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第76話:贅沢な悩み

「はぁ〜……」


 特に意識することもなく、ただ自然に、僕の口からは盛大な溜息が奏でられていた。どんな聴き方をしても、それはただの不協和音にしか聞こえないのが現実だ。


「どうしたんだよ、今日は。朝から急に人んちに上がりこんで、今度は不幸せな1人オーケストラかよ」


 一室の中心、そこにぽつんと置かれた小さなテーブルに、陽泉はコップ一杯の麦茶を持ってきた。コップの表面には、無数の水滴が付着している。


「あ、あぁ……ごめんね……」


 麦茶を見るなり、僕はコップを手に取り、一気に喉の奥へと流し込む。


「ごちそうさま……」


「早いなおい!? もっと味わっても良かったんじゃねえの? 折角持ってきてやったんだからさ」


「うん……ごめん……」


 目の前でたくさんの言葉を紡ぎ続ける陽泉に対し、僕の返す言葉は単調なものだ。こんな暗い気分じゃ無理もないけど。僕の様子が明らかにおかしいためか、陽泉は眉をひそませている。その上、こんな調子の僕に慣れていないせいか、黙りこくったままだ。


「その……なんだ。月夜、何か……あったか?」


 気まずい雰囲気を払拭したいのだろう。陽泉は僕に恐る恐る切り出す。


「う、うん……まぁね」


「そうだろうな、こんなテンションのお前は初めてだ」


「そうかもね……」


「で、その話を誰かにしたくて、こうして朝早くから俺の家に上がりこんできたのではないのですか?」


 陽泉の皮肉っぽい言い方は、なんとなく僕の心を突いた。まぁ、その通りなんだから、それはそれで良いのだけれど。そして、僕は陽泉の言葉にゆっくりとうなずいて言った。


「うん。実は、相談したいことがあって……」


「だろうな。じゃなきゃ困る。いつもの俺なら寝てる時間だぜ? たまたま起きてたからいいものの、なんの用事もなく来られたんじゃ迷惑行為だっつーの」


「あはは、本当にごめん」


 いつもの調子で話しかけてくれる陽泉に、ちょっとだけ感謝して、僕は不器用に笑みを作った。明らかな愛想笑いであることは確かなものの、まだ笑顔を作れる余裕を持つ僕に、陽泉も少し笑いかけた。


「実はね……告白されちゃったんだ……」


「だろうな」


「へ?」


 予想外。


 僕が思い描いていた反応と全然違う反応してくれちゃったよこの人。


 あまりにもあっさりしていて、その上、内容が驚愕のものだったため、僕は唖然としたまま、口が閉じることはなかった。


「俺もな、最近のお前たちを見て、薄々勘付いてたんだ。あいつは明らかにお前のことが好きだし、お前だってあいつのことが嫌いじゃない。けど、思わぬ横槍だって、お前にはあり得る状況だからな」


 驚いた。まさか陽泉が花畑さんのことまで知ってたなんて。横槍というのはちょっと酷い言い方なのかも知れないけど、それでも、僕にとってはそんな存在なのかも知れない。


「そうだね……けど、僕には、答えが決まってた。彼女と付き合えることはなかったんだ。いくら後から横槍を入れられたって、今までの僕は彼女のことを見てなかったんだから……」


 そうだ。いくら花畑さんに想われても、僕は彼女とは付き合えない。他に具体的な好きな人がいるわけじゃないのだけど……。


「……てことはお前、誘いを断ったのか?」


「う、うん。まぁね……」


 陽泉は目を丸くして僕に問いかけた。僕はというと、陽泉の驚く理由がよくわからなかったのだけど、花畑さんの気持ちのことも考えろと言うことだろうか? とにかく、花畑さんのことは仕方ない、そういった考え方で陽泉には説明した。


「けど、彼女だって辛いはずだと思うよ。実際問題、こうして断られちゃったわけだからね……」


「だが、断ったんならなんで悩んでるんだよ。峰水の方とも付き合う気はないって事か……?」


「へ……? どうして未来ちゃんが出てくるのさ?」


「は? 今まで峰水の話してたんじゃないのかよ? 峰水から告白されて、でも李凛から横槍入れられて……違うのか?」


 なるほど、陽泉は勘違いしてたのか……。


「いや、違うよ陽泉。僕は李凛から告白されたんだ。僕の言う横槍っていうのは、花畑成海さんっていう、同じクラスの子だよ」


 陽泉は「なんだよ」と、勘が外れて半分つまらなそうにしていた。そして、麦茶に口を付けると、改まって僕に向かった。


「じゃあ、その花畑って人がお前に横槍入れてきたと……? まったく、まともな恋愛相談ならともかくモテ自慢かよ。やんなるぜ」


「いや、そんなつもりじゃないんだけど……」


「なんにしろ、贅沢な悩みこの上ないぞ。まぁ、その花畑さんとやらのことは断ったにしてもだ、そこで李凛の告白を受け入れないのはなんでなんだよ?」


「それは……」


 僕は、なんで李凛の告白を受けなかったんだろう?


 ――他に好きな人がいる?


 ――花畑さんに申し訳ない?


 ――それとも、他に何か理由が……?


 前から、李凛が僕のことを好きなのはわかってたはずだ。けど、僕はそのことを知ってからも、特に彼女のことを考えることもなかった。僕にとって、李凛はどんな存在なんだろう。


 ただの幼馴染みなのか、恋愛対象内なのか。


 何故か、無意識に、そのことは考えないようにしている自分がいるのが恐い。そりゃ、恋愛に関して言えば、僕はぜんぜんの素人だし……けど、誰とも付き合いたくないっていうわけじゃない。この気持ちはどう表現したらいい?


「なぁ、月夜。さっき俺が、なんで峰水と勘違いしたかわかるか?」


「え?」


 陽泉は藪から棒に未来ちゃんの話に入った。


「俺が思うにだけどな、峰水もお前のことが好きだぞ」


「なッ、そんなこと……あるかな?」


「あるさ。恋愛事っていうのはな、本人じゃあまり気付かないようでも、周囲から見りゃ魂胆も下心も丸見えなんだぞ。峰水はお前が思ってる以上に、お前のことを気にかけてるはずだ」


 そうなのだろうか。確かに、花畑さんが呼んでいると僕に伝えた前日、彼女の態度はどこかおかしかった気がする。どこか戸惑っている様子で、慌てている様子で、そわそわしていた。僕への想いがあったからなのだろうか?


「月夜、お前がそんな風に考え込むのもなんとなくわかる。けどな、意識してなかっただけで、お前自身は峰水の気持ちに気付いてたんじゃないか? だから、李凛と付き合う話を先延ばしにしたんだろ?」


「そう……なのかな? 僕も、なんだかおかしいんだ。最近、恋愛事が思考の中に絡んでくると、どこかで何か、ちらつくというか……」


「ちらつく?」


「うん……」


 なんなんだろう、花畑さんの想いを知ったその時も、李凛に直接告白されたその時も、今こうして、そのことに関して考えているときも、何かが……あるいは存在と言ってもいいかもしれない……気になるものがある。それがなんであるのかは、僕自身にとってもわからないけど、なんとなく……いや、今陽泉と話していて確信になったのかも知れない。


「僕の脳内には、未来ちゃんがちらつくんだ」


「峰水が?」


「うん……。やっぱり僕は、未来ちゃんの気持ちを感じ取っていたって事なのかも知れない」


 僕が重々しくも確信に満ちた口調で言ったとき、陽泉は何故か、首を傾げていた。僕はそんな彼の様子を見て、思いをはかりかねてしまった。そして、彼に疑問をぶつける。


「どうしたの、陽泉? 何か腑に落ちない点でも?」


「あぁ、あるな」


「どこが?」


「峰水の気持ちをお前が無意識の内に知ってしまってた、って事はいいんだけどな、だからって、お前の思考を鈍らせる要因にはならんだろ?」


「どういう事?」


「だから、お前が恋愛事で悩んでて、なんで峰水が脳内にちらつくことがあるんだ?」


「それは、彼女が僕のことを……」


「違うだろ? 峰水がお前のことを好きだとしてもだ、お前自身が彼女のことをなんとも思ってない限り、お前の考えに彼女の存在がちらつくことはないだろうって事さ」


「ということは……?」


「お前が、彼女のことを意識してるから、脳内に彼女がちらつくんだろ?」


 確かに……。よく考えれば簡単なことだ。僕の意識が未来ちゃんに傾かない限り、彼女が僕の脳内にまで現れることはない……。


 あれ? 待てよ? ッてことは……。


 僕は……未来ちゃんのことが好きだって事かぁ!?


 自分でも分からない答え。しかし、導き出された答え。それが当たっているのかも分からない。なんだかもどかしい気分だった。けど、それが合ってるのかどうかも分からないんじゃあどうしようもない。僕は、ただ呆然としているだけだった。


「おいおい、今更気づいた、って顔してら……」


 頭の中が真っ白になっているものの、かろうじて聞こえた陽泉。呆れ返ったようなその声は僕の頭の中の白い部分を少しばかり埋めてくれた。ほんの少しだけど、思考力が回復した気がする。


「僕は……誰が好きなんだろう」


「お前の自由だ、って言いたいところだけどな、どうもお前には考えても明らかな答えは出ないように思えてならないんだよな」


「だからって、どうしようもない……よね……」


「お前の頭の問題だからな。はぁ〜、学業の方は滞りなくできているお前が、何でこんなときだけ思考が俺より鈍るんだよ」


「わ、悪かったよ……」


 どーせ、僕は恋愛になれていない人間だからね。まぁ、そんな問題じゃないんだろうけど。陽泉も僕と同じような恋愛遍歴――彼女いない歴(イコール)年齢――だから、考え方の違いなんだろうな。


「悪いとは言ってない。お前みたいな……純粋な考えの男が好きな女って、意外に多いみたいだし。特に……お前の身近にいる人間とかはな」


 李凛や、未来ちゃんの事を言ってるんだろうな、たぶん。


 僕と彼の恋愛の考え方の差は、どこにあるんだろう。分からない……けど――


 結局、僕は誰のことが好きなのか……あやふやなんだよなぁ。


 未だ僕の頭にちらつく彼女の影は……残ったままだった。




皆さんお久しぶりです……。


この度は、長らくお休みをしてしまってどうもすみませんです。私情、ということでお許しいただけると幸いです。


……ということで、悩み通しの月夜でした。

これからどう展開していくんでしょうかねぇ……自分でもノープランなまま、休み休み書いていたもので、あまり先のことまで考えられなかったんですけれども、読者の皆さんに楽しんでいただけるように頑張りたいと思います。


まぁ、月夜が決めるであろう相手はだんだんわかってきたと思いますけども……。ここでズバリ言います、キーワードは『わからない』です。


*次回予告*

陽泉に相談を持ちかけた月夜。自分の気持ち、一番わかっていなかったのは自分自身なのかも知れない。

月夜が見つめる先にいるのは、李凛か、未来か、それとも……。


次回、第77話「答えはどこ」


春からやってきたこのお話も、進行状況の遅さや休載もあって、結局、実際も夏休みに入ってしまいました……。

こんな作品ですが、これからもよろしくです!



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