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第74話:大切な想い

「おはよう李凛ッ」


 僕の一言が、李凛の背中にぶつかった。


 いつもは迷惑なくらい起こしに来るくせに、今日はそれがなかった。起こしに来てくれたのに迷惑がって、起こしに来てくれなかったらそれでへそを曲げてしまう僕もおかしいのかも知れないけど……。でも、背中越しでも何かを感じ取ってしまった。


 李凛は、僕の言葉が耳に届いたのか、力なく首を持ち上げてこちらの方にひねってきた。その顔は明らかに元気がなさそうにやつれていた。


「んー……?」


「り、李凛……? どうしたの、そんなにうめくような声出しちゃって……?」


 まだ朝なのに、生気のほとんどを失ってしまったように、李凛は疲れ切った顔をしていた。いつもはあんなに天真爛漫な元気娘に、こんな早朝から死んだような目をされては、こちらとしても調子が狂ってしまう。


 それに正直、心配している気持ちの方が上なのは事実だ。昨日は午後から会ってないし。李凛と一緒に過ごすはずだった未来ちゃんは、何故か夕暮れまで僕といたし……。何が彼女をそうさせているのかを、今の僕は知る術がないのだ。


「あぁ……。月夜か……」


「いや、確かに僕だけど……。何か、嫌なことでもあった? 僕で良かったら相談にのるよ?」


「相談……?」


「う、うん」


 なんだろう。明らかに元気がない。いつもはどこから出しているのかわからないくらいに大きくて活気溢れた声なのに。今日に限って言ってしまえば、今彼女から聞こえてくる声もどこから出しているのかわからないようなものだ。喉からなのか、それとも口腔内に微妙に響かせているのか……彼女自身もわからないのだろう。


 でも、こんな李凛は見たくない。落ち込んでいる李凛だって、確かに李凛なんだけど……。僕は元気な李凛でないと嫌だ。“元気じゃないと李凛じゃない”なんて言うつもりはないけど、ここまでどんよりとしてもらってたら、なんだかこっちまで元気を吸い取られていくみたいだ……。


「李凛……本当に大丈夫?」


「ん? あぁ……平気平気……」


「全然平気に聞こえないのは僕の耳のせいかな……」


「うん……そうだね……」


 ダメだ、言われたことに一定の言葉しか投げ返さない会話ロボットみたいだ。今のままじゃ僕の声さえろくに届かないだろう。心ここ在らずって感じだ。


 結局彼女は、この後もどこかふわふわと宙に浮いたような意識の中で、一切テンションが上がらないままで学校に着いてしまった……。






 今日も今日とて、何故こんな暑い中で補習なんかしなきゃいけないのだろう……。夏休みくらい家で寝ていたのに。もうすぐ夏祭りですよ? 学生には楽しいこと満載な日々なんですよ? なのにわざわざ大焦熱地獄を挟むことは無いじゃないですか……。


 クラスのみんなも、ぱたぱたと教科書で扇いでる。蒸し暑い空気を顔に送り込んだところで、あまり意味は無いのかも知れない。火に油を注ぐように、ぬるい風が体感温度を更に上昇させていった。


 補習中のだれた空気。今にも息が詰まりそうだ。


 僕はYシャツの襟元を広げ、手で精一杯の風を送りながら、どうにか意識をしっかり保っていた。


 黒板の字すらにじむほどの汗を拭きながら、なんとなく周りを見回してみる。皆も同じく暑いのだろう。扇げるものならば……下敷き、二枚折りのルーズリーフ、更には団扇持参で取り組む人もいた。


 そして、変に視線を感じた斜め後ろの席――そこには花畑さんが座っていた。


 昨日のように、またもや僕の方をじ〜ッと見つめている。それに僕も視線で応えていると、彼女は急ににこっと笑いかけてきた。その上、手元でひらひらと振られている掌。


 満面の意味で手を振ってくる彼女に、意味不明ながらも、僕は手を小さく振り返した。僕の反応に満足したのか、花畑さんはいっそう笑みを強くしたように見えた。


 よくわからないけど、まぁ喜んでくれたならいいか……。


 そんな事を考えていたその時――グサッ!!


「痛ッ!」


 背中に激痛が走った。幸い、そんなに大きな声を出すことはなかったものの、明らかに背中に何かが突き刺さってきた。原因究明のため、後ろを振り向いたところ、そこにいたのは李凛だった。


 僕の後ろの席なのだからそこにいること自体はなんら不思議はない。けれど、僕が驚いたのは彼女が持つシャープペンシルだ。


 普段字を書くときならば、シャープペンシルの先は机の方を向いているはず……。しかし、彼女のそれは明らかに誰かを刺す方向で握りしめられていた。


「り、李凛ッ!? いきなり何するの……」


「ごめん、手が滑った……」


 どう手が滑ったら、先っぽが相手の方を向くわけ!? こ、殺す気ですか……!?


 朝からの様子がだいぶ和らいできたと思ったら、どうも僕の思い過ごしだったみたいだ。やっぱり今日の李凛はおかしい……。けど、僕にはその原因がわからない。これだけ一緒にいるのに、なんだか悔しかった。




 “明日の放課後、体育館裏に来てくださいだそうです……”。


 なんだか申し訳なさそうに言ってきた未来ちゃんだったが、無視するわけにもいかない。僕は、僕を呼び出した、誰ともわからない人物に会うために体育館裏へ向かった。


 靴を履き、玄関を出て、校舎を壁(づた)いに歩く。






 そもそも、誰が僕を呼んだんだろう? 未来ちゃんの言い方から考えるに、彼女自身が呼び出してきたわけじゃなさそうだった。じゃあ……一体誰が? 彼女は、誰からの伝言なんてことは一切口にしなかった。


 まぁ、実際に行ってみれば分かる話か。とにかく急ごう、急用だったら待たせちゃ悪いし。そう思いながら、僕が少し速く歩を進め始めたその瞬間――。


「何か……ようですか……?」


 ――え?


 もう一つ角を越えたところに人がいるのだろう。多分僕を呼びだした人だと思うけど……一足先に誰かと話しているみたいで、僕はそーっと、角の向こうで対峙しているであろう2人を覗き込んでみた。


「ごめんね、花畑さん。でも、あたし……あたしは……」


 聞き覚えのない声と、聞き覚えのある声がそこにはあった。声の主……その一つは花畑さんだった。気がつけば、僕と彼女は同じクラスにはなっても、直接話す機会なんてなかった。彼女の声に心当たりがないのは当然なのかもしれない。


 もう一つ、花畑さんと対峙している声があった。それは――。


「り、李凛……?」


 そう、その声の主は李凛その人だった。李凛は花畑さんに向かって何か口ごもらせていたが、ここからじゃ遠くて何を言っているのかよく聞こえない。そこで、僕はもう少し2人に近い位置にある草むらへと身を移した。


 なんだか盗み聞きしているみたいでいい気分じゃないけど、このまま帰ってもどうかと思い、その場に残るという選択に至った。そして耳をそばだててみる……。


「花畑さんは、月夜のことが……好きなんだよね……?」


 ――え……?


 耳を疑った。いきなり自分の名前が出てきたことにもそうだが、こくっと首を縦に振る花畑さんを、なんだか見ていられなくなった。当然、彼女の気持ちを知って恥ずかしくなったためだ……心なしか、頬が熱くなってしまう感覚がある。


 花畑さんが、僕のことを……好き? そんな言葉が耳の奥で無限ループを繰り返している……。頭の中がその言葉以外の存在を無にして、真っ白になっていた。


 自分ではわからない“好き”という感情。それを、彼女自身の口からではないにしろ、僕は受け取ってしまった。実際に僕の目の前に差し出された感情は、どこか朧気おぼろげながらも、白く澄んだまっすぐな想いのように思えた。


 未だに心の中の整理がつかない僕を差し置いて、李凛はなおも話し続けていた。彼女は花畑さんの目を一心に見つめ、至極真剣な表情をしていた。そしていい淀みながらも、一生懸命に自分の想いを話そうとしていた。


「いけない子なんだ、あたし……。汚いんだ、あたし……」


「な、何を言ってるんですか? 観籍さん……」


「あたしね……花畑さんに、月夜への想いを告白されたとき、なんだかパニックになっちゃってて……。あたし……その時ふと思ったんだ……」


「え?」


「花畑さんにだって、誰にだって、この気持ちで負けたくないって……。あたしは、あたしは……月夜が、月夜のことが……大好きだから…………」


 一陣の風が、その場の空気を全て奪い去っていったような感覚で吹きすさんだ。草木が揺れ、髪が大きくなびき、心の内さえも真っ白にしてしまうような……からっとしていて、とても冷たい夏の旋風。そんな風の渦巻く中、僕らは言葉を失ってしまっていた。


「あたしが今まで過ごしてきた思い出は、ほとんどが月夜とのものだから……。陽泉や永遠でさえも、ほんの半分の半分以下の時間しか過ごしてない。この16年間以上……月夜は産まれた当時から傍にいてくれたの……。花畑さんの想いを聞いたとき、確信したんだ。あたしは……この思い出をこれからも一番傍で大切にしていたいんだ。だから……。だから…………」


 それっきり、李凛は黙り込んでしまった。それ以前から黙りこくったまんまの花畑さんは、もう何とも言えず終いといったところだった。




“李凛はなぁ……お前のことが好きなんだよ!!”


“あたしは……月夜のことが……大好きだから……”


 以前言われた親友からの言葉……それに、初めて本人の口から語られた想い。僕の頭の中でそれぞれが何度も何度も反芻はんすうし、共鳴する。溶解されていき、混合されていく。そして、どれも同じ答えへと辿り着く……李凛の、ずっと僕の傍で抱き続けてきた想いを……。


 そんなことを聞いた僕は……一体、彼女にどんな回答ができるのだろう。


「あたしの想いのすべては、こんなところだよ……月夜」


「え……!?」


 僕が真剣に悩んでいるそのとき、ふいに呼びかけられた気がした。顔を上げると、僕が身をひそめている草むらの向こうにはこっちを向いている李凛と、何が起こっているのかわからずにあたふたしている花畑さんがいた。


「月夜…………」


 再び自分の名前が呼ばれる。このままここにいても仕方ない。申し訳ない気持ちで草むらから出たものの……。




 僕はこれからこの三角関係の中で、どうしたらよいのでしょう…………。




さてさて、いよいよもって危険(?)な展開となって参りました!


成海の想い、改めて知った李凛の想い……。

月夜の選択、運命……これから彼が辿る道はどんな道か?


李凛か、成海か、はたまた未来か、永遠か……。



*次回予告*

ついに李凛からの告白……。戸惑う月夜は、彼女の“好き”という感情にどのような答えを出すのか……。

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