「あの日」
雨が降ってきた。
行きかう人々は雨から自身の身を守ろうと歩く足を速める。
ときたま傘同士が接触しそうになりながらも傘を並べるには少々足りない道、雨の音と共にカツンカツンと傘の金属音が小さく鳴る。この時期には見慣れ聞きなれた光景のはずの街並みが今日は違っていた、少なくともこれから現れる「彼女」の物語にとっては。
都会には珍しい森林の規模の広さは、近年の森林と共に生きるという都市のスローガンをもとに実行されて、早3年の月日が流れる。随分とアスファルトが少なくなって、森林が増えたことで住みやすい街と表彰されたのはつい最近の話。都市の中心には大きな交差点の集合体であるスクランブル交差点が目印の街でそこの近くには多くのビルが立ち並んでいる。
平日の昼過ぎ、急な通り雨なのだろうか傘を持っていない人々は濡れるのを避けようと小走りで近くのビルや店に吸い込まれていく。そのなか、いくつかの人が足を止めた。
交差点の中央に、その数人は注目していたのが、数十人になり、数百人になった。
コンビニのマークが入ったビニール袋、近くにCMで見たことのあるアイスが2つ無残にもつぶれて中身が流れ出て、その数メートル先には布の白いエコバックが地面から流れてくる赤い色の「何か」に染められて色が少し赤くなっている。
「あ、ああ、」
交差点の中央から若い声がした。成人前の15、6歳くらいの可愛らしく幼い少女の声、かすかで耳を澄まさないととてもじゃないが聞き取ることはできないくらいではあるが、「彼女」は何かに向かって必死に声を出していた。雨のせいだろうか、「彼女」の目から出てくるものが地面に落ちても流れ流れてしまうのは。
「彼女」が必死に手を伸ばした。
交差点の中央に向かって、その先にあったものは
それは、
「彼女」をもっとも愛して
「彼女」に愛されて
これからも「彼女」と生きるはずだった
最愛の人 篠田 優子
「彼女」の母親
今はもう、息をしていない
「いやああああああああああああ」