第78話:勘違い
「あ、起こしちゃったかな?」
目を開くと、そこには彼女がいた。長い黒髪を床まで垂らした、色白の少女が。
どうやら眠っていたらしい。と、気がつくと、僕はその場に寝転がっていた。彼女の考慮だろう、僕が頭を痛めないように、彼女が僕の頭を膝にあげてくれた。
おかげで……って、ん? 膝に……頭が?
膝枕されてるじゃん!?
「み、未来ちゃん……」
「なに?」
「あのぉ……なんで、僕は膝枕されているんですか……?」
恐る恐る訊いてみると、彼女は慌てふためいて答えた。
「つ、月夜くんがいけないんだよ? いきなり寝ちゃってて……それで、私の肩に寄り掛かってくるから。それで、私だと支えきれないかなぁ〜って、やっとの思いでこの形になったんだからね?」
要するに、寝ちゃった僕が不自由しないようにってことか……。
「不思議だな……」
「え?」
「こうして膝枕されてると……なんだか落ち着くんだけど……どこか、懐かしい気がして……」
考えもなく、僕は思いのままを口走っていた。
「お母さんに、よくやってもらってたのかな?」
「ううん。こうしているとね、その人がわかるんだ。母さんのとは、また別の感覚がするんだ、未来ちゃんからは」
「でも、懐かしいんでしょ? 確かに、前にもしたことはあるけど」
彼女が思い悩む姿を見て、悪戯に笑ってしまった。そして、話題は少し遠くへ。
「夢を、さ……見たんだ」
「夢? どんなのかな?」
「膝枕……されてる夢」
「そっか」
「うん。だから、今目を覚ました時、ここはどっちの世界なんだかわからくなっちゃったよ」
「そっかぁ……いいなぁ〜」
未来ちゃんは、目を閉じて希うように呟いた。
「未来ちゃんも、膝枕されたいの?」
「ううん、違うの。ただ……夢の世界ってことは、宝水さんと神守さんのことでしょ? あの世界の二人は、恋人同士なんだと思う」
「うん、そうだね……」
「だからね、羨ましいんだ……。神守さんと、恋人同士でいられる、宝水さんのことが」
あ、あの……未来さん? 言ってること、どこかおかしいところはありませんか? 夢の世界での宝水っていうのは、こっちの世界でいう未来ちゃんであって、夢の世界の神守さんて言うのは、現実の世界の僕であるから……。
簡単に要約するとですね、未来ちゃんは僕と恋人同士になりたい、なんて聞こえるんですが……もしかして、そういう意味で言ってるんですか!?
「…………」
そこまで考えて、僕は恥ずかしさのあまり、視線を外してしまった。顔は……赤いな、うん。おそらくたぶんきっと、絶対に赤いだろうな。
そんな僕を見下ろし、未来ちゃんはくすくすと悪戯な笑顔を浮かべていた。
絶対そんな意味なんだな……。納得できるような、恥ずかしいから気のせいだと思いたいような……。
「勘違い、してもいいんだよ?」
「え……?」
いきなり未来ちゃんの言葉が注がれた。当然、僕にその意味なんてわからない。僕の心の中でも見たんだろうか。でもそうしたら、勘違いってことは……勘違いってこと? 僕のことを好きじゃないってことなのかな? それはそれで悲しいものが……。
「あ、こんな言い方じゃ誤解されるかな?」
「え……?」
「勘違いだ、って勘違いしてください……」
どーゆー意味ですか?
僕がここで勘違いするとしたら、彼女は僕のことを好きじゃないということで……。
それを勘違いするということは……結局、彼女は僕のことが好きだということ?
あーもう! 全然わかりませんけど!?
未来ちゃん! 君の言っていることが全然さっぱりこれっぽちもわからないのは僕の頭の回転のせいですか!?
間違いなく顔を真っ赤にして悩みこんでいる僕に、頭上からは彼女の微笑みが絶えず射し込んでいた。まるで、真夏の太陽のように燦々《さんさん》とした、眩しい笑顔が。
「じゃあ、喜んで勘違いしちゃうよ?」
「うんっ! あ、でも……月夜くんは、男の子だもんね」
「い、今さら……」
「あ、ううん。そうじゃなくて……。男の子の勘違いと自意識過剰は、なんだかこわいから……」
未来ちゃんは、半分冷や汗をかきながら笑顔を作ってる。かなり無理に作られた笑顔だ。それに、こわいというのは……もしかして、イヤラシイ関係でしょうか……。
あ、そうか。こういう考え方がいけないのか。こう考えてる時点で、イヤラシイ考え方というのが思いついてることのなるもんな。……何だか悔しい気がする。
悔しいから……。
「男の子は、そういうものだよ」
悔しいから、思いっきり笑顔で言ってあげた。
「そ、そうだよね。そういうものだもんね、男の子って……」
気のせいかな? 若干、未来ちゃんとの距離感が遠くなったような……。未だ膝枕中だというのに。ずっと触れているのに。やめて、ひくのだけはなしですよ……。
「私、それでもいいんだけどね……」
「え……?」
って、さっきからこの疑問文しか口に出していないような……。
「私ね、好きな人って、『感覚』だと思うんだ……」
「か、感覚?」
「うん。一目見た時、一緒にいておしゃべりしてる時、あるいは出会う以前から、『私はこの人が好きなんだ』って、感覚的に感じちゃうと思うんだぁ。だからね、勘違いもおんなじ。『この人が好きなのかな、でも違うのかな、わかんないや』……そんな気持ちも、好きっていうことの一つなんじゃないかな?」
「わかんない……」
いつの間にか、彼女の言葉を呟いている自分がいる。それは、今の自分が彼女の言っている状況と全く同じだからだ。僕は、誰が好きなのか、考えてもわからないんだ。でも、そもそも考えてわかることじゃないのかもしれない。
普段接しているときに、楽しいとか、もっと一緒にいたいとか、たまにドキッとしたりなんていうことが、心が「好き」って言ってるサインなのかもしれない。
出会った瞬間に、『体中にビリっと電気が走った』みたいなことなのだろうか?
まぁ、未来ちゃんだもんな。この子は、そんな運命的な出会いっていうものを本気で信じているタイプだ。そっちの方が彼女らしいという方が、僕の意見でもあるのだけど。
もっと言うと、未来ちゃんみたいな子は清純であってほしい、というのが男としての意見でもあるんだけど……。
まずいな、だんだん陽泉に毒されてきたのかも……。
「相手を迷った時はハーレム、なんてのもありだとは思うけどねッ」
「え!?」
ごめん陽泉、彼女が清純という考えはもしかしたら覆されるのかもしれないぞ……。
「ハーレムって……」
「あ、ごめんね。なんだか、変な言い方して。でも、好きな人が一人なんて誰が決めてことなの?」
「それは……好きだと思う相手が決めるんじゃない? 『自分とだけ付き合ってほしい』なんて言い出したら、その人のことが好きだと思うならその人だけと付き合うべきだし。でも、それも当然なのかもしれない」
「そうだね。自分が好きな人が、他の人とも仲良くしてるのって、なんだか気が引けて……。いけない子なのかな? 私……」
「それが普通なんだと思うよ。だから、付き合うんだと思うし……」
「独占したい、なんて……私は嫌、なはずなんだけど……どうしてそんなこと思っちゃうのかな」
独占……。
それそうなのだろう。
好きな人をどれだけ好きと言っても、相手が自分にかまってくれない以上、その感情は虚しいだけのものになってしまう。その人を好きになって、お互いに幸せになりたいだけなのに……逆にみじめになるのは嫌に決まっている。
僕は結局、わからないんだ……。
「でも、私は……どうしても好きなんだよなぁ」
え……?
「だって、1年前……見たんだもん」
「み、見たって……?」
「茜色の海岸で、私はずっと立っていて、ずっと待ってるんだ……運命の人っていうのかな……。私は、その人をずっと待ってた」
茜色……海岸……立って……待ってる。
どこかで見た景色だ。
そう、まるであの時のような……。今から一年前、僕たちはそこで出会った……。
海辺にたたずむ、儚げな少女……。
寂しいような彼女の背中に、僕はなんとなく吸い寄せられていった。
なぜだろう。僕は、ほっといたら彼女が海に入って行ってしまうんじゃないか、そのまま消えてしまうんじゃないか、そんなことをずっと思っていた。
嫌だったんだ。せっかく出会ったのに、このまま彼女がいなくなってしまうなんて。
僕は、自分でも知らず知らずの内に、彼女を求めてしまっていたんだ。何か、言葉では言い表せない何かを感じて……。
そんな彼女が……遙かな昔に途切れた想いが……今、届いたんだ。
そんな思いさえした。
――待ってるの。私……。ここで、夢の中の、大好きな人を――
ふいに思い出したのは、当時の彼女の言葉だった。
きらり。
ひとひら、頬に光るものが流れた時、彼女は世界中の誰よりも美しかった。
彼女と出会って、僕が初めてドキッとした瞬間だった……。
なんだか、月夜と未来のシーンだけ異様に長くなってきている気がするのですが、そんなことは気にせずに……。
今回も月夜には悩みこんでもらいましたので、今後は状況がもう少し発展していくと思います。
まぁ、良い方向に発展するのか、悪い方向に発展するのか、皆さんの期待通りになるのかわかりませんが、どうぞご期待ください。
*次回予告*
運命――翻弄される月夜に、影が差す。
果たして、彼がたどる恋の結末とは……。