第8章:託されたもの
未来ちゃんの歓迎会での僕の立ち位置は……なぜかコック…………。永遠とのエプロン合戦の後、永遠の手伝いのおかげもあり、なんだかんだ言って早めにみんなに合流できたのでした…。
だいぶ盛り上がった頃……未来ちゃんはテーブルに突っ伏していた。騒ぎ疲れて寝てしまったようだ…。
「さて、片付けるとするか…。ほら陽泉、手伝いなさい」
永遠が立ち上がりながら話しかけた。陽泉は(当然のごとく)明らかにイヤそうな表情を浮かべた。
「えぇ〜面倒くせー」
「うるさい、食い散らかしたのはほとんどあんたと李凛でしょ…。だ・か・ら!片付けくらいしなさい」
「じゃあ李凛も…」
「あの状態で手伝えると思う……?」
僕の隣を永遠がため息をつきながら指さす。そこにはこれまたぐっすりと睡眠中の李凛の姿があった。まぁ、ほぼ1番騒いでたし……。
(騒がしかったり静かだったり…忙しそうだな李凛も……)
しみじみとそう思ってしまった。
「じゃあ代わりに月夜、一緒に…」
「月夜は料理作ってくれたでしょ。観念なさい」
道連れを狙った陽泉に、永遠は厳しく制した。でも料理なら永遠も一緒に作ったはず…。
「でもそれじゃあ永遠は……」
僕が発したその言葉も永遠によって制されてしまった。
「あたしは一応家主なんだから、これぐらいは当然でしょ…」
いつも思うけど、永遠は責任感が強い。変に気を強く振る舞うのも、実は周りのことを考えた上での態度だったりする…。そのため李凛曰く『ツンデレ』らしい……。さっき料理を手伝ってくれたのもその性格からなのだろう。
(でもあんなにかわいいもの好きだったとは…。エプロン姿も似合っていたし…。いいお母さんになれるタイプかもな永遠って……)
「はぁ、わかったよ…手伝わせていただきます……」
ようやく観念したのか、陽泉は永遠と共にキッチンへと入っていった。
(それにしても…1人残された僕は、この状況でどうしろと……?別に片付けを手伝っても良かったんだけどな……)
すると、李凛の体がピクッ!とした。その反動で僕の体はビクッ!!とした。
「う〜ん……」
そう唸って李凛は眠たそうに目をこすりながら体を起こす。その光景は実に新鮮だった…。いつも起こしに来てくれる李凛には寝顔も寝起きの顔も見られっぱなしだが、李凛のをこうして見ることはない…。
「はえ…?寝ちゃってた………?」
呆然…。こんな隙だらけの李凛は初めてだ…。まずい、不覚にも“かわいい”と思ってしまった…………。だって……『はえ…?』ッて……。
「う、うん……だいぶ眠ってたかな……」
落ち着いた風を装って返してあげた。いけないいけない…。このままの気持ちだったらもしかしたら内なる自分が目覚めてしまうのかも……。まだその手の不思議発見は勘弁していただきたい。
いや、でもむしろ思春期もそろそろ半ばになってくるのかな…?だったらいっそのこと眠れる獅子を目覚めさせても…ッて、なんでそこまで考えてるんだ僕は……?
そりゃかわいいとは思ったけど惚れたとかそんなんじゃないし……別に襲うほどワイルドな性格でもない。
頭の中でそんな恥ずかしい葛藤をしていると…。
「ねぇねぇ…まさか…寝顔とか見てないよね……」
『やばッ』と言わんばかりの顔で李凛は僕に訊いてきた。頭の中の葛藤のせいで、僕の方がヤバイッ!!と思ったけど……。
「見てないと言えば、嘘になるけど……」
僕は特別に気にしたりはしないけど、やっぱり女の子は気にするものなんだろうか…。そんなことを思って控えめな回答を送ってしまった。
すると李凛は、怒った顔にも落胆した顔にもならずまた口を開いた。
「あちゃ〜、そうか……見られちゃったかぁ…。でも月夜もラッキーだね、あたしの寝顔なんて滅多に見られないよ。どう?かわいかった……?」
ビクッ!!
また僕の全身に衝撃が走った。
始めは李凛の顔色も赤かった気がするけど、最後の方にはからかうように口調に変わっていた。……でももう僕にはそんなことにかまってられない!
衝撃が走った僕の脳内は、ほぼパニック状態にも似た感覚で思考が巡っていた…。
心の中でも読まれたか!?寝顔を見たと正直に言ったものの……この質問は正直に答えて良いものか…………。
「えっとぉ…か、か………」
「え…?」
李凛が反応した。ちょっと身を起こし、なぜか目を丸くして返答を待っている。
「えと…か、かわ…………」
すごく緊張して心臓がバクバク言ってる…。めちゃめちゃ飛び出そう…内蔵全部はじけ飛びそう……。
「んん〜………ぅん……」
未来ちゃんがうなるような声を上げた…。その後またかわいらしい寝息が上がる…。2人とも、なんだかあっけにとられたような顔で未来ちゃんを見ていた。
「外、出ようか…」
控えめに言ってみた。このまま会話して未来ちゃんを起こすのは悪い。昨日の引っ越しからでいろいろ疲れてるだろうし。
「うん…」
これまた控えめな声だった。
李凛と共に店の隣の小さな公園のベンチに2人で腰掛ける。街灯は非常に少ない。でもこんな田舎町で地上からの光も少ない。都会よりは星の光が明るく見えるだろう。
空には綺麗な三日月が淡い闇色にひとつ浮かんでいた。星と月に照らされてるおかげで、辺りはとても明るかった。
「久しぶりだね…」
急に李凛が発した。
「え…?」
「だって、前はこんな夜中に2人で話すことなんてあまり無かったから……」
「そうだね、夜に出かけることもそうそう無いし…」
高校生が夜中に集まるような場所なんて無い程の田舎町だ。それも当然なのかもしれないけど。
「こんな景色のとこに来ちゃったから思っちゃったんだけど…」
なぜか李凛からはいつもの元気さよりか、どことなくおとなしい…いや、おしとやかな雰囲気が漂っていた。これも寝起きだからなのだろうか…。
「月夜…ッて、なんで月夜って言うの……?」
「へ…?」
小学生みたいな質問の仕方に唖然とした。
「いやいや、月夜の名前って…どういう意味を込めてつけられたのかなーって、思っちゃって……」
自分の質問の仕方を自分でも恥ずかしいと思ったのか、李凛は慌てて補足してきた。
僕の名前の意味…そう言えば、僕が本当に小学生だった頃に親に訊いた記憶がある。
「たしか母さんの話では…『普段は見えない存在でもいい、誰かの助けを借りて輝いてもいい。でも、自分の周囲が暗くなっている時は…自分が周囲を照らして明るくしてあげられるように……』って」
そう、名前に込める意味としては…ほんとにありがちな意味なのかもしれない……。でも、それを話してるときの母さんの表情はいつになく真剣で、そのように育つようにを僕に切に願ってるようだった…。
「やっぱりいい名前だね…。あたしもそんなのが良かったなぁ…」
「でも“月夜”なんて女の子みたいな名前で、たまに迷惑してるんだよねこっちは……」
「尚更欲しいよ……」
前に名前をいじられた経験があるだけに、余計困った。
でも、この名前に嫌気がさしたことはない。大変お恥ずかしい話ではありますが、自分は周囲の支えがないとやっていけない自身がある。ちょっぴり悔しいけどこの名前の前半…いや、大半は当たっている。
自分が周りの助けになっているのかどうかはおいておくことにして……。
それは自分でどうのこうの言う域じゃない。周りの人間自身が評価することだ。先生はたまに『自分の良いところまでしっかり知っておかないとダメです。長所を意識できれば、その長所に更に磨きがかかるはずですから』なんて言うが、周囲がどう思っているかなんてわかるもんじゃない。
1つ[優しさ]を例に挙げてみる。優しくすることは良いことだ、でも優しすぎて迷惑がらせるのは[お節介]でしかない。
自分のことを客観的に見ても、1通りの見方しかできないのなら、それは外から自分のことを見ている1人の他人の主観でしかない。
(なんだこの自分的哲学…?)
「じゃあ李凛の名前の意味は…?」
難しいことを考えるのは止め、今度は僕が訊いてみた。
「あたしのは本当にありきたりだよ…。ただ『夏の暑い季節でも強く凜とした子でいられますように』…ッてそれだけ」
「充分良い意味じゃないか、素敵だよ」
「おかげで名前通りに成長させていただきました〜…」
確かに夏の暑さどころかそこらの人間にさえ負けないくらいの精神力は持ってるだろうな。親としては実に満足な結果ですなぁ。
「でも…李凛はいつまでも元気だから李凛なんだよ……」
「え…?」
「勉強で悩んでるのだって李凛だし、静かに眠ってるときだって李凛なんだけど……やっぱり僕の中ではずっと楽しそうに笑ってるのが李凛らしい姿だよ」
自分でも恥ずかしいとは思いつつ、そんなことをしみじみと語った。こんなに静かな夜だと、嫌でも心が落ち着き、どこか幻想的な雰囲気をつくってしまう。
そんな雰囲気の中、また静かな声で李凛が言った。
「月夜の名前の意味…わかったかも」
「え…?」
「月夜になるとなんだか雰囲気が変わるから月夜って言うんだッ」
いたずらっぽく言ってきた。
自分だけだろうか…こんなに落ち着いて物事の道理を見据えるのは嫌いじゃない。なんせ夕暮れに海でボーッとしてるのが好きなくらいだ。この静けさがなんだか好きだ。
―こうして……夜も更けていく……それでもこの夜は、今までで以上に長い夜な気がした―
はい、李凛編です…ギャルゲー風に言うと……。
こんなゆるゆるなゲームもあるかもしれませんよね…。(クソゲーかも…)
まだまだ李凛ルートは続きますよぉ!ッというわけで李凛応援派の皆さん乞う御期待。
*次回予告*
三日月が浮かぶ夜…幻想的なその世界で、月夜と李凛の距離は縮まるのか!?(なんて、次回予告じゃなくてただの煽りですねこれ…)
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