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第三世界の悪魔祓い(エトセトラ)  作者: 依静月恭介
一章 銀河鉄道の夜
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銀河鉄道の夜④

 木造の車両に足を踏み入れると、あまり明るくない照明が内部を照らしていた。

 四人がけの客席が幾つか並んでおり、そのどれもにぽつぽつと客が乗っている。彼等は一様に臙脂色のローブで全身を隠しており、不気味だ。

 風雅は導かれる様にその一つに座り、こちらを見ようともしない向かいの席の乗客に軽く会釈をしつつ座る。

 硝子のない窓に肘をつけ、外を見る。車掌の宣言通り、それから数秒もしない内に車内が揺れて前進を始める。

 暫くは飽きる程見た街並みが後方に飛んでいくだけであったが、突然床の揺れがなくなると同時に少しずつ窓の外の街並みが下にズレていく。

「本当に、飛んでる……!」

 感動に心臓が早鐘を打つ。驚きの心は隠せず言葉になる。子供の様に目を煌々と輝かせ、風雅はもうかなり距離のある眼下の地表を見る。

 そして自分と同じ高さの夜空を見て、何年振りに自然と口元が上がる。

 何処まで昇っていくのだろうか。

 何処を通って往くのだろうか。

 何処に着地するのだろうか。

 何処にも着地しないのだろうか。

 宇宙にまで行くのだろうか。

 宇宙にも駅はあるのだろうか。

 太陽系を廻るのだろうか。

 自分はそこで生きていられるのだろうか。

 何も見ずに死んでしまうのだろうか。

 暑いのだろうか。

 寒いのだろうか。

 宇宙は暗いのだろうか。

 様々な恒星に照らされて明るいのだろうか。

 地球は本当に青いのだろうか。

 もしかしたら汚い色になってしまっているのだろうか。

 何も感じないのだろうか。

 線路のない宇宙に駅はないのだろうか。

 燃料は何処で補給するのだろうか。

 そもそも燃料はいらないのだろうか。

 会えるのだろうか。もう顔も思い出せない、自分を産んだ人達に。

 その全てをこの目で見たい。この肌で感じたい。

 そんな空想を、風雅は身体の中で膨らませる。

「お兄さん…………」

 そんな風雅の空想を遮ったのは、独りぽつんと座っていた向かいの乗客だった。

 妙にゆったりとして、弱々しい口調だ。よく見ると肌が青褪めており、はあはあと笑う様に息を吐いている。吐く息に色が見えそうな程不気味な雰囲気のあるその乗客は、目視では性別すら確認できない。皺だらけの顔を見るに、老人ではありそうだが。

「はい……?」

 恐らく自分を呼んだのであろうその声に、恐る恐る風雅は返答する。よく見ると歯が不揃いないわゆる乱杭歯というもので、少し気味が悪い。

「お名前は?」

「花鳴……花鳴風雅です」

 風雅がそう名乗った瞬間──‬目前の乗客だけでなく、車両中の者達が妙な緊張感を発する。周囲に耳をそばだてると「やっと来た……」「思ったより早かった……」と、まるで自分を待っていたかの様な発言が聞こえてきた。

 その異様な雰囲気に嫌な予感がした風雅は、思わず立ち上がる。

「そう慌てなさんな。私達はお前を待っていたんだ……」

 目前の乗客が上目遣いに風雅を覗く。風雅はその視線に縛られ、脚を竦ませる。

(なん、だこれ……)

 目の前の者が見せた緋色の瞳は妙に細長く、顔は痩せ細っているというのにまるで獰猛な獣の様な威圧感を発している。

 周囲の乗客が立ち上がり、一斉にローブを剥ぎ取る。

「──‬!?」

 乗客達の姿は、全てが同じだった。

 青褪めた全身の肌。痩躯で手には鋭く長い爪を蓄え、髪のない頭には左右に一つずつ小さな突起物がついている。

(ひ、人じゃない……!!)

 風雅は改めてこの空間の異質さを実感する。自分以外の乗客は全て、鬼か悪魔かと形容する様な異形の集まりであった。

「な、な、なんで俺を……?」

「乗ってきたのはお前の意志だろう……?」

 言って向かいの乗客も立ち上がり、ニヤリと笑ってその不揃いな牙を見せつける。

(喰われる──‬!?)

 本能的にそう直感した風雅は席を離れ、隣の車両へ移動しようと車内を走る。横から手を伸ばす青肌の異形を何とか回避して別車両への扉を開く──‬が、逃げ場はない。

「捕まえた……」

 その扉の向こうからも青肌は風雅を追って来ていた。呆気なく風雅は捕まるが、必死に身体を振って何とか逃れようと抵抗する。

 だが青肌はその細い腕からは想像もつかない程の膂力を誇っており、風雅が身体を左右に振っても腕が離れないどころか一歩も左右に揺れない。

 そうこうしている内に、背後から向いの席にいた青肌が風雅の背中にしがみつく。一際尖った牙で風雅の首筋に喰らいつき、肌を貫通して肉まで到達する。

「がああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 風雅はその痛みに叫び散らす。喧嘩で噛みつきを受けた事は何度かあるが、痛みのレベルはそんなものとは比べ物にならない。

 正面から掴んでいた青肌も服の上から風雅を噛み、脇腹の肉を食い破る。

「うげ…………えぇぇぇ……」

 肉が削れ、血が抜けていく感覚に声も弱くなっていく。目が眩み、風雅の頭には明確な死がイメージされてた。

 だがそれを掻き消したのは陽光の如き閃光と、ボウッという爆音と、浴びた事もない様な温度の熱風。

「やっと捕捉できた……って人!?」

 高く少し幼さのある女声が聞こえ、直後身体を掴んでいた背後の青肌の気配がなくなる。

 前にいた青肌の身体に針の様に細い槍の穂先が突き刺さり、青肌が膨張して爆散する。

「そこを動かずに待ってて!」

 振り向くと、熱風に赤いポニーテールを靡かせた少女が風雅の方を見ていた。

 ──‬その光景は、どれだけ夢見た都市伝説や空想生物よりも幻想的で、しかしそれでいて強く確かな存在感を持っていた。

 火の粉の舞う列車の中、携えた細槍に炎を纏わせて異形の者供を祓う少女。

 彼女の戦う姿を──‬風雅は生涯、忘れる事はないだろう。


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