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第69話:無慈悲なヒーロー

 僕は、海に来ていた。


 そこで偶然永遠と会った。僕は永遠が座る砂上の隣部分に腰を下ろしていた。ふと隣を見ると、つい最近まで一切の関与をしていなかった少女がいる……不思議な気分だった。


 僕らは、いつの間に出会ったんだろう。僕らは、いつからこんなに親しげに談笑することができていたのだろう。僕らは……何故出会ったのだろう。


 頭の中でいらない思考を巡らせながら、僕はそれでも永遠と話していた。そうだ、いつの間に……いつから……何故……そんなことになんの関係がある。


 偶然であれ、運命であれ、僕らは出会ってしまったんだ。いや、出会うことができたんだ。なら、僕は受け止めるしかない。そして、彼女が抱えているであろう心の闇に……背を向けて逃げ出すことも、救ってあげることも僕の自由の筈だ。




『素直になればいいって言われたってできないよ』


『本当の自分が何かもわからないのに、自分に正直に生きることなんて……あたしにはできないよ』


『偽ることで……幸せになれるのなら……嘘くらいいくらでもつくよ』


 彼女はそう言っていた。僕にはなんのことかさっぱりわからなかったけど……彼女は、自分を偽って生きていくことでしか、自分を確立できない。たぶん、そういうことなのだろう。


 彼女の言ってることがどういうことなのかはともかく、永遠が答えたことは、僕の質問の答えにしては少し跳躍しすぎたものであることのように思えた。


『なんで嘘ついてたの?』


 僕はそう尋ねたはずだ。しかし、彼女は僕の“嘘”というワードに反応したのか、少し感情的になって答えた。


 彼女が話したのは“嘘をついた理由”ではなく、“嘘をつかなければ生きられない”というもの。少しばかり、主旨がずれているようにも思われる答えだ。


 そのことから、僕は悟ることができた。彼女は……何かを言いたがっている。いや、そんな漠然なことじゃない……誰かに、助けを求めているんだ…………。


 僕には、助けてあげるかどうかを決める権利がある……。


 先ほどまではそう思っていた。今はちょっと違う。助けてあげるのか逃げ出すのかという選択肢なんて始めから無い……僕には、彼女を助ける義務があるんだ。助けを求めて必死に差しのばす手を、僕は足蹴あしげになんてできない。


 だから僕は、彼女に尋ねてみることにした。怪我をしたあの日に、本当は何があったのかを……。




「あの日は、月夜が見たとおりだよ。あたしはお父さんと一緒に帰った」


 永遠の言葉に、僕は自分の中での確認の意味も込めて言葉を補った。


「あぁ、あの親を紹介する作文で書かれてたお父さんだね」


「う、うん。まぁね……」


 そう口にした永遠の表情は、心なしか沈んだように見えた。でも今僕が気になっていることとは違っていたため、敢えてスルーすることにした。


「それでね。帰り道では一切問題なく帰ることができた。もちろん転んでもいなかったし、これだけ大きな怪我をすることもなかった……」


 未だ施す痛々しい眼帯を指さし、彼女は言ってよこした。僕はそこを深く追求する。


「でもそれじゃあ、どうしてそんな傷を……」


 言いかけて、僕はあることを思い出した。それは、永遠の作文の一節……。


 “あたしのお母さんは忙しく、あまりお家にいることができません。でも、そこで寂しそうにしていると、いつもお父さんが優しくしてくれます”


 もし、帰る途中の道で怪我を負うようなことがなかったとしたら、一体どこで……?


「優しすぎるんだよ、あの人は…………」


「え……?」


「あの人……お父さんは……きっと他人に、とりわけあたしに優しすぎるんだと思う…………。これはあたしの偏見じゃなくて、たぶんあの人が本当にそんな気持ちなんだと思う」


 確かに、作文でも優しいお父さんだって言っていたけど……。でも、だからなんなんだ?そんなお父さんがいて、自宅で怪我をするようなことなんてあるのか?


「お父さんはね、少し前に会社を辞めちゃったの。リストラだって言ってた……。それからはお母さんが頑張って仕事をして、お父さんは家事を頑張ってくれてた。また再就職しようとしても、どこも上手くいかないみたいで……」


 子供ながらに、こんな家庭の事情を聞くことに抵抗があった。僕に直接関係があるわけではないとはいえ、永遠の家庭にとっては大問題なのだ。聞いちゃいけないような……でも永遠を救うためならと思って聞いてあげた。


「お母さんは、会社に泊まり込むことも多くなくなって……実質、あたしとお父さんの2人暮らしみたいな所もあるんだ。でも、日中はお父さんが家にいてくれて、いつも迎えに来たりしてくれてるの。だから、あたしは全然不満なんて抱かなかった…………」


 微々たるものではあったが、振り返って過去の話をする永遠は、楽しそうに微笑んでいるようにも見えた。でも、僕のそんな状況観察も身を翻した。彼女の表情からは一切の笑顔が消えていたのだった……。


「でもね、完璧なんて人はいないんだって思ったんだ。


 それまではね、たとえ仕事を失っても焦らずに生活に立ち向かっていけるお父さんを、あたしは格好いいと思っていた。あたしも大きくなったらこんな大人になれるのかなって、一種の目標でもあったんだよ。


 でも、あたしは間違ってた。それは……偽りだったんだって思ったんだ。


 普段は優しいお父さん。いつも家族のことを一番に考えてくれているお父さん。あたしのヒーローみたいな存在のお父さん。


 でも違った。一回お酒が入っちゃうと、いきなり暴力をふるうようになったんだよ」


 ――え?


 急展開を見せる話に、僕は驚いて唖然としてるしかなかった。“暴力”……そんな言葉が出てくるとは思わなかった。それは、11歳である僕からしたらあまり馴染みのないものだった。


 剣術をしてはいるが、もちろんあれは暴力ではない。暴力とは、不当に使われる無慈悲な乱暴行為のことだ。


「でも、あの作文では……」


「もちろん、作文でそんなこと書けない。しかも、本人には自覚すらないの。お酒を飲んで酔っ払って……愛しすぎている家族を、いつの間にか痛めつけてしまうの……」


 ヤマアラシのジレンマ――ヤマアラシという生き物は、体の背面や側面に針状の体毛が無数に生えている。そのヤマアラシが互いに体を温め合おうと近づくが、それぞれに生えている体毛によって互いに身を寄せることができない。


 永遠のお父さんは、まさにヤマアラシだった。家族を愛してはいるものの、より愛し尽くそうとすると傷つけてしまう。愛しているが故の暴力とでも言う気だろうか……。僕には理解ができないけど。


 狂信的なまでのジョン・レノンのファンだったマーク・チャップマン然り。近くに寄りたいがために、相手の有無を問わず強引に愛そうとする。彼の場合は精神疾患を患っていたというのもあるのだが、永遠のお父さんだって同じことなのだと思う。


 永遠のお父さんは、社会について行くことが困難になり、妻に負担をかけているという精神ダメージを抱えながらも、肝心の妻は自分のせいで忙しくなってお礼をすることも近くで愛することもできない。


 それにより最終的には、妻と同じくらいに愛している永遠へと全ての愛情を上乗せする。そして、酒類の背中押しにより愛す限度をはずしてしまう。今までに受けてきたストレスや、愛すべき人が自分の周囲に満足に揃わないことへの煩わしさ……彼のそんな経験や心的状況が、誤って結果的に暴力行為となり、永遠を傷つけてしまった。


「でもね、そんな事は頻繁じゃない。そう思ったら……あたしは気が楽になった。少し、ほんの少し我慢するだけでいい…………ほんの少しあたしが我慢すれば、いつもの優しいお父さんが還ってきてくれる。


 幸せな時間がまたやってくる、そう思ったら我慢できた。自分を偽るのなんて平気だった」


 そんな発言をする永遠の顔は、口調は、笑っていた。しかし、その笑顔は確実に楽しさからくるものではない。彼女の悲しげな表情を見て、僕は心が痛くなった。目が笑っていない彼女の顔は、苦痛に歪んでいた。


「でも、本当にそれでいいの? お父さんには、優しいお父さんでいてほしいんじゃないの? なのに、永遠は我慢するだけでいいの?」


「いいんだよ……。あたしが頑張れば、お父さんは還ってくるんだもん!! お父さんはあたしを裏切らない! だからあたしは平気だよッ、偽ることなんて簡単じゃない!? 現に学校の先生だってみんなあたしのいうことを全て信じてくれる! お父さんのことを悪く言う人なんて1人もいないんだよ!? これでいいじゃない!!」


 ――いいのか? それで……。いいわけがない。絶対に良くなんか無い。人を傷つけて、自分ではそのことに……自分の愛している人が傷ついているのに、一番近い存在の筈の自分が兄も気付かずにのうのうと生きていることは、絶対のゆるされない。


 ストレスがたまっているのかも知れない、お酒が入っているのかも知れない。でも……たとえ自分がどんな状況だろうと、他人を傷つけることで自分が楽になるような事をしちゃいけないんだ。それが、愛する人ならなおさらだ。


「永遠……もう偽るのはやめなよ。永遠のお父さんがしてることも、永遠が思ってることも互いを“愛す”とは言わない。永遠のお父さんは、永遠を愛しすぎるから永遠を傷つけてる。永遠は、お父さんを愛しすぎるから自分自身を傷つけてるんだよ。


 このままでいてもし悪化でもしたら、永遠は永遠としてはここにいられなくなるんだよ? 永遠は、自分を失ってもいいの? 僕はいやだ。永遠とせっかくこうして知り合うことができたし、仲間にだってなれた。だから、永遠を失いたくない」


 僕は、必死に彼女の目を覚まさせようと訴えかけた。彼女の父親同様、彼女も少し間違った考えに走っていたんだ。彼女を救うには、まず彼女自身が身を寄せる父親から離さなくてはいけない。


 ヤマアラシはジレンマの末に、お互いが傷つかないちょうどいい距離感を保てるようになる。まずは、彼女に距離を保てるようになることから始めなければならないんだ。


「あたしは……」


 ぎこちない返事で、永遠は返してきた。僕はそんな永遠に更に言葉を浴びせた。


「永遠を失ったとしたら、一番傷つくのはお父さんだよ? お父さんがしたことを永遠が受けて、自分自身の気持ちを偽り続けることで、結果的に永遠もお父さんも傷ついて崩壊しちゃうんだよ? それに何より、正直になってお父さんと向き合おうよ!!」


 僕のそんな言葉が効いたのか、永遠ははっとなって僕を見つめた。僕は、そんな永遠に対して、真っ直ぐな瞳で答えた。強く視線を送られた永遠は、押し黙った後に言葉をつむいいだ。


「あたしは……正直でいたい。嘘なんかつきたくない。あたしは……偽りたくない。自分の言葉も、態度も、何よりも自分自身とお父さんを!!」




 やっと……偽りのない言葉が聞けた…………。


 それでいい、僕らは何も偽ることなんて無いんだ。必要ないんだ。


 だって僕らは……仲間なんだから。




いよいよ大詰めです。


永遠や月夜にはどんな運命が待ち受けているのでしょうか……。


なんだか、今回は少し難しいような例え話が多くなってしまいました。月夜の博識ぶりが発揮されて……結果的には良かったかな。




*次回予告*

すべてを知った月夜。

助けを乞う永遠。


果たして、彼らにはどんな結末が待ちかまえるのか!?



感想、評価、意見、訂正たくさん待ってます!!

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