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第77話:答えはどこ

 陽泉の家に上がりこんだ次の日、僕たちは久しぶりに道場へと足を運んだ。門下生はいつものメンバー4人に、今日は未来ちゃんも見学に来ているようだった。


 着替えが終わると、皆が道場に集まる。ふいに李凛と視線がぶつかったけど、お互いに気まずいものがあるせいか、顔を赤らめて横を向いてしまった。道場の端の方では、未来ちゃんが黙って座っているけど、僕は、彼女のいる方向さえ見られなかった。


 あれから……何日も経ってるし、色々なことがあった。不本意ではあったけど、道場の外で剣術を使ってしまった。


 けど、だからこそ、僕は剣を握る恐怖からは解放された……と、思っていた。でも、それは甘い幻想だった。現実は厳しいものだと、僕は改めて気付かされた。


 竹刀を握ってはみたものの、急に体が震えだし、恐怖感が僕の中へと入ってくる。それからのことはあまりよく思い出せない。目眩がし、頭痛がし、我に返ると、皆が心配そうな顔で僕のことを見つめていた。


 今日も今日とて、僕は弓術場の方へと出ていた。


 左手が指差す方向に、自分の意識を集中させる。今では僕の唯一の武器となった矢を弓につがえる。僕が左右の手の間隔を広げる度、ギシギシとしなる弓。いつの間にか僕の顔のすぐ横に矢が来ていて、的をめがけて構えている。太陽が照りつける暑い光の中。屋根に覆われてはいるものの、弓術場の中も太陽の暑さには敵わない。僕の汗がどんどんと噴き出していた。


 集中する。


 『会』と呼ばれるこの状態が、弓術にとって最も長い。その間、意識を最大限まで高め、持続させなければならない。暑さに負けている余裕などないのだ。


 ゆらゆらと揺れる陽炎の向こうに標的を見いだし、手を放した。


 自由を手に入れた矢は、まっすぐ、パッと見では気付かないほど緩やかな放物線を描き、吸い込まれるように的のど真ん中へと突き立てられた。


「ふぅ……」


 僕は安堵の息を漏らし、緊張状態を解いた。


「見てたんだね」


 振り向かないまま、背中越しに感じた視線の方へと声をかけた。


「ご、ごめんなさい。見られちゃだめだった……?」


 思った通り、そこに立っていたのは高くて透き通ったような優しい声……未来ちゃんだった。困惑したような顔でこちらに問いかけてきた。


「ううん、そんなことないよ。そこに立ってると疲れない? こっちで休みなよ」


「うん」


 僕が壁に寄りかかるようにして座ると、未来ちゃんは軽い足取りでやってきて、僕の横にちょこんと腰を下ろした。ふいに彼女の長い黒髪が、僕の指先をくすぐる。そんな感触も心地よいものだった。


 いつもの距離感。だけど、これが異様に近く感じるのは、僕の思い込みのせいだろうか。


 ――俺が思うにだけどな、峰水もお前のことが好きだぞ。


 そんなことを言われたせいで……いや、僕が変に意識しているせいで、この子と接する際の全てが気になる。


「……よくん……」


 僕はこの子のことをどう思っているんだろうか。好きなのは好きなのかも知れない。けど、それは異性として好きだと言うことなのだろうか……?


「つく……くん。ねぇ、……くん?」


 李凛に告白されてから何かがおかしい。何も変わっていないのだろうけど、少なくとも僕の中では何かがおかしくなってきている。それだけはわかる。気持ちの整理をつけなければ、このままずるずると引きずることは許されないのだから。


 じゃあ……僕は誰が好きなんだろう。答えのありかがわからない……。


「ねぇ、月夜くんってば!!」


「え、あっ、な、何かな?」


「もう、何度呼んだと思う?」


「に……2,3回……かな?」


「少なくとも、10回は呼びましたッ」


 未来ちゃんは頬を風船のように膨らませて睨んできた。絵に描いたような怒る仕草だが、彼女がすると、怒っても恐怖すら感じない。ましてや、かわいいな、なんて思ってしまう。


「ご、ごめんね。つい、考え事を……」


 僕の気持ちとは裏腹に、彼女は真剣なのだろうな。僕が謝罪をしてもふっくらした頬を引っ込める気はないらしい。


「ご、ごめんなさい。だから、ね? そんなにほっぺた膨らまさないでよ」


 かわいくて謝るに謝れないじゃないか、なんてことは言わず。とりあえず顔だけは元の大きさに戻してもらおうと、僕は彼女の頬に指を押し当てた。ぷしゅーっと空気を抜きながらしぼんでいく彼女の顔は、まさに風船そのもののように思えた。


 元の大きさに戻った頃には、未来ちゃんは楽しそうな笑顔を浮かべていた。僕もつられて笑ってしまう。彼女は笑いながらも、僕に対して話しかけてくる。


「ずるいよ、月夜くんったら。どきどきしちゃったじゃない」


「ど、どきどきって……?」


「その、見つめられてると思ったから……」


 彼女のことについても、色々と考え事をしていた。そのためか、無意識の内に彼女の方を見ていたのだろう。


 そのことに気がついて、僕は顔が熱くなるのを感じた。体内に蒸気機関でも備え付けられているのではないかというくらいに熱かった。今にも耳や鼻から蒸気がぷしゅーっと噴き出しそうだった。


 どきどきしていたせいか、彼女も顔が赤くなっているように見えた。


 これはだめだ。意識しない方が無理だった。未来ちゃんに見つめられてどきどきするのは、僕も一緒だし、なぜか彼女のことを考えてしまうから。


 しばしの間、沈黙が響いた。


 燦々と差し続ける太陽光。迷惑なほどに鳴り続けるセミの声。中途半端な風が青臭い薫りを、草いきれを運んできて余計に暑く感じる。


 そんな中、床に這わせた僕の手の上には、隣に座る彼女の手が重なっていた。こんなに蒸し暑いのに、彼女の手だけは冷たかった。爽やかで優しい柔らかい手。ひんやりとした気持ちよさをまといながら、僕は――




「あら、起こしてしまいましたか?」


 まぶたを開くと、そこには彼女がいた。長い黒髪を地面まで垂らした、色白の美しい少女が。


 どうやら眠ってしまっていたようだった。そうか、彼女の膝の上で、彼女に頭を撫でられている内に……。


 なでなで――


 髪に冷たいものが触れる。どうやら、僕が寝ている間も、ずっと撫でていてくれたようだった。くすぐったくて気持ちいい。なおかつ冷たいから快適だった。これは眠ってしまうのも無理はない。


「気持ちいい……」


「また強がりを。固い床の上で寝ては体を痛めますよ?」


「君の膝があるから、安らかに眠れていたんだ」


 僕の言葉に、彼女はふっと笑った。


「よければ、ずっとこのままでいましょうか?」


「そうだな、そうしてくれると助かる」


「ふふッ、意外にわがままなんですから。村の子供たちが見たらなんというか」


「無邪気なのはいいことだが、僕はあそこまではしゃがないぞ?」


「外にいるとき、周りに対して強がるときのあなたと、今のあなたを見ていればいやでも子供のように感じます」


 僕はその意味がわからなかった、彼女が一体何を言おうとしているのか……。僕は外と内を使い分けられるほど器用じゃない。表と裏があるほどよこしまでもないつもりだ。僕が真剣に悩んでいると、彼女は笑って見せた。


「あなたは、一度でも御石さんに、今の話し方をしたことがありますか?」


「それは、当然……」


「自分のことを『僕』と?」


「あ……」


 言われて初めて気がついた。使い分けているつもりはない。おそらく、自然に出てしまっているものなのだろう。彼女は、他人に対して『俺』と強がっているような名乗りの僕に、いつまでも子供だ、とでも思っていたのだろうな。


 そう思い、赤面してしまった。案外、周囲の方が自分をしっかり見ているようだ。


「ふふッ。それが、あなたの素敵なところですよ」


「え?」


「いつまでも純粋な心……無垢な魂でいられるからこそ、何色にも染まりやすく、何色にも染められない強さを持つことができる。何事も受け入れることができるのです。だから、たすくに優しくできたのでしょ?」


「いや、彼に優しくできたのは、君がいてくれたからだ。あの時、彼が流れ着いたときに君が強さを見せてくれたから、僕は彼を守ることができた。君のおかげだよ」


「彼はまだ子供です。大人が守ってあげなくては、一体誰が彼を守れますか? 私は当然のことをしたまでです。子供は、子供らしく……大人が守ってあげるべきなのです」


「そうだな……」


「しかし、困りました」


「? 何がだ?」


「私が一番苦労しているのは、この一番大きい子なんですから」


 そういうと、彼女は僕の頬にそっと手を這わせた。冷たくて気持ちがいいものの、彼女の言葉のせいであまり長く浸ることができなかった。


「こ、子供じゃない」


「子供は、なかなか自分からは子供だと言わないものですよ。そこが迷惑しているところです。なかなか甘えてくれませんもの」


「なッ。宝水……?」


 彼女は言うと、僕の頭を持ち上げ、自分の胸へ押し当てるようにして包み込んだ。柔らかな感触が、布を通して伝わってくる。熱も、香りも、全てが宝水のものだった。戸惑う僕を、彼女は優しく制した。


「いけません。あなたは私のものだと言ったのは、あなたなのですよ? こうしていたいのです。できれば、永遠に……。こうしていれば、互いに互いを感じられますもの」


 とくん、とくん――


 彼女の鼓動が脳内に響き、やがて全身へと廻った。彼女のする仕草の一つ一つが、僕の心を打つ。


 彼女は美しい。それだけではなかった。彼女は、心も美しいのだ。誰よりも透き通っていて、ゆえに愛してしまった。


 僕は、彼女の美しい愛にすっかり身を委ねていた。




 外の世界には、漆黒の空に1つぽつりと輝く満月があった。満天の星空に負けない、周囲を照らし出してしまうほどの光で。僕ら二人は、静かな月夜の中、ずっと身を寄せ合っていた……。




どうも、相変わらず更新ペースが下がっております。読んでくれている方々、申し訳ございません。


謝罪はさておき、今回は月夜と未来の自然な急接近具合を描かせていただきました。

最近お休み気味なせいか、なんだか月夜の一人称がだんだんと理屈っぽくなってきている気がします……。

自分自身と戦いつつ、これからもがんばっていくので応援よろしくです!


*次回予告*

思い悩む月夜。

彼の答えはどこにあるのだろうか。揺れる恋心と荒れる恋模様は、いつまでも彼らを中心に渦巻いていく……。



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