閉じ込められたようです。
「今日は色々あって疲れただろう? ……君の部屋は塔に準備するつもりだったんだが、まだ整っていなくてね。城に客室を用意してもらっている。申し訳ないが今日はそちらで休んでくれるかな。明日からはこの世界について、勉強してもらわなければならないからね」
茜色に染まる空を見上げた後、コルネリオさん改め先生は私に向かって言った。
客室で申し訳ないと言われたけれど、むしろこちらが客室使ってすみませんという気分です。
「カレム、客室の案内をしてもらうからイザベラを呼んでくれるかい」
「……俺ですか」
先生の言葉に、カレムさんが嫌そうな声を出した。
「だって何でか知らないけどおれ嫌われてるし」
「同じく」
「馴れ馴れしいのが嫌いなんじゃないの? 行儀見習いで来てるお嬢様らしいけど、実際は結婚相手探しに来てるとか聞いたし。お貴族様だから、平民はお呼びじゃないんでしょうねぇ」
「馴れ馴れしいのは嫌だけどチヤホヤされるのは好きでー。仕事はできないけど自分以外の同性が仕事出来るのは許せなくてー。自分が見下すのは良くて見下されるのは腹が立つとか意味がわかんないよねー」
ルーフさん、フラムさん、リーアさん、リーネさんが次々と言う。というかリーネさん辛辣ですね。眠いから本音がポロッと出てしまっているのだろうか。……いや、リーアさんも結構アレな気がする。
弟子改め先輩はというと。
「……貴族以外見下しているくせに、肩書きには寄ってくるのが気持ち悪い」
先輩が苦々しい顔で吐き捨てるように言う。
言い寄られている側の人間らしい。
相当ストレスが溜まっているようだ。
「まあ、そんな感じで消去法かつ穏便に話ができそうなのが君しかいないわけだ」
「団長は……」
「ああいう性質の娘は苦手なんだよ。悪いとは思うけど、頼まれてくれないかな?」
「…………分かりました…………」
先生にも断られ、カレムさんは肩を落として城へ向かった。
先生まで拒否するとか。全員そんなに嫌か。
しかしそこまで言われるイザベラさんとやらに部屋案内をお願いして大丈夫なのだろうか。主に私が。
などと失礼な事を考えていると、リーアさんに名前を呼ばれた。
「ユーナ、これあげる。誰にも見られないように、服の中に隠して肌身離さず持っていて」
「はぁ……」
渡されたのは、ネックレスのような物だった。
極小の石が何色か入った、魔力を測った水晶玉を更に小さくした形の物が銀色の鎖の先に繋がっている。
言われるまま首にかけた後服の中に鎖を入れる。
「ある程度の攻撃は防げるようにしてあるから」
……この場でそれを言われると、そういった『何か』が起こる気がするのですが。
詳しく聞いたら後悔しそうで、でも聞かなきゃ聞かないで気になる感じで。
しかし悩んでいる内に、カレムさんが帰ってきてしまった。
カレムさんの後ろにはメイド服を来た女性。
……昼に先輩に追い出されたメイドさんに似ている気がするけど、睨まれているから気のせいじゃないよねこれ。本人だよね。
「イザベラ、話を聞いているとは思うが客人を城の客室まで案内してもらいたい。君なら私達より城の中に詳しいだろう?」
……先生の言葉に含みがある感じがしたが、イザベラさんは気付かなかったらしい。
「当然です。魔術にしか興味が無い者とは違いますから」
……この発言、魔導師団どころか魔術師団も貶しているのでは。
ちら、と周囲を確認すると、まず正面にいるカレムさんの疲れた顔が目に入った。
ルーフさんとフラムさんはやれやれ、といった感じで。リーアさんとリーネさんは……あれ、なんか二人共船を漕いでいる。朝と夜の境目の時間なのだろうか。
残りの二人は……先輩、眉間の皺がヤバいです。そして貼り付けたような笑顔の先生から冷気が漂っている気がするのですが。
「城に来たばかりで不慣れな彼女の案内を任せるよ」
……説明口調な辺り、やはり先生は何か企んでいそうな気もするが、この状況で聞き出せるわけがない。
「……そうですか。畏まりました。ではこちらへどうぞ」
イザベラさんに促され、私は塔を後にした。
――のはいいけれど、どう見ても客室に案内されている感じがしない。
まず地下に降りるのがおかしい。
だが声にしたらどうなるか分からない。
通路を歩いていて何人かすれ違ったが、こちらを見てギョッとした後視線を逸らされるのが大半だった。
その反応は魔導師のローブを羽織った私に対してなのか、案内するイザベラさんに対してなのか。
何度か通路を曲がり。
「こちらです」
と示されたのはどう見ても客室ではない。
入口から見えるのは窓のない壁、壁は入口以外の三方に棚が設置されているようで、床には木箱が積み上げられていた。
どうしようか、と思った瞬間、部屋の中に突き飛ばされた。
扉の閉まる音。次いでガチャリという金属音。……鍵をかけられたのだろう。
「――どこの田舎者か知らないけれど、魔導師団に拾われたからって調子に乗られると皆が困るのよね」
イザベラさんの不機嫌な声が聞こえた。
昼の様子といい、こちらへの敵意を隠す気は無いようだ。
というか皆って誰だ。
「一晩調子に乗った頭を冷やすといいわ」
遠ざかる足跡。
試しにドアノブをつかむが動かない。鍵穴もこちらにはない。
「まるで体育館裏の倉庫に閉じ込めるかのようなテンプレ展開……」
とか呟いてみるが、果たして助けは来るのだろうか。
先生が何か企んでそうだけれど、すぐに助けてもらえるかは分からない。
……助けてくれるよね? 国王陛下に証明貰った直後なのに見捨てたりしないよね?
信用したいけどしきれないもやもや感はあるが、とりあえず。
「……寝よう」
起きていると鬱々とした考えしか浮かばなくなる。
部屋には照明の類いはなかった。仕方がないので目が慣れてきた辺りで棚や木箱を調べる。
あまり期待していなかったが、木箱の中に毛布を見つけた。多分この部屋を仮眠か何かに使っていた人がいたのだろう。
埃などないか広げてバサバサと払ってみる。くしゃみが出た。暫く使われていなかったようだ。
幸い寒い時期ではないようなので、包まるのは止めて床に敷いてその上に寝転がる。ローブを貰っていてよかったと思う。
こんな場所で寝られるだろうかと思ったが、胸元から光を感じた瞬間眠気が襲ってきた。
胸元に何かあったっけ……ああ、あのネックレスか。
確かまだ夕方だったはずだが。これでは双子さんを笑えない。
……攻撃を防ぐなら、寝ている間に何かあっても大丈夫だろう。大丈夫だと思いたい。
せめてリーアさんの言葉は信用しようと、私は瞼を閉じて眠りについた。




