第64話Reverse:同じ想い
「か、緘森さんって……誰かとお付き合いしてる人がいるんですか……?」
4人掛けのテーブルにちょこんと座り込み、テーブルを挟んで向かい側に座る李凛と未来に問いかける少女――花畑 成海。
彼女は、補習中もずっと月夜のことを見ていて、月夜と目が合うと赤面して視線を落とす仕草を見せていた。
それを月夜の一つ後ろの席から見ていた李凛は、ちょっと変わった子だな、とは思っていたのだが、ここに来て成海の問いかけがあった。それは、『緘森さんと付き合っている人はいますか?』……。
ということは……もしかしてこの子は月夜のことを……。
こういう時、李凛の頭の回転は素早い。成海のそんな問いかけ一つで、彼女の心の奥に秘めた思いを読み取ってしまうのだから……。“どうせなら、もっとためになることにいかしたらいいのに……”月夜にもそう言われてしまうほどのものだった。
それはさておき。李凛の読み取ったことはおそらく正解なのだろう。でなければ、そんな問いかけをわざわざ李凛たちにすることはない。未来も成海の思いを読み取ったようで、目を見開いてどことなくそわそわしたような面持ちだった。
「も、もしかして花畑さん……」
李凛がおそるおそる口に出すと、成海は肩をびくつかせて反応した。どうも緊張がとれない様子で、目を白黒させながらどうにか返事をしていた。
「は、はい……」
「花畑さん。もしかしてだけど……月夜のこと……」
李凛が一つ一つ丁寧に言葉を繰り出すと、緊張した顔をしている3人は、ごくりと生唾を飲みながら沈黙を過ごす。発言している李凛も、今まででもこれ程までに心臓が高鳴ったことはない。思っていることを口に出すのが、なんだか恐い気分だった。
「月夜のこと……す、す……。……好きなの?」
やっと出てきた李凛の決定的な一言に、その場にいた一同は更に緊張状態を高める。
しばらくの沈黙の後、成海は、喉に詰まらせていた言葉をやっとの思いで語り出した……。
「はい、好きです。緘森さんのことが……入学して以来ずっと好きでした……」
成海の想いが、今語られた。
李凛も未来も、それを聞いても、ただただ目を見開いているばかりだった。
李凛の中にも、未来の中にも、複雑な思いが漂っていた。友人の月夜に想いを寄せる異性がいること、そして、月夜と成海が交際をした際には、月夜の近くにいる友人として祝福すべきなのだろう。
しかし……彼女たちには、これが酷な知らせになっていたのだ。
とりあえずは成海の想いを受け取った李凛と未来。さて、それに李凛たちは質問にどう答えたらいいのか悩んでいた。なんの問題もなければ、別段悩む返答でもない。ただありのままの事実……『月夜は誰ともお付き合いをしていません』と、ただそう言えばいいだけの話なのだ。
その返答を言い淀んでしまう理由が、李凛にも未来にもあるようだったが、ここで嘘をついて『いる』と言って、別に自分の想いが報われるわけでもない。李凛と未来は、正直に答えることにした。
「月夜は……誰とも、付き合ってないよ……」
李凛のその言葉に、成海は今まで緊張で強張らせていた顔を、ぱぁっと明るい笑顔でかき消した。辺りまで広がった明るい波紋は、まるで花びらが咲いたかのように可憐だった。
「よかったぁッ!! 不安だったんですぅ! 緘森さんって、かっこいいし賢いし、周りの(女子の)みんなからの人気も結構あるし……それに、観籍さんや峰水さんとはいつも親しげで……。なんだか、自分で声をかけるには勇気が要ってしまって……」
だから、李凛たちに声をかけたというところだろうか。
李凛も未来も忘れていた。いや、近すぎる存在だったから気にならなかった。――月夜の境遇というものを……。
月夜の容姿は流麗な方で、以前から、よっぽどのことがない限りはあまり取り乱すことのない性格だ。それが“落ち着いている”という印象を与え、賢いように映るのかも知れない。しかも、実際、頭脳もそれなりに明晰だというのだから始末のいい話である。
そのおかげか、実は周りの女子からの評価も高い。李凛や未来、陽泉も永遠も感じていた事実だった。だが、当の本人にそんな自覚は一切無い。これだけ恋愛事に鈍感なのも、周囲には彼の魅力の一つとして映ってしまうようだった。
自覚のない本人と共にいるからか、彼といつも親しくしている李凛たちでさえも、そんな事実があまり気にすることではないと無意識のうちに判断していたのだろう。
しかしそんな月夜が、周囲から見てみれば、あまり欠点が見つからない。見せないだけなのかも知れないが、それが、周囲の人間から見たら羨望の意識が沸き上がってくるのかも知れない。女子からは好意が、男子からは羨望が……密かに心に焼き付いてしまっているのだ。
聞かされた事実に安堵する成海の前で、なんとなく鼓動が高鳴っている李凛と未来……。なんだかわからない胸騒ぎを感じながら、彼女らは自分の鼓動の真意を、自分自身で探っていた。
――明日も補習がありましたよね……? その放課後、月夜さんを体育館裏に来るようにいってほしいんです……。すいません、伝えてくれますか……?
そんな一言を残して姿を消した成海。彼女のいなくなった図書室の静けさは、李凛と未来の心の空虚をそのまま表しているようだった。
「月夜くん……モテるんだね……」
なんとなく口に出した未来。李凛もこくっとうなずいていた。元気いっぱいで天真爛漫な李凛は、その場にはいなかった。そんな彼女の様子を見て、未来はなんだか悲しくなっていた。そしてそれ以上に、李凛も自分と同じ気持ちだということを悟った。
「月夜くんには……私が伝えておくね……。今日は、お昼から永遠ちゃんの家のカフェにいるって話だったから。まだいるかも知れない」
こくっ。もう一度うなずいて、李凛はテーブルの上の資料を片付け始めた。片付けながら、李凛は言葉を放った。
「今日の調査は終わりにしよう? なんだか……ちょっと……」
「うん……」
李凛の気持ちが汲み取れたのか、未来もそれに応じていた。片付けている資料にはどれも、日蝕伝説の事が載っているようだった。全員で調査する日に向けて下調べをしておこうと、李凛が未来に声をかけていたのだった。
「なんだか、どっと疲れちゃったね」
「そうだね。そうだ、未来……花畑さんが言ってたのって確か、体育館裏だったよね?」
「う、うん……そうだけど。いいよ、私が月夜くんに伝えておくから」
「お願いね」
それだけ受け取ると、未来は図書室から月夜の下へと向かったようだった。
「はぁ……」
本気のため息……ふと、そう思った。なにせ、心の奥底から吐き出したため息なんていつぶりか知れないからだ。
茜色に染まってきた大空。その下をぽつんと1人で、李凛は帰路についていた。
「月夜……。あたしはどうしたらいいのかな。ずーっとちっちゃな頃からいるのに、あたしのことを真剣に見つめてくれたのって……ううん、月夜はいつも真剣すぎるんだよ……真面目すぎだよ。あたしは……いつだって……」
茜空に虚しく木霊した李凛の声は、涙声になりかかっているようにも思えるようなものだった。
今再び見つめ直す自分の想い……。報われることのなかった自分の想い……。
彼女の胸の内には、複雑で深く、誰よりも負けられない想いがあったのだった。昼も、夜も、楽しく話しているときも、勉強をしているときも、一緒に登下校しているときも……いつもその想いは褪せることがなかった。
僕は、彼女のそんな想いに気付けず終いだったのかも知れない。でも僕は、僕には…………。
この話は、64話の裏ものです。
そう言えば月夜に関する周囲の意識を描いてなかったな……なんて思いましてね。
さて、次話からは普通の流れに戻ります。しばらく投稿してなかったんで、厳しい読者数の中で頑張っていきたいと思います。愛読してくれている人がどこかにいることを信じながら……。
*次回予告*
未来は月夜を連れ出した。
その心の内には、一体何が埋まっているのか……それは、未来自身にしかわからない。しかし、その想いが未来の行動にもたらしたものとは……。