話を聞かなければならないようです①
問題が発覚した。
といっても、事件だとかそういった話ではない。
宰相様との会話で、
「不便なことはありませんか?」
と聞かれたことがきっかけだ。
「……不便どころか至れり尽くせりなので、この後の塔での生活が不安でなりません」
と正直に私は返した。
……宰相とかお偉いさんに簡単に話しかけるのはどうかと思うが、何故か話しやすい雰囲気と言えばいいのか……、苦労人っぽいからだろうか。
しかし、マジでこの世界の平民の生活レベルがどうなっているのか気になる。
と、いうか。
「……そういえば、塔で生活するための日用品や食料は、どうやって買えば良いのでしょう」
「? どう、とは?」
……ちょっと宰相様には言いにくいけど、言わなければ悲惨な思いをしそうなので、結局言うことにした。
「……お金を持っていないので。……いえ、仕事を見付けることもなのですが。仕事を見付けて働いて、給料をもらうまでの生活費はどうしたら良いのでしょう……」
衣食住のうち、住む場所は提供してもらえる。
だが、残りの着るもの食べるものはどうやって調達するべきか。
魔導師団内で仕事があるのか。
それ以前に、仕事が見つかったとして給料をもらうまでの生活費はどうすればよいのだろうか。
「……コルネリオ様から、説明はありませんでしたか?」
「いえ、何も」
というか城の客室で生活を始めてから一度も会っていない。
「……アルフィリオ……いや、あいつも無理か。ならばやはりカレムに頼むしか……」
眉間に皺を寄せ、ロベルトさんが呟きだした。
話の流れ的に、ティダリアでの生活について先生から説明がされる予定であったらしい。
……いや、説明も何も何の素振りもありませんでしたが。
「その件については貴女が塔に移動する前に早急に、早・急・に、然るべき場所に連絡をつけておきますので」
「あ、はい、ヨロシクオネガイシマス……」
早急に、という所に圧を感じた。
……多分さっき呟いてたから、カレムさんに頼むんだろうな……。
申し訳ないと思いつつ、他に頼めるまともな人を知らないのでお願いするしかない。
色々と不安なことがないとは言えないが、ともかく。
――暫くして、魔導師の塔に移動する日が決まった。
当日より前に、移動できるように荷物を纏めておけと先輩に言われたので、客室の荷物は既に片付けてある。
どうやら先輩が迎えに来てくれるらしい。
今いる客間から塔までの道を知らないだろう、と言われたが、確かにその通りである。
……面倒見が良い、というより貧乏くじを引かされたような雰囲気なのは、まあ、そういうことなのだろう……。
そんなことを思いつつ、部屋の中を見回す。
それほど荷物はない、と思っていたが、客室に滞在していた期間に渡された着替えその他諸々があった。
件の双子さんから「からかったお詫び」と称して頂いた品である。
一般的に売られている品らしく、色は普通だった。
……カレムさんの顔が浮かんだが、気のせいだと思いたい。
その品々も、さすがに置いていくわけにはいかないだろう、と一纏にしてある。
先輩が戻るまで、もう一度忘れ物がないか確認しようとして。
ノックの音がした。
先輩だとしたら早いなー、と思い、返事をしながら扉を開ける。
と。
「こんにちは。少しだけ、お時間を頂けますか?」
白に見える髪色。水色の瞳。
柔らかく微笑む、見知らぬ人物が立っていた。
「え、あの」
「先日は正式な挨拶もせず失礼致しました。私は聖ルシア教会で司教を務めさせて頂いております、エルムラートと申します」
エルムラート。
え、あれ。
エルムラート司教? 本人?
あの時の変なプレッシャーを感じないのだけれど?
「貴女の、こちらでのお名前を、教えて下さいませんか?」
「……ユーナ、です」
「ユーナさん。成程、分かり易い良い名ですね」
「……ありがとう、ございます」
単純な名前ですね、と副音声が聞こえそうなのはきっと気のせいだ。気のせいに違いない。
「今日はユーナさんが魔導師の塔へ移動される日だとお聞きしまして。一度正式にお話をしたかったのですが、面会の許可が下りなかったもので、内緒で来てしまいました」
楽しそうに笑ってますけど強硬手段とかこちらは笑えません。
「以前お会いした時は、教会の人間もいたので気配を抑えられませんでしたが、今日は気付かれないように気配を消して来ました。途中で魔導師団の副長様とすれ違いましたが、気付かれませんでしたよ」
先輩何で気付かなかったんですかー!!
……いや、私も多分というか絶対に気付かなかっただろうけど。
それ程までに、エルムラート司教は普通の人間として目の前に立っていた。
……そういえば扉の前に立たせたままだ。
「気が回らずすみません。何もありませんが、どうぞお入りください」
「いえいえ。こちらこそすみませんがお邪魔させて頂きます」
部屋の中、テーブルを挟んで座り向かい合う。
「……それで、今日はどのような御用でしょうか」
「先程申し上げた通り、貴女と話がしたかったのですよ。先日国王陛下や宰相閣下とティダリアについて話をされたようですが、私共の教会についてはまだ話をされていないだろうと思いまして」
確かに、聖ルシア教会について詳しい事を聞かされてはいませんが。
何故に貴方様が知っていらっしゃるのでしょうかね……。
「聖ルシアは、この世界の人間が信仰している地母神から使わされた地母神の娘であり代行者の一人です。彼女は巫女として世界を巡り、人を、大地を癒す役目を果たしていました。人は彼女を聖女と呼び、崇めました」
いきなり説明が始まった。
「しかし彼女は気付いてしまいます。自分が癒した人間が、必ずしも善人ではないことを。自分が癒やした人間が、別の誰かを傷付けてしまうことを。命を奪い、大地を穢す。そんな人間が存在することを、知ってしまうのです」
それは。
役目を果たさなければならない彼女にとって、とても辛いことだろう。
「彼女は悩みました。そして、彼女は癒した人間の一人に殺されてしまうのです」
彼女がいる限り、善悪など関係なく人間は癒される。しかしそれでは負の連鎖が止まらない。悪人は減らず、弱い立場の人間が傷付けられる。
人間を癒すという内容が悪人を癒すことも含むのならば、それは救いではなく、自分のように苦しむ人間が増えるだけだと、彼女を殺した人間は言った。
「使命半ばに命を落とした彼女は、他の代行者に埋葬され、魂はこの世界に留まらず、異世界に流れ着きました」
…………。
あれ。
何か嫌な予感がする。
「教会は、彼女がいつかこの世界に訪れた時の拠り所になれるように私が十三年前、ティダリアの内乱が治まった直後に設立しました。――ちなみに、魔導師団の団長様が疑っているのは私ではありませんよ。警戒はされているようですが」
私が疑っているのを知っていたかのような言い方である。
だが、この人なら気付いていてもおかしくはないと思えてしまう。
そう、思ってしまった。




