閑話休題1『蛟の心中』
私は、生まれてこの方感じることさえなかった危機感を感じた。
数日間、その気配を探り続けた。出ては消え、出ては消える。幽霊の様な存在を。巨大な、そう、齢1000と2を数えるこのツェーヴェ、森の主、蛟を怯えさせる巨大な存在感を探して。
あの日から森はおかしかった。私が狩りを失敗するなんてありえない。私は強いから。なのに、私は連日獲物を逃がした。私らしくもない。というか、見つけた獲物もしょぼ過ぎて、食いでが無さすぎる。どうせなら魔猪や魔狼が出て欲しかった。それくらい食べなきゃ食べた感じがしないから。
そして、私はついに出会った。出会ってしまった。
出会いは淑女としては凄くはしたなく、また間抜けと言われても否定できない様なものだったけど。
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私、ツェーヴェはその小さな存在と行動を共にする事にした。けして、彼の作る料理に惹かれたからではない。彼に強い興味を持ったからだ。
彼の名は『クロ』。私が名付けた。
何故か私は嬉しくて、彼を私の住処に連れて行った。お持ち帰りです。彼は小さくて、外観からは頼りないと思わせる。私は体で大木を薙ぎ払える大蛇の蛟。1000年を生き、魔素を喰らい、位階を上げて蛇龍に至った強き者なのよ。それがどうしたことか私が小さくなった姿でさえ、頭よりも小さな存在に抑え難い恐怖を覚えた。私の穴蔵に連れ帰ったのは、彼が話せる存在だったから。
基本、魔物に知性はない。私もいつ頃から知性が身についたかは判らないわ。知性と理性がこの身に宿り、私は森の主となって、位階を上げその途上で『魔人』となる事もできた。魔人である私は興味を持った。彼は……何者なのだろう。
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(今日の夕飯は魔鳥のソテーと薬草のサラダ、干したクベラベリーだよ)
「あ、ありがとう」
どうやらクロは私の事を大食らいだと思っているようだ。心外だけど、彼よりも食べている現状、反論もしにくい……。それに彼が来てからのご飯は彩り豊かで味もよい。なんだろう。単に丸呑みするよりも、魔素の質がよいのだ。もちろん、この『魔の森』は『魔素溜まり』の中でも大規模かつ濃密な魔素に満ちている。そんな場所だから私が蛟になったとも言えるのだけど。
いつの間にか私は彼の料理の虜になっていた。
そして、私は時分に対して思いやりと言われる感情を向けてくれる初めての相手が現れたこと。その新しい当たり前に当惑しつつも喜んでもいた。私はご飯のお礼に、私が1000年間貯めに貯めた無駄な知識を披露した。
彼は乾いた土が雨水を吸うように、私が齎す叡智を吸い込んだ。いつしか、私も楽しくなっていた。打てば響き、期待に応えてくれる彼に私は心を揺り動かされていた。
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私はいつの間にか彼の存在を受け入れていた。彼が、私など力をつければ捻りつぶせてしまう存在が、私の寝床の近くに居るのに……。警戒などせずともよい。彼は私を害しはしないのだから。
彼はわたしの齎す叡智を活かす事が得意だ。
そういう意味では私や普通の魔物と、彼は違うのだとまざまざと思わされる。私は、彼のその姿に私が嫌悪する人間の姿を思い浮かべていた。……違う。彼は人間じゃない。
なんたって彼は身長3cmの2足歩行する蜥蜴だから。
そんな時、私は私の縄張りに取るに足らない人が入って来たのを感じた。この時、私は戯れに彼を試そうと思い立った。彼が人の味方をするかもしれない。そうしたら、これまでの関係が壊れてしまうかもしれない。……と言う後悔を胸にしながら。
杞憂。私はそんな言葉と、改めて彼の恐ろしさに身を固くした。彼は人の味方などしなかったのだ。私が気まぐれに助けた女を襲っていた、有象無象を一掃してしまった。鎧袖一触。私は震えながら立ち尽くしていた。彼は、私の背後に居る。私の背後から人間の男を20人も射殺してしまった。
私は何の気の迷いか、襲われていた女と、馬車の中で気を失っている女を助けた。乗り物を引いて住処に帰り、彼を、私など歯牙にもかけない強者の帰りを……何故か待ち焦がれていた。
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リリアと言う女とエリアナと言う少女が私の住処に居着いた。クロを独占できなくなったのは残念だけど、クロと約束した住処の片付けを任せられる人手はありがたい。私は元が魔物だから、整理整頓が苦手。蛇だから手足がないの。大雑把にならできるけど、細かい事は苦手。と言うか、嫌い。
それに私より弱い存在が居ることが、私の心に平穏を与えてくれた。エリアナは可愛い。私を恐れないし。クロに対しても遠慮がなく、あのクロがタジタジなのも私の心を解きほぐしてくれた。
そして、何が呼び寄せたのか……。迷宮の扉が開いたのだ。私の穴蔵の奥にあった扉。恐らく迷宮の扉だけど、それを700年は放置していた。忘れていた。我ながら情けない。クロにも呆れられて……恥ずかしい。なんて気持ちは吹っ飛んだ。私が気まぐれで助けたエリアナが、迷宮の主となり。…………私の主になっていた。
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私と…クロはエリアナの従魔になっていた。どうやら迷宮の仕様らしい。私とクロはエリアナが主になった迷宮の先住民。エリアナが主になると、自動的に私達はエリアナに従属した形になるみたい。……まあ、私に不満はない。だって、これまで格の差で遠い存在であったクロと、横並びの存在になれた気がしたから。
エリアナは……いや、エリアナも控え目に言ってぶっ飛んでいた。
エリアナは私やリリア、クロが仕事や雑事、情報収集している間に彼女の迷宮を堅牢な城塞に作り替えていた。最初のきっかけはクロ。クロが示した迷宮の仕様を理解し、魔改造していた。あの年ごろの子に全権を預けたのが間違いだったのかもしれない? 違うわね。エリアナが特別そういう才能のある子だったのよ。たぶん、私が本気で攻め込んでも、本丸の陥落は難しい。あんな要塞に住むことになるのね私達。……ふふふ。私とクロの愛の巣……ふふふ。
リリアも居るから独占はできないけど、エリアナはまだそういう年齢でもない。ふふふふふ……。
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私は困惑を通り越して呆れ……、腹の下の疼きを感じた。
クロは午前中に狩猟、夕方に帰り、夕食の間に報告会をする事を一日のサイクルにしている。その後は私から知識を搾り取ったり、工房に籠って錬金術の魔道具を使って何かを作っていたりする。その彼が傑作だという品々を見せられ私は絶句したし。なで繰り回すのを我慢したり。恐怖で硬直したり。困惑と亜然を繰り返し。心の中で何かが揺れ動き。ほとばしるのを制御できなかった。
思えば、彼と出会ってからだ。
私の心が揺れ動き、鳴動し、……物語で読むだけだった憧れ。
私は……彼に恋をしていた。私は蛟。寿命の枷を超越した存在……彼が大きくなったら、番になろう。うん。そうしよう。
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・記録
ツェーヴェ
メス 1000歳越え
主人 エリアナ・ファンテール
取得称号
・蛟 ・魔の森の主 ・齢千を生きる者 ・世話好きお姉さん ・お嬢様の従魔 ・森の救済者 ・迷宮の居候
人間形態……身長160㎝ 藍蛇……全長5m 蛟……全長100m
モンストルスネーク族 #位階進化→蛟 モデル=テキサスインディゴスネーク
取得スキル
+水大精霊の加護 +時空魔法 +杖術