異世界で新しい身体を手に入れたようです。
――目を開けると、見知らぬ部屋にいた。
少なくとも自宅ではない。白い天井の部屋などない。
天井から壁に視線を移すと、窓があり、青空が見える。
はて、今は何時くらいなのだろう、と空を見ながら考えようとしたら。
「気が付いたみたいだね。アルフィリオ、薬湯の用意を頼むよ」
壁とは反対方向から声がした。
向き直ると、白衣を羽織った金髪碧眼の男性が椅子に座り、こちらを見ていた。
足音がしたのでそちらを見ると、部屋の出入口らしき場所から出て行く人の後ろ姿が見えた。
外開きの扉が閉まる。
「気分はどうかな?」
声をかけられたので、視線を再度向け直した。
「だ、いじょうぶ、です」
声を出したらガラついた。舌が張り付く感覚がするし、口の中が乾燥しているようだ。
「ごめん、先に飲み物が必要だね。今用意をしてもらっているから、とりあえずはこちらの自己紹介をしておこう」
申し訳なさそうに言い、男性は名を名乗った。
「私の名前はコルネリオ。このティダリア国で魔導師団の団長をしている。……まあ、一応魔法使いの集団の代表みたいなものだと言えば分かりやすいかな」
分かりやすい……かはともかくとして、今いる場所がファンタジーな異世界だということはなんとなく理解した。
ノックの音がして、「入ります」と言う男性の声と同時に扉が開けられる。
「……アルフィリオ。こちらが返事をしてから開けないとノックの意味がないだろう? 彼女が着替え中だったらどうするんだい」
「その場合は師匠が部屋の外にいるだろうと判断しましたが?」
「判断は間違ってないけどそういうことじゃないんだよ……ごめんね、こんな子で。彼はアルフィリオ。私の弟子で、魔導師団の副長を務めているんだけど、こう、育て方を間違ったみたいで。悪い子ではないんだよ」
アルフィリオという人物は青みがかった黒髪に黒い瞳をしていた。
若そうでなんとなく同年代に見える。髪色的に親しみやすそうな感じがしたが、こちらを見て目を見開いたかと思うと眉間に皺を寄せて視線をそらしたので、どうやら私の気のせいだったようだ。
「起き上がれるかい? 薬湯を飲んでもらいたんだけど」
起き上がると、ベッドに横になっていたことに今更気付く。
いつの間に運ばれたのか。
そう思いながら視線を転じる途中、違和感があった。
……この身体は、私の身体で合っているのか?
気のせいか、背中まで伸ばしていた髪が光の反射で緑色に見えたのだけれど。
そもそも魂だけ召喚とかなんとか言われた気がするのだけれど。ならばこの身体はなんだ。
「あまり美味しくはないけど、薬だから諦めて全部飲むように」
そう言って、コルネリオさんが木のカップをこちらに渡してきた。
ハッとして慌てて受け取るが。
とても……緑色です。
しかもどす黒い緑色。
え、これ飲むの? 全部?
躊躇うが、目の前の人物の微笑みに何やら威圧されるので、試しに一口含んでみる。
「…………」
普通にお茶だった。
緑茶、というよりドクダミ的な癖のある味だが飲めないほどではない。むしろ見た目通りの青汁系じゃなくてほっとした。
「ごちそうさまでした」
「薬湯飲んだ人にそう返されたのは初めてだなあ」
カップを返したら笑われた。
何故だ。
「他の人に出したら『草の味しかしない』って不評だったんだよね」
間違ってはいないのでなんとも言えない。
「暫くは一日三回、時間を置いて飲んでもらうんだけど、これなら大丈夫そうだ」
人によっては拒絶反応が起こるからね、と言われた。なんて代物を飲ませるのか。
コルネリオさんは横にあったテーブルの上にカップを置くと、その隣に置いてあった木の板を手元に引き寄せ何かを書く仕草をした。
カサカサという音と白い紙が見えたので診断書みたいなものを書いているのかもしれない。
……医者と言われても違和感がないんですが。
魔導師とは。
黙って見ていると、アルフィリオさんから四角いトレイを差し出された。
「……口直しに、必要ならどうぞ」
茶色い木材でできたトレイの上には、紅茶のようなものが淹れられたカップと、クッキーのようなお菓子が載せられた皿が置かれている。
不機嫌な様子ではあるが、これが彼の通常運転であるならば仕方ない。むしろ気遣ってくれるとは紳士的ではないか。
まあ、「ありがとうございます」と言ったら無視されたけどそこは気にしないことにした。
とりあえずこの男は心の中で弟子と呼ぼう。名前など忘れた。
クッキーと紅茶を味わっていると、コルネリオさんは木の板をテーブルに戻した。
「待たせてごめんね。ではこちらの都合で申し訳ないのだけれど、色々と質問させてもらうよ。……説明をしなければいけないこともあるからね」
決定権はこちらには無いようだ。