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Metamorphoses③

 確かにそうだ。どういう仕組みにしろ結果的に風雅は生き残り、半人と化してしまった。その事実に変わりはない。それに脱線してしまったが、今は彼の身の振りについての話だった。

「まあ……これからに関しては落ち着いてからで構わない。ある程度この世界に慣れてから決めればいい」

 言って、ヴァンは風雅のこれからについての話を中断する。

「最後に花鳴風雅。何故あの列車に乗ったのか、その経緯を話してくれないか」

「えぇ、構いませんよ」

 ヴァンの頼みを受け、風雅は話し始める。

 風雅の近所に『銀河鉄道』の噂があった事。それを調べるために一人深夜の駅に忍び込もうとした事。途中友人に止められかけたが、古い列車が走っているのを見た途端夢中になって追いかけた事。車掌らしき赤髪の男と話し、車内に迎え入れられた事。

 それ等を話していると、シャーリーとケイトは驚いた様に目を見開き、ヴァンは眉間の皺を深くしていた。

「そんな噂が、第一世界に広がっていたなんて……」

「こっちでは今日まで見つけられなかったのに……」

 ケイトとシャーリーが各々感想を呟くが、ヴァンは押し黙ったまま、何か思案する様に俯いていた。

「助かった。今日はもう休んでくれていい」

 暫く黙っていた後、ヴァンはそう言って立ち上がる。

「じゃ、私コイツ送ります」

 シャーリーも立ち上がり、風雅の方を指してヴァンとケイトに言い「行くわよ」と出口の方を顎で示す。

 遅れて立ち上がった風雅は「お、お疲れさんです」とアルバイト染みた挨拶をしてシャーリーを追いかける。

 部屋を出て、先程通った道を辿る。

「なあ、今何時だ」

「五時よ。夕方のね」

 何となしに時間を訊いた風雅は、返ってきた答にゾッとする。

「半日以上寝てたのか……」

(ていうか時間の概念あんのな)

「まあ時間が第一世界と一致してる訳じゃないけど………。でも早い方よ? 私なんて拾われてから一週間くらい眠りっぱなしだったらしいし。身体が丈夫なのね」

 ツンとした語調で答えつつ、シャーリーは顎を指でトントンと叩いて「半日かあ……」と呟く。風雅はシャーリーの戦う姿ややたらツンケンした表情しか見ていなかったが、そんな仕草をする彼女はその見た目にそぐわぬ少女らしさに溢れている。

「ね、お腹空いてない?」

 と、シャーリーが風雅に向けて小さく笑いかける。炎と見紛う橙の瞳が僅かに細まり、薄く形の良い唇が弧を描く。

(こいつ……よく見ると可愛いな。ガキだけど)

 風雅の見立てでは、シャーリーの歳は十三か十四歳程度。彼からすれば一つか二つしか変わらないが、十五の彼にとって一、二年の差は大きいものだ。

「見つめてないで、答えてほしいんだけど……」

 風雅が黙ってシャーリー品評会を開催していると、当の彼女が目をうろうろ泳がせてそう呟く。意外と人見知りするタイプなのかも知れない。

「あ、ああ。腹か。そういやちょっと……いや、かなり減ってる」

 シャーリーに問われ、改めて自分の腹具合を知る。気付けば胃の中はもうほぼ空っぽのようで、栄養を欲しがっている。

「それじゃ、軽く食べよ。七時半くらいにはケイトさんがご飯作ってくれるから、お腹いっぱいは食べられないけど」

 言ってシャーリーは先程よりも軽い足取りで歩き出す。前をトコトコと歩くその小さな背中にどこか既視感を覚えつつ、風雅はそれについて行く。

 住宅街を真っ直ぐ抜けると、そこは商店街や市場の様な場所になっていた。

「あらシャーリーちゃん。その子が新人君かい?」

 市場を入ってすぐ、樽の様な体型をした女性がシャーリーに声をかける。その体型に似合わぬ速度で店先からやって来て、ニコニコとヒトの良さそうな笑顔を見せる。

「あ、マニラおばさん。そうです、コイツが新人の花鳴風雅」

「ど、どうも……」

 ぐいぐい来る大人があまり得意でない風雅は、たじろぎつつ会釈する。その様子を見て風雅の性質を悟ったのか、マニラは「ごめんねぇ」と笑いながら謝る。

「おばちゃん子供を置いてこっちに来ちゃったから、貴方みたいな歳の子を見るとつい構いたくなっちゃうんだよねぇ。日本の子みたいだし、ちゃんとした距離が必要よねぇ」

「あ、ああいや。別に不快になった訳じゃないんです」

 マニラと呼ばれた辺り、第一世界の外国で育った女性なのだろう。くるくるとパーマのかかったプラチナブロンドや鷲鼻を見ても、西洋人らしき特徴が見て取れる。

「そう? じゃあお詫びじゃなくて、歓迎にこれ受け取っとくれよ」

 言って、マニラは二人に小さな紙袋を手渡す。開くまでもなくバターの甘い香りが鼻孔をくすぐる。クッキーだろうか。

「ご飯の前だからあんまり多くないけど、おばさんの奢りだよ。今度は買いに来ておくれ!」

 そう捲し立てて、マニラは客の待つ店先に戻る。手作りのお菓子屋の様で、子供や子連れの半人達が焼きたての菓子の香りを幸せそうに嗅いでいる。

「もう少しブラブラしてから食べる物決めるつもりだったのに、マニラおばさんに貰っちゃったね」

 どうやらシャーリーもマニラの菓子のファンらしく、ニカッと元気よく笑って「向こうで食べよ」と風雅の手を引いて住宅街の方に戻っていく。

 住宅街の噴水の傍にはベンチが幾らか置かれており、風雅とシャーリーはその一角に座ってマニラのバタークッキーを食していた。

 マニラのクッキーは絶品だった。厚めで少し歯応えを残しつつも、硬過ぎず柔らか過ぎない。バターの香りも広がってはいるものの、重過ぎない程度だ。

「美味い……」

「でしょ!」

 美味しいクッキーにテンションを上げたシャーリーは、風雅の感嘆に元気よく食いつく。

 笑みを浮かべながらクッキーを頬張るシャーリーに、風雅は何となく先程から疑問に思っていた事を訊ねる。

「なあ、ここって太陽はないのか?」

「うーん、そう言えばそうね。私第三世界(こっち)の方が長いから、あんまり気にした事なかったけど」

「そうか……時間の感覚とか大変じゃないか?」

「慣れよ慣れ。ここに来たてのヒト達は、大体そんな感じの事言うらしいけどね」

 今までとは全く違う生活に、慣れないずっと同じ青の空。

 それでもこんなに美味しい菓子や親切な半人達がいれば、新鮮さを楽しんでいる内に慣れるかも知れないな。とどこか悠然とした態度で構える風雅だった。



「……風雅の事、どう思う?」

 ヴァンは地べたに座りつつ、ケイトに背を向けつつ訊く。

 彼は風雅のための死体を作っている最中だ。今回はケースがケースなため少し残虐な死体になるようで、他者にあまり見せたがっていない様子だ。

 ヴァンは能力を使うと側頭部から角が生える。下を向く様に生えた、二本のあまり大きくない角だ。

「そうですね……賢い子だとは思いますけど、何と言うか自分をどうでもいいモノとして見ているような、そんな印象があります」

 彼の少し離れたところから、ケイトは見守っていた。

 ヴァンはケイトの名を呼ばない。それがどういった意味を持つのかケイトには知る由もないが、彼女もまた長年共に生きた彼の名を呼ぶ事が殆どないので、問い質す気にはあまりなれない。

「やはり、キミもそう思うか……。彼は少し異質だな。どれだけ創作物の世界に多く触れたとしても、若いとはいえ常識の感覚……とでも言う様な思考が出来上がっていていい年頃だろう。だのにこの現状を、あまりにもあっさりと受け入れてしまった。ああいう思考は良く言えば達観だが、悪く言えば諦観だ」

 言って、死体が完成したのか布を作り出して覆い被せる。

 これがヴァンの能力。イメージした物を無から作り出す力だ。この世界には元々城はあったが、家屋はなかった。手狭な城内を半人全体で共有し、あぶれた者は野宿するという現状をヴァンが変えたのは、たった二五年程度前の事だ。

 その件以来ヴァンは他の半人達からも頼られるようにこそなったものの、本人としてはあまり他者とコミュニケーションを取りたがらない。それは彼が多くの半人達と出自を異にする事から来る負い目なのだろうが、ケイトを含めた多数の半人はそんな事をもう気にしていない。寧ろ知らない者も多くいる。

 そんなヴァンが新しく来た少年の事をよく話すのは、何だが妬けてしまう。

「あの子については、とてもよく喋るんですね?」

 ──‬だから、少しだけからかおうと思った。

 自分の事は名前すら呼んでくれず、ただ時折見つめてくれるだけなのに。来たばかりの他の子にばかり気にかけるヴァンに、ケイトは少しだけ意地悪をしたい気分になる。

 ビクッと丸めていた背中を少し伸ばすヴァン。こちらの意図に気付いてくれたのかと、ケイトは少しだけ期待して眼差しに乗せる熱を高める。

「あ、ああいや。別に他を軽視している訳じゃないんだ。家の補修の依頼はないか? それとも何かキミに必要な物が?」

 立ち上がり、ヴァンは慌ててケイトに一歩近付く。どうやら『仕事が溜まっているぞ』という婉曲表現と勘違いしたらしい。

 成人女性の平均身長とさして変わらないケイトと二メートルを超えるヴァンが近付くと、自然とケイトが彼を見上げる形になる。

 大抵の者はヴァンのその大きさに怖れを抱くが、長年共にいたケイトはその深緑の髪に遮られた奥にある瞳が銀色である事も、そこに深い慈悲を湛えている事も知っている。

 それを知る者は自分以外にはあまり多くない事に多少の優越感を覚えつつも、それはそれとして鈍感なヴァンに頬を膨らませつつ睨む。


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