表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三世界の悪魔祓い(エトセトラ)  作者: 依静月恭介
一章 銀河鉄道の夜
4/37

銀河鉄道の夜③

「止めに来たんだよ。風雅を」

 言って小太郎は半身になり、左足に重心を移動して右足の踵を浮かす。それは中学の時に嫌と言う程見た、小太郎のファイティングポーズだ。

「折角の『都市伝説ハント』を、同好会の同志が止めんのか──‬よ!」

 アスファルトを蹴り、前傾姿勢のまま小太郎へと突進する。

 小太郎は軽くした右脚を少し浮かせて刺突の様に鋭い蹴りを繰り出す。狙いはほぼ確実に風雅の左膝だろう。突っ込んできた相手の膝を蹴り崩すのは、小太郎の常套手段だ。

 その一手目を読んでいた風雅はタイミングを合わせ、敢えて大きく左脚を前に出す。

(相変わらずエグい蹴りしやがる……! 読んでなきゃまず当たるっての!)

 小太郎の蹴りは体重を乗せていないためパワーはそこまででもないが、タイミング、ポイント、スピードの三点に優れており、彼の狙い通りに当たれば膝を故障しかねない。標的が接近してくる勢いを利用するのでダメージも増幅する。

 しかし風雅は歩幅をずらし、蹴りが当たるポイントを膝から脛に変えた。それでも痛いが、膝をやられるよりは遥かに良かったし、小太郎の脚が伸びきる前に当たりにいけたので威力もある程度殺せていた。

 風雅は踏み出した左足に体重を乗せ、左腕を直角に曲げて水平にパンチを放つ。

 そのフックは織り込み済みと言わんばかりに小太郎は掌で風雅の拳を掴む。

「風雅。僕は君の友人だ。だからこそ僕は、自分から悪事を働こうとする君を身体を張って止める。捕まりでもしたら、僕も真志も……雪代さんも悲しむからね」

 飽くまで冷静に。誰かにバレないよう声を荒げずに小太郎は拳を振り抜こうとする風雅の説得を試みる。

「呼ばれた時間に、呼ばれた場所へ行くだけだよ俺は……!」

 風雅も決して叫びはせず、しかし確固たる意志を以って小太郎の忠告を否定する。

「風雅、何を言って──‬!」

 小太郎がその言葉に疑問を感じた瞬間。風雅は左手を引っ込める。突然の事に小太郎は掴んだままの右手を離す事ができず、そのまま腕を伸ばしきってしまう。

 そこを風雅が右手で下から殴り上げる。肘に入ったダメージに、小太郎が顔を顰めて「うぐっ」と呻く。

 二歩下がった小太郎と数秒睨み合い、始まりと同じく風雅から突進する。

 小太郎の視線が下がったのを見逃さない。膝狙いの右脚が少し浮いたタイミングで、先程と同様に左脚を大きく──‬

「くっ……そ……!」

 ──‬小太郎の狙いは右の蹴りを読ませる事だった。素速く重心を左から右に入れ替えた小太郎は、大きく踏み込んで低くなった風雅の側頭部目掛けて左脚で弧を描く。

 悪態を吐いた風雅は何とか右腕のガードを間に合わせるが、遠心力を利用して勢いをつけた小太郎の蹴りは、半端な態勢では受け切れず転倒してしまう。

 蹴りのダメージ自体はあまりなく、悪い態勢になったところを横から転ばされただけだ。中学の時の様な相手を潰す事だけを考えた喧嘩なら小太郎は追撃の手を緩めなかっただろう。だが彼の目的は飽くまで風雅を止める事だったためか、転けた風雅に追い打ちはしない。

(相変わらずイカれた速さしてやがる……! 昔は何度も戦り合ったけど、この蹴りはマジで捌き切れねえ)

 風雅はアスファルトにぶつけた左肩を払い、小太郎の蹴りの鋭さに称賛を送りつつゆっくりと立ち上がる。

「なあ小太郎。お前と俺、今までで何勝何敗だ?」

「さあ? あまり興味ないな。大事なのはその時その時に勝つ事だよ」

 会話で時間を稼ぐのは望むところなのだろう、小太郎は風雅の問いにしっかりと受け答えする。

「なるほどね。じゃあよ、絶好のチャンスに畳みかけずに勝てる程、俺は甘い相手だったかよ?」

「僕が今重視しているのは、勝つ事じゃなくて負けない事だからね」

 ──‬そうだ。目黒小太郎はこういう男だ。

 決して素行不良ではなく、寧ろ成績優秀で大人達の評価も悪くはない。

 だが仲間や友人が傷ついたとなればその仇討ちに一切の躊躇はなく、何をしている訳でもないのにやたらと喧嘩が強いので、中学時代は通っていた学校の柄の悪さも相まって喧嘩をよくしていたという。

 風雅の様に生きている実感を得たいから、だとか有り余ったエネルギーの捌け口ではなく、確固たる義を以ってその腕を奮う男だった。

 故に今、彼を動かしているのは友である風雅を止めるため。風雅を打ち負かすためではない。そのため小太郎は、無闇な追撃で友人を傷付けるような事はしなかった。

「ふうん。お前の考えは大体判ったよ」

 風雅は立ち上がり、軽いステップで踏み込むと共に軽打を左拳で数発放ちながら言葉を続ける。

「だったら真志と二人がかりで俺を捕まえてりゃ良かったんじゃねーの?」

 風雅のジャブをかわし、防ぎながら小太郎は風雅の足を払う様に蹴りを薙ぐ。お前の手の内は知っている、と言わんばかりに風雅はその蹴りを踵で受け止める。

「この駅周辺を一人で警戒するのは無茶だからね。真志もこの辺にはいるよ。ただ風雅を見つけたのを伝えてないだけ」

 ジャブを鬱陶しそうにした小太郎が、言い終えて風雅の左手を大きく払い除けて右足で押し出す様に蹴る。

「へぇ。一人で抑えられると高括った訳か?」

「そもそも僕が風雅を見つけられたら、伝えるつもりはなかったよ。もし三人で喧嘩してるところが見つかったら、真志がバレーに復帰する時に迷惑がかかるかも知れないでしょ」

「ま、そうだ、な……っ!」

(真志、あいつバレーは辞めたとか言ってたけど、ストレス溜め込んでんの丸判りだもんな……)

 小太郎の言葉に共感を覚えながらも、風雅は四度目の前進をする。体格──‬リーチでは風雅に分があるものの、自分の拳の距離ギリギリで戦えば小太郎の蹴りの間合いになってしまう。

 蹴り技など鍛えた事もない風雅にとっては、至近距離(クロスレンジ)に入って蹴りよりも速く殴打が届く範囲で戦う事が肝要であった。それが判ったのは、小太郎との三度目の喧嘩の事だった。

 小太郎の蹴りを見切り、蹴りが入りにくい間合いまで切り込む。別に小太郎は足技だけではないが、それを封じなければ風雅が蜂の巣になるだけだ。

「っとと、捕まえたぞ」

 風雅が高く構えた右手を振り降ろそうとしたその瞬間、その手が何かに引っかかる。直後左腕も何かに捕まり、羽交い締めにされる。

「おま、真志……!」

「やっぱり来ちゃったか」

 小太郎は態とらしく肩を竦めて言う。風雅の背後からやって来た真志の事を、小太郎が見えていないとは思えない。

「五分に一回連絡入れるって決めたのは小太郎だろう。そりゃ連絡がなければ行く」

 真志は恐らく喧嘩慣れはしていない──‬寧ろ喧嘩などした事がないという方が自然──‬だろうが、体格も筋肉量も申し分ない。風雅はまるで金縛りにでも遭ったかの様に腕の自由が効かなくなった。

「大人しくしろ風雅。何もお前が憎くてやってる訳じゃあない」

「うるせぇ。俺が一人で行くんだから、俺の勝手だろ……!」

 真志の言葉に、ヒートアップして声を少し荒げる風雅。もう付近の住民に気付かれるとかどうとか言っていられない状況だ。

「判ってくれ風雅。行くのは君の勝手だが、その行為で悲しむ人が…………っ!」

 小太郎が言葉を止め、その一帯の異変に目を配る。

 ゴォン、ゴォン……という低く振動めいた音が響く。身体が縮みそうになる程の圧力を持ったその音は、眩い白光と共に白崎駅の反対側から接近してくる。

 白煙を伴い自ら貫いた光の道を走るのは、黒い列車。円柱の筒を横に倒した様な先頭車両に、硝子が嵌め込まれていない窓。直方体の形をした乗客用の車両にも同様の窓が幾つかついている。それが二両続いて、背後には燃料を積んでいると思しき背の低い車両が一台。

 三人は一様にその時代錯誤な列車の登場に目と意識を持っていかれる。

 その状況をいち早く好機だと悟った風雅が、腕の力を緩めた真志の拘束から抜け出して線路と自分を遮断するフェンスを駆け昇る。

「来た……来た!! 本当に!!」

 線路脇の地面には石が敷き詰められており、歩く事もままならない。だが待ち続けていた『本物の都市伝説』をその目で見た事により、ある種狂気的なまでの歓喜で感情を満たした風雅は、そんな事なりふり構わず走って駅まで追いかける。

「風雅! 止まれ! 生きて戻って来られる保証なんてないんだぞ!!」

 周囲の事など気にしていられない、と開き直った小太郎が声を荒げてフェンス越しに風雅を追いかける。真志は風雅と同じ様にしてフェンスを超えるが、前を走る風雅に追いつけない。

「ハッ……ハッ……連れて行ってくれ! 俺を、空に──何処までも遠い場所に!!」

 ‬息を切らして走る、走る。

 帰る家も。口は悪いが気の良い友達も。家族の様に過ごした人達も。全部全部かポケットから零れ落ちていく事にも気付かずに、走る。

 友人二人に目もくれず、風雅は駅のホームに直接辿り着く。暗いホームを速足で停車していた列車の先頭まで歩き、車掌車を覗く。そこには一人の人影があったが、ホームが暗い上に目深に帽子を被っており車掌らしきその男の顔はよく見えない。

「乗客かね?」

 重圧めいた声。その男が発するそれは、耳ではなく肌に届くかの様な印象を受ける。

「はい。この列車は『銀河鉄道』ですか?」

 車掌の質問に答えつつ、こちらも質問を返す。その男はよく見ると青白い肌をしており、髪は赤黒く帽子から覗く鼻や歯がやたらに尖っている。

「そう……呼ばれているらしい。ここからは上へ向かって行く」

 その言葉を聞いた風雅の肌に鳥肌が泡立つ。目頭が熱くなり今にも感動の涙が落ちそうだ。今更になって疲労と緊張による震えが脚を襲う。

「乗りたまえ。着席を確認次第発車する」

 既に風雅の世界にこの列車以外の物はなく、彼を呼ぶ友の声も聞こえない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ