぃ優良物件を知ってますよ~!」
「ま、マジ?!」
「……それって、クロの事?」
「あはははは~……。そうね~、クロなら~、夜も元気だしぃ~ヒック……。いいんじゃな~い? 寂しい独り身の隙間を埋めてくれるかもよ~?」
ユーリアと私は苦笑いです。ジュネさんもさすがにそれは同感のようです。
ここにはいい大人しかいないので、猥談も自然に出ますよ。特にそういう事を場所を考えずにブチかますメリアさんが酔っ払ってますからね。先ほどから自主規制ワードがポンポン飛び出しています。リヴァイアサンのお2人とイレーヌの間で盛り上がっていますが、アレは実体験しなければ恐ろしさは解らないと思いますよ? 百聞は一見に如かずなのです。仮にナタロークさんが嫁入りすることに決まって、その時になったとしたら独り身の時にできた隙間なんて一発でつぶれます。オーバーフローしますから……。私やユーリア、ジュネさんは自分が初見の時にどうなったかを思い出して身震いしました。
私は魔人グループでまとまるので龍族や他種族混合グループの様相は知らないので、一応訪ねてみました。
うん。どこも変わらないですね。どうして魔人と人が番う御伽噺が悲恋で終わるのかがよくわかりますね。詳しくは自主規制ワードが出過ぎるので語れませんが、魔人は生物として超越した存在。ただ、これは私の想像なのですけど、私達の旦那様であるクロ様は普通の魔人と比べても数段異常な度合いが高い気もします。
私も聞いたことがある程度なのですけど、魔人の素質が大きく出るのは魔人の外見。幼ければ幼い程にその底が知れない。私やツェーヴェ姉様はそれなりの年恰好です。お母様達は年齢に対しては少し若い気もしますが、私達より数歳は上だと思います。
「それはそれはいいわよ~。本当に天国を見せてくれるの」
「そうですね~。アレを初見でもらうと三途の川なら軽々と渡れますからね……。私は何とか帰ってきましたけど」
話がえらく物騒になりました……。表現が凄く物騒です。
それでも、私、ユーリア、ジュネさんも深々と頷きました。特にそれ程体が強くない一般種族のスキュラのユーリアなど目が死んでます。その時のことを思い出したのでしょう。私も身震いします。ジュネさんは少し顔を赤らめましたが……。直ぐに死んだ魚みたいな目でジレーヌさんに一番強いお酒をオーダーしています。思い出したことを忘れたいようです。
それでも先に酔っ払っていたメリアさんとナタロークさんの猥談は盛り上がります。たぶん、想定している状況が2人の間で大きく異なると思いますけどね。
私の時は先にツェーヴェ姉様が奮戦した後だったのでなんとかなりましたが、ツェーヴェ姉様と私が抜けた後のことをエリーカに聴きました……。それはもう悲惨だそうです。しかもまた何人か抜けたので、今度から他種族混合と統合するという作戦がセリアナ様から出ています。そうしないと本当にいずれ死者が出るかもしれないので……。
「イレーヌも好き物ですからね。あの子は虐げられたり、いたぶられる事に快感を見出すので」
「それはそれは……。あの子が居れば解決しないの?」
「あの子、体力無いから」
「あ~……。それだときついかもね」
ジョッキでかなり刺激のあるお酒を呷るジュネさんも会話に戻ってきました。龍族も人化の術を使える種族では突出して強い種だけれど、その龍族が束になっても敵わない超越した体力を持つ旦那様。最近では私達が出産するまで次は控えるとのことで、他の子達が死に体になっている風景は見てないけど……。何事にも物好きは居る者らしい。ジュネさん曰く、メリアさんもイレーヌと同じ傾向があるとのことで、龍族はメリアさんを人柱にして若い子を壊されないようにしているとのこと。旦那様がもっと好色なら、相手が増えてバランスいいのかもしれませんが、良くも悪くも真面目ですからね。
「リヴァイアサンの一族の女は皆そう……。その内、生贄に使おうって皆で相談している」
ジュネさんから物騒な言葉が聞こえましたが……。まぁ、今日も『水源の迷宮』は何とか回ってます。