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第67話:First Laugh

 結局、陽泉を捜し当てることはできなかった。李凛と合流した僕は、もう日も暮れかけているということで、その日はさっさと帰ることにした。


 ランドセルを取りに教室に戻ってみると、既に陽泉のランドセルは消えていた。おそらくもう帰ってしまったのだろう……。




「おかしくない……?」


 帰路を進んでいると、李凛が僕に話しかけてきた。


「何が?」


「何がって……陽泉のことに決まってるじゃない。今までいつも一緒に帰ってたのに、なんで今日に限ってこんなにあたしらと関わらないわけ……?」


「確かにね……。今までは用事があっても、僕らに一言ぐらいは声をかけてからだったのに。急にどうしたんだろう……」


「なんだか、今日はおかしなことがありすぎるよ。真札さんの怪我にしても、陽泉の失踪の件にしても……わかんないことだらけだよぉ……」


 李凛は、しゅんとして不安感を募らせていた。僕らは、仲間のこととなると、いつも自分以上だと思うくらいに困ってる仲間のために行動してきた。それほどの仲間思いなのだ。


 特に李凛は、他人のこととなると自分そっちのけで突っ走ってしまうことがある。このまま陽泉が何も話してくれないまま、僕らの前から消え続けたら……きっと彼女はなりふり構わずに行動してしまうだろう。


「だ、大丈夫だよ。陽泉だって今まではちゃんとなんでも言ってくれたんだから、今回だって……何か相談事があるならちゃんと話してくれるさ」


 今はそう言ってあげるしかなかった。李凛が不安がっている、それだけで僕にはあまりいい気分はしなかった。


 ――陽泉は、一体どうしたっていうんだろう……。




 翌朝、僕と李凛はいつも通り一緒に登校してきた。そこで見た光景は意外なものだった。いつも黙っているだけで何もしていない永遠が、今朝はおしゃべりをしていた。しかも、その相手は陽泉だった。


 おしゃべりと言っても、永遠の方はあまり楽しいといった雰囲気ではなく、陽泉の言うことを少し聞き、真剣な表情で何やら言葉を返しているようだった。


 それだけだとしても、僕らから言わせてみれば大きな変化だった。なにせ誰とも話さない永遠が、今はこうして同じクラスの男子と話しているのだ。言葉数が少ないのはまぁ……これからどうにでもなるさ。


「よう、おはよう月夜!それに李凛も!」


 僕らに気付くやいなや、陽泉は僕らの方に手を挙げてあいさつを交わしてきた。その顔には、今までとどこか変わった様子も、昨日どこかに消えてしまっていた余韻も無かった。


 どちらかといえば、楽しくて仕方がないと言った感じで、僕らの登場を待ち望んでいたようだった。一方永遠はというと、先ほど陽泉と話していたときよりも暗みが増した気がした。


 まためんどくさいのが来たか……心を正確に読み取れたとしたら、おそらくそんなことを言っているような顔つきだった。


「おはよう……」


「お、おはよう陽泉……と、真札さん……」


「えッ、あ……おはよう」


 僕と李凛は、よそよそしく2人の方に歩いていき、ぎこちなくあいさつを交わした。永遠の方も、心の底から僕らを拒絶する気配はないようで、ちゃんとあいさつを返してくれた。


「なんだよお前ら……そんなに他人行儀になって……。クラスの仲間なんだからもっと仲良くしようぜ!!」


「陽泉、頭とか打った……?」


 普段より少々高い陽泉の態度に、少し唖然とし過ぎている僕はつっこみ混じりの確認をくわえる。


「失礼だなお前……」


「だって、まぁでも……いいか。よろしくね、真札さん」


「えッ。あぁ……うん、よろしく……」


 僕は、多くの言葉をくわえなかった。ここで彼女と話す気になったきっかけを聞くよりも、陽泉1人だけじゃなくてより多くの人間で彼女を迎えてあげる方が先決だと思ったからだ。


 今まであまり人と話してこなかった彼女を、今ここで否定するような振る舞いをしてはかわいそうだ。


 その言葉を素直に受け取ってくれたのか、永遠は言葉を返してくれた。李凛とも「よろしく」と交わし、僕らは会話を始めた。




「ところで真札さん、さっきは陽泉と何を話してたの?だいぶ真剣に答えてたみたいだけど……」


「あぁ、それは……あなたたちのこと……」


 永遠は、僕と李凛の方を見てそんなことを言ってよこした。僕と李凛はぽかんとしている。


「いやでも、さっきは真剣な顔して反論じみた口調で言ってたじゃない。それはどうして……?」


 李凛はそんな質問を彼女にぶつけたが、永遠はというと無表情のままをキープして再び返してきた。


「だっておかしいでしょう?剣道で全国優勝してた人達が、今は大会にも出る気がない剣道場に通ってるなんて……」


 ギク。


 結構痛いところついてくる……。いや、“剣道”じゃなくて“剣術”なんだけどな……。って、今はどうでもいいか。


「ぼ、僕らはね……剣道のように相手から一本を取って相手を打ち負かしにいく剣じゃなくて、剣術のように自分や大切なものを守るために相手を制する剣で戦ってるんだよ」


「それとこれのどこが違うの……?」


「あ、いや……どこって言われても困っちゃったりするんですけども……」


 普通の人には理解できないだろうな。なんせ言ってることは立派かも知れないけど、やってることは剣道に似ているどころか、下手を打てば剣道よりも大怪我に繋がってしまうから……。


 その証拠に、未だ門下生は僕と李凛と陽泉の3人だけだし……。内輪の人達でやってるお遊び……酷い言い方をしてしまえばそんなことになってしまうけど、それすらも僕たちには強く否定することはできないんだから……。


「でも……」


 微かに開いた永遠の口からは、そんな言葉が聞こえてきた……。


「楽しそう……かも知れない…………」


 彼女は不思議な顔をしていた。まるで、新しい遊びを知った子供のような……わくわくとした気持ちを秘めているような目だった。


 昨日の恐ろしく鋭い目とは、またひと味違っていた。きらきらしていて、長すぎるとの印象を受けた彼女の前髪の向こう側からでも、しっかりと光彩が際だっていた。


「だろ?月夜なんか何年も後輩の俺にさえも手加減無し……こてんぱんにしやがる大人げないやつだよ」


「そ、それは陽泉が手加減無しで来いって言うからじゃないか……」


「そうだよ。それより、陽泉の方がおかしいでしょ。あたしにやってくるときは月夜にやっていくときよりも数倍手加減するなんて。何?あたしをなめてるわけぇ?」


「そ、それは月夜も同じだろッ!?」


「だ、だって……李凛は一応女の子なんだし、顔にアザとかできちゃったら大変だろうと思ったからで……」


「あ〜〜〜〜!!今、一応って言ったぁ!!一応って何よッ!悪かったですねぇ、女っぽくなくて!!」


「い、いや……そういう意味で言ったんじゃないんだけど……」


 なんだか、収拾つかなくなってきたな……。僕の余計な一言で李凛は収まりつかないし、それをしてやったり顔で陽泉がにやにやしてるし……。


「ぷっ」


「「「え……?」」」


 僕らの、恥ずかしいくらいに子供じみた言い争いの風景を見て、なぜだか永遠が笑い出してしまっていた。


「いや、ごめんね……。だって……あなたたち、お互いのことが悪いように好き勝手言ってるけど……要はお互いのことを思っているってことでしょう……?」


 ――確かに……。


 そんな思いが3人の中でシンクロした気がした。気付かされて3人で赤くなっていると、永遠はお腹を抱えながら低く笑い出した。


「ふふふ、あははは……」


 恥ずかしいという感情がある中で、永遠のそんな笑顔は、今までのように険しい表情とは違い……僕らと同じ普通の女の子だった。


「やっと……笑ったね」


 僕が静かに言うと、今度は永遠が「はっ」として、顔を下げて赤くしてしまった。先ほどの笑顔と同じく、こんな彼女の顔も初めて見た。


 彼女にも、感情の起伏があったことに少々驚きながらも、僕らは、初めて見せる彼女の笑顔に満足していた。




 今まで、人と交わることをほとんどしてこなかった少女――真札永遠。


 彼女は今、新たな一歩を踏み出したのだと思った。友達と話し、楽しげな毎日を送っていく……。これからそんな毎日が始まるんだと……ただ、そう思っていた。


 でも、この時は忘れてしまっていたのかも知れない。一昨日に負った体の傷……そして、事実とは不自然に一致しない真実のことを…………




永遠と出会い、知り合い、話し、共に笑う。


月夜たちは不思議にもこうして他人を気遣ってしまう性格です。


自立していて、私自体、羨望の眼差しで彼らを見ていますけれども……。


見習いたいですね……。



*次回予告*

正直になるって何?

自分らしくってどんなふう?

ぶつけられる疑問、生きることの意味、それらが交錯するこの世界で、彼らが導き出す答えとは……。


『偽ることで……幸せになれるなら…………』



感想、評価、訂正、意見などなど、遠慮はご無用です!

そりゃあもうどばどばとどうぞ!!

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