厄介な相手に出会したようです。
「……失礼します」
一言告げて、騎士団長が何処かへ移動した。
「……なんか嫌な予感がするな」
と陛下が呟いて少しして、難しい顔をした騎士団長が戻ってくる。
「陛下、面会の希望者です」
「誰だ」
「……エルムラート司教です」
「あー……」
陛下が嫌そうな顔をする。
「……どなたですか?」
「君を喚びだした男がいただろう? あれの親玉だよ」
とりあえず聞いてみると、コルネリオさんが説明をしてくれた。
「聖ルシア教会、通称『女神教』の司教、エルムラート。十年前にできた教会のトップで、城の人間との関係は表面上は問題ない」
嫌な部分を強調された。
「『女神に呼びかける』という理由で犯人は禁術を用いた。普通ならば得ることのできない、禁止されている術をどうやって手に入れたか聞いたところ、『古い文献から発見した』と言ったらしい。……しかし、それ以上探るとなると教会の人間の調査協力が必要だし、下手をすると城と教会の関係が悪化する場合があるので迂闊に踏み込めない状態なんだ」
「……その教会の司教様が陛下に面会を求める理由は――」
「信者の禁術使用について、謝罪を、とのことでしたが」
「ユーナに関しての探りも入ってそうだな」
コルネリオさんと私の会話を聞いて、騎士団長と陛下が言う。
「魔導師団の団長と副長がここにいることもバレてんだろうな……時間を取るために今日の仕事を全部終わらせたのが仇になったか」
「真面目な顔で何言ってるんですか。通常であれば『陛下の時間には限りがあるので』と言って、届け出から数日後に謁見許可を出すところなんですけどね。根回しする前に独断で面会時間を決めた兄貴の自業自得だろ」
騎士団長が辛辣である。最後は素に戻っている。
というか自由過ぎないだろうか国王陛下。
「そうだな、反省はしている。だが自重はできない」
「しろよ」
「仕方がない。今日の話はここまでだ」
弟の突っ込みにも堪えていないらしく、陛下は居住まいを正す。
「ジークハルト、証明を」
「……畏まりました」
暖簾に腕押し状態の兄に大きな溜息を吐くと、騎士団長は陛下の隣に立った。
二人は机の上にある紙に手を翳し。
「ティダリア国魔導師団団長コルネリオを後見人として、『ユーナ』へのティダリア国受け入れの許可を」
陛下の声と共に、紙が金色の光を放つ。
「ティダリア国国王アルフレートが容認する」
赤い光が混ざり。
「ティダリア国騎士団団長ジークハルトが容認する」
次いで青い光が混ざり、光は弾けるように消えた。
「では、こちらが証明書となりますので確認をお願いします」
騎士団長がコルネリオさんに手渡す。
「確かに、証明をいただきました」
確認したあと、コルネリオさんは紙を丸めて懐へ仕舞った。
「では、私達はこれで失礼させていただきますね」
「ええ。……帰りはもしかしたらエルムラート司教と鉢合わせするかもしれません、お気を付けて」
コルネリオさんと弟子と三人で退室し。
……来た時と同じ扉を通った筈なのに、気が付けば、来た時とは別の道を歩いていた。
「私達が王に会っていたのは知られているからね。下手な小細工は逆に不信を抱かせる。お互いどう思っているかはともかく、ね」
だからわざと出会すような動きをしているのだと、コルネリオさんは言っていた。
騎士団長、もしやあの発言はこうなることを見越していたからか。
今は回廊を歩いている。
左側は室内の通路へと続き、右側は庭なのだろう、様々な草花が咲き誇っていた。
どんな花が咲いているか、残念ながら気にする余裕はない。
――歩いて暫くして。
「……来ましたね」
弟子が呟いた。
視線の先には数人が、こちらに向かって歩いているのが見えた。
コルネリオさんと弟子が道の端に避けたので、同じようにする。
「――おや、これはこれは」
その声に。
「魔導師団の団長様と副長様。お疲れ様です。……ところで。そのように道を譲っていただくのは、立場的にも申し訳ないのですが……」
身体が震えた。
自分の中の何かがが警告する。
この声には、逆らってはいけないと。
「立場を気にする人間は近くに居ないようですので、お気になさらず。こちらは用が済んで帰る所でしたし、お忙しい方に道を譲るのは当然ですよ」
……なんだろう、この、薄ら寒いような会話は。
「そうですか……それではお言葉に甘えさせていただきましょう。――そちらは、新しい団員の方ですか?」
急に水を向けられ、身体が強張る。
声が、出せない。
「ええ。遠くから来たばかりで不慣れなものでして、緊張しているようです」
「それはそれは……早くこの場所に馴染めると良いですね」
――楡木柚菜さん。
小さな呟きは、移動するための衣擦れの音に消えた。