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閑話 魔導師団副長の憂鬱①

アルフィリオ視点、前編。

「――魔道具に反応あり。どうやらユーナは寝たようね。性能は上々」


 少し前に目を覚ましたリーネが満足そうに言う。


 場所は魔導師の塔、団長が使う最上階の執務室。

 全員それぞれソファに座っている。

 リーアはリーネの隣で半分眠るような状態だ。

 ……正直、部屋に戻れと言いたいが、言い負かされるのが目に見えているのでそこには触れないようにしている。


「場所は?」

「城の東側、騎士団の塔がある付近……地下のようですね。閉じ込められて身動きが取れなくなったのかと」


 団長――コルネリオの問いにリーネは答える。

 彼女はテーブルの上に広げた城内外の地図を見ていた。

 そこには透明な石が一つ、ある一画(いっかく)に留まっている。

 先程まで転がっていたそれは、リーアがユーナに渡した魔道具に通じていた。


「どう考えても客室のある場所じゃないだろ」

「なるほどねー。オレらじゃ()()()()を見付けられないワケだ」

「騎士団に共犯者がいるということか……騎士団長に協力要請しておいて正解でしたね」


 ルーフとフラムが呆れたように言い、カレムは呟いた後コルネリオに言った。


 ――今年に入り、ティダリア城内で数件の失踪事件が発生した。

 失踪したのはいずれも女性。城内の清掃や、各部署への食事の運搬などを担当していた。

『侍女』という名称ではあるが、実体は各貴族から送られてきた人質、もしくは諜報員だ。

 本人達に自覚があるかは半々、何故か自覚している人間ほど傲慢だ。

 ユーナを閉じ込めた彼女、イザベラ=シュツラーもその一人である。

 彼女は失踪事件の起こる一月前に城へ送られてきた。

 諜報員としては動きが堂々としているので人質として送られてきたのだと思われるが、辺境伯の孫娘という立場を振りかざしている。

 仕事は他人に押し付ける。珠に働くかと思えば、顔の良い男の前でだけ。

 そのイザベラに目を付けられた人間が何人も失踪したのだ。関連がないと思う方がおかしい。

 今回も、いきなり現れたかと思えば魔導師団の庇護下に置かれることになったユーナを気に食わないとでも思ったのだろう。すぐに行動に移してきた。


 王弟でもあるジークハルト騎士団長は『こちら側』だ。既に団員の動向を洗い出しているだろう。


「では、私は騎士団長の元に行ってくるよ。リーネはリーアとここで待機、残りは騎士団の塔へ行き塔の周辺を見張ること。怪しい動きをする人間がいたら様子を窺うことを優先、だがユーナに危険が及ぶ場合は救助を最優先で行うこと」


 了解、と言う返事と共に各自動き出す。


 アルフィリオは三人とは反対の方向から、騎士団の塔へ向かう。

 三人が犯人に気付かれた場合の保険であり、犯人が逃走する際の範囲を狭めるためでもある。

 基本、魔導師団員は非戦闘員の扱いだ。今回の件のように戦闘が想定される場合、三人は一組で行動することになっている。その場合双子はサポートに回り、アルフィリオはどちらにも対応できる立場にある。


 騎士団の塔に向かい歩きながら、アルフィリオは溜息を吐いた。

 ――今日は朝から散々だったのだ。


 いきなり城内に大量の魔力反応が現れたと思えばそれが収縮し、それに気付いた団長であるコルネリオが執務室から()()()


 転移魔法を使い城内に移動したのだろう団長に代わり、塔にいた団員(その時にいたのは双子とカレムだ)に告げて塔の入口から出て城へ向かう。

 ……個人で転移魔法を自由に使えるのは、魔導師団と魔術師団を含めた中ではコルネリオだけなのだから仕方がないのだが。

 魔力の反応を辿り目的の部屋へ着いた時には全てが終わっていた。


 結界を張った部屋から出てきたコルネリオは、何かを抱えていた。


 師匠、それは――と言いかけるアルフィリオを制すると、その場では説明出来なかったらしく、魔導師の塔へ戻ってやっと口を開いた。


 いわく、異世界から召喚された少女の魂だ、と。


 強大な魔力の収縮は、魔法陣の起動による魔力消費で。

 召喚が失敗した代わりに、少女の魂が巻き込まれてこちらに来てしまったらしい。


 珍しいな、とアルフィリオは思った。


 コルネリオという人物は、身内には親身になるが、それ以外の人間にはあまり興味を示さない。

 ちなみに現時点で身内の対象となっているのは、主にティダリア国の()()()人間を除いた国民である。


 アルフィリオは元々ティダリアの人間ではないが、母方の祖母の両親がコルネリオの友人だったらしい。祖母は『……多分ね』と付け加えていたが。


 ところが、そんな彼が異世界の少女(の魂)を気にしている。

 肉体がないと不便だろう、と国内が落ち着いた辺りから数年かけて作り上げた擬似人形に魂を定着させてまで。


 何が彼の琴線に触れたのかは分からない。

 しかし、質問に答える彼女の出身地を聞いて納得した。


 この世界には、時折異世界から人間が紛れ込む。

 その人間が残した技術が各国で利用されている。

 彼女の出身地もその一つである。


 内乱後『魔導師団団長』の肩書きを持つようになるコルネリオは、当時異界の知識を国内の魔力で補えるように改良し、ティダリア国内の復興再建を手伝った。

 異界と魔道に関することは、彼の興味の範囲内なのだ。

 つまり、彼女自身ではなくその知識に興味があるのだろう、と最初アルフィリオはそう考えていた。


 ……その割に食事を一緒に取ったりお下がりではあるがローブを渡したりと世話をしていたが。


 いつもと微妙に違うコルネリオの態度を訝しんでいたが、国王であるアルフレートへの謁見時に気付いた。


 ユーナに付けられた盗聴器を、不思議がることなく、当然のように取り出した。


 コルネリオは、ユーナを()にする気なのだ。


 恐らく、その後エルムラート司教に遭遇したのも、意図してのことだったのだろう。


 コルネリオは、教会を警戒している。特に、エルムラート司教を。

 探りを入れてきているのは教会(国内)だけではないだろうが、何故か司教を一番気にしているようだ。


 司教と出会(でくわ)した時を思い出す。


『ユーナ』と名を改めた少女は、遭遇したエルムラートの姿が見えなくなった瞬間に座り込んだ。


 蒼白になった顔。

 コルネリオが質問するが、答えはアルフィリオには理解できない、曖昧な表現でしか言葉にされなかった。


 そのまま思考に(ふけ)るコルネリオをぼんやりと見つめているユーナに。


 思わず、手を貸していた。


 理由があった訳ではない。


 謁見時にふらついた彼女を支えた時と同じで。


 危ない、と思ったのだ。


 何に対してかは分からない。


 ただ、魔導師の塔で彼女が魔法を使った時に記憶が揺さぶられた。


 斜めに落ちる(まと)に、かつて見た光景が重なった。


 光る刃、切られた背中、紅く染まる服。


 幼い自分の、愚かな所業を思い出す。


 ――違う。


 そこまで回想し、アルフィリオは頭を振った。


 ()()()間違えない。傷付けない。


 彼女が捕らわれているであろう騎士団の塔、その裏口が見える位置で、彼は合図を待つことにした。

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