表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/82

第62話:僕のお嬢様

「こ、これでいいの……?」


 自分の部屋で着替えを終えた僕は、おそるおそる居間に舞い戻ってみた。そうすると、李凛と未来ちゃん、永遠、陽泉が一斉にこちらの方へと振り向いて感嘆の声を上げた。


「「「「おぉ〜〜〜〜〜!!」」」」


「な、なんですか…その天然記念物を見るような目は……」


 そんな引きつった笑顔と共に発した言葉に、みんなはにっこりとした笑顔で返してくれていた。


「だって……なぁ」


「なんか、似合うっていうか……そんな服もいいんじゃない?」


 陽泉と永遠はそんなことを言っている。ダークスーツのような出で立ちで、シックに決めているが、どこかビジネススーツのような緊張感も供えている……そんな服が似合うと言ってくれるのなら喜ぶべきなのだろうけど。


「月夜くん……すんっっっごく似合ってるよ!!」


 未来ちゃんは手を胸の前で組み、きらきらとした瞳でこっちを見てくる。そんな王子様に憧れる少女の顔なんかされたら、無条件で顔が赤くなってしまうわけでですね……。


「あ、ありがとう……」


 少し笑顔をほころばせながらそんな風に返すしかなくなってしまいます……。


「よし!これで雰囲気も整ったことだしッ」


 一声で何やらやる気みたいなものを注入した李凛は、立ちつくす僕の前まで来て、僕の方を真っ直ぐ向いて手の甲を差し出してきた。


「月夜……疲れた」


「へ……?」


 言ってることがよくわかりませんけれども。「そうなんですか」と返すくらいしか思いつきませんけれども。っていうか、その差し出された手はなんですか……。


「もう、月夜ってばわかってないなぁ…。お嬢様が疲れたって言ったら席までエスコートするのが常識でしょう? 執事として」


「そうなの?」


「はぁ……やっぱ全然わかってない」


 そう言われてただ黙って立っているわけにもいかず…とりあえず僕がわかる限りで最大限のご奉仕をしようと思い、李凛が差しだしてきた手を取った。


「え……?」


 急に執事らしい行動に出た僕に李凛は驚いたのか、ぽかんとしていた。そして僕は膝を折り、片方を床につけ、李凛の方へとゆっくりこうべを垂れた。


「承知しましたお嬢様。私が席へとお連れさせていただきます」


 これでいいんだろうか、と思いつつも流れるままに台詞を出してみた。すると気のせいだろうか、周囲の空気が多少なりとも静まった気がした。これは……なんですか?執事っぽくして悪い流れでしたか?


 改めてみんなの顔色を見てみると、しらけると言うよりも唖然としたかのような眼差しだった。そんなに今の行動が意外だっただろうか。それとも僕の執事としての話し方が超下手だったか、あるいは超上手かったかのどちらかなんだろうけど。


「う、うん…じゃあ……案内して…」


 李凛もみんなと同じような顔をしていた。それでも精一杯お嬢様らしくしようとしているのが窺えた。


 再び「承知しました」というと、僕は李凛の手を放さずに立ち上がり、李凛の横についてもう片方の手で彼女の腰をおさえた。こんな感じでいいんだろうか。


「いいなぁ…」


 2人並んで歩いていると、未来ちゃんが小声でぼそっと言っているのが聞こえた気がした。未来ちゃんも女の子だもんな。『お嬢様』という存在に憧れるのは当然かも知れない。でも今僕は李凛の使いの者なわけです。


「なんか、雰囲気が変わった気がする……」


「だよね、執事の霊でも乗り移ったのかな」


 陽泉も永遠もこの状況に勝手なことばかり言っている。周囲の人から見たらやっぱりおかしい光景だろうか。いや、急に人が変わったようになってしまえば当然なのか。


 とりあえず李凛お嬢様を椅子に座らせた僕は、彼女の横に立ち、これからどうすればいいのかを考えた挙げ句……


「み、皆様もどうぞお掛け下さい……」


 そう言って周囲を巻き込むしかできなかった。でも、みんなだってこんな2人のやりとりを黙って見ていたって楽しいわけがないだろうし……。僕が声をかけると、みんなはそれぞれテーブルの椅子に座り、黙り込んでいた。仲間内の1人がこんな変なことやっているのだから何を言っていいのかわからないのは当然だろうけど。


「月夜……喉渇いた、紅茶を頂戴」


 李凛が急に命令してきた。少しはお嬢様らしくしようという態度が口調に表れている。なんだかおかしかったけどお嬢様の言動に笑っては執事の雰囲気が壊れる気がして、僕は必死にお腹の奥底で笑いを抑えていた。


「しょ、少々お待ち下さい」


 そう言うと僕はキッチンに向かい、あまり使っていないティーカップを4つ取り出して紅茶を湧かした。


「こんなふうに気を遣われるのもたまにはいいねッ」


 李凛は満面の笑みでみんなにそう告げた。


「しっかし執事にさせるとは……李凛の中にも乙女心ってもんが、少しは残ってたってわけか?」


 陽泉はまたからかい始めた。そのうち李凛にどつかれるという結果は見えてるんだから、いい加減やめればいいのに……。


「う…………」


 しかし、李凛はあくまでお嬢様気分でいたいのか、陽泉の言葉に乗らないように我慢しているように見えた。すると、今度は永遠が口を開く。


「そうからかってあげるな、陽泉」


「そうだよぉッ、女の子の夢を否定すると馬に蹴られて死んじゃうよ……?」


 こういうとき、女の子というものは何故か自然にお互い協力してしまうモノで……。陽泉は突然の集中攻撃によって少々面食らってしまった様子だった。


 それにしても、未来ちゃんの使ってる言葉はちょっと的はずれじゃないかな。未来ちゃんってたまにこんな天然な時がある。いつもは……いや、頭は確実にいいんだけどそれをあまりに地上で表に出さないというか……やっぱり天然ということなのだろうか。


 ちょっとずるいような気がする。いや、あの……一般的に言う萌え要素ってことなのかな。


「どうぞ、お嬢様、皆様」


 そうこう考えている内に、僕が入れていた手元の紅茶はもうできあがっていた。それを、あくまで執事を振る舞ってテーブルに着いているみんなに出してみた。


 それにしても、李凛って紅茶なんか飲むっけ……?まぁ、どうでもいいけど。本人が紅茶を飲みたいって言ったんだし。


「ん、おいしぃ〜」


 未来ちゃんがそう言ってくれた。結構こだわってるつもりもないのだけれど、そう言ってもらえるとやっぱり嬉しい。料理を作ってみんなに振る舞ったときと違って新鮮な気分がした。


「いやそれよりさ、月夜はいつまでそうしてるつもりなんだ?」


 陽泉が尋ねてきた。あくまで女の子の夢というものをわからないらしい。その一言で女の子というものは結構気分が損なわれてしまうものだ……ということを、さっきの会話を聞いてる限りではそうなのだと思った。


 せっかく自分に使えてくれている執事が、いつも生活している“緘森月夜”ではないということに慣れてきたのに……せっかく自分がお嬢様という立場に立っているということを実感し始めたのにそれを折られるというのはあまり気持ちのよくないことなのだろうな。


「いえ、ただ私は……お嬢様が望むならどこまでもお伴する覚悟でございます」


 そんな夢見る女の子の気分を害さないように、一所懸命に笑顔で答えた。


 いや、なんだかんだ言って、自分でもなんだか楽しくなってきただけなのかも知れないけど……。


 それでも、李凛は僕の言ったことを素直に受け止めてくれたようで、嬉しそうに口をゆるませていた。なんだか頬を赤く染めていたけどなぜなのだろう……。




 それからしばらく経って、僕も少し混じりながら談笑していた。やっぱり気兼ねなく接せられる仲間と、こうして話して笑い合える時間というのは良いものだ。なんだか騒がしいだけの1日だったのかも知れないけど、それが最高の日常出逢うことを実感させられた日だった。




「わざわざ送ってくれなくもよかったのに……」


 李凛にそんなことを言われつつも、僕は放課後にはいつもそうしていように、李凛の家の前まで彼女を送っていた。彼女の家はお隣と言っても、こんなド田舎といったら家と家との距離がだいぶあるもので。実質、李凛の家に行くにしても多少歩かなくてはならない。


「いいえ、お嬢様をお一人で歩かせるわけにはいきません……それに、どこまでもお伴すると言いましたから」


 そんなことを言いながら歩いている僕は、未来ちゃんが帰ったにも関わらず、まだ執事コスをしていた。


 まぁ、彼女には「洗って返す」と言っておいたし、僕の着替えのために李凛を待たせておくのも悪いからこのままで来ちゃったんだけど。


「まったく、おもしろがっちゃって……。でも、なんだか楽しかった」


「そ……左様でしたか? そう思っていただけたなら、嬉しい限りです」


「そのままずっといて欲しいって言ったら……どうする?」


「え……?」


 向き直った李凛の顔は、ちょっと茶目っ気があるものの……瞳の奥にあるものは、本当にそれを願っているようにも見えた。だから、僕にはそう反応していいのかがわからなかった。


「き、急にそんなこと……言われても……」


 僕は戸惑い、必死に言葉を繋げることしかできなかった。


 だって、彼女の言っていることはつまり“一生あたしのそばにて下さい”ということになるのだから……。そんな急に、告白まがいなことをされても……僕は目を必死に泳がせていた。




“李凛はなぁ…お前のことがずっと前から好きだったんだぞ!”


 親友のそんな言葉が脳内をよぎった。あんなに厚くなった陽泉は初めてだった……。いろいろなことがあっったせいか、陽泉の言葉を聞いたのが結構前のことのように思える。けど、李凛の想いは変わってはいないのだろうな……。


 ただただ、僕は眉根を寄せていいのか、それとも唖然とした顔でいていいのかわからなかった。


 そうやって言い淀んでいると……


「ぷっ」


「へ……?」


「あはははは。冗談だよ月夜〜ッ。そんなに真剣に考えなくてもいいって、それに、口調がいつもの感じに直っちゃってるし〜」


 ――やられた。もしかして、あの瞳の奥の意思も演技だったんだろうか。でも、結構真剣だったようにも感じた。


 でも李凛はあくまで冗談だと言っているようで。


「ひ、酷いですよお嬢様……私のことをお騙しになるなんて……」


 ――お騙しってなんだ?


「“お騙し”って……月夜、ちょっと焦り過ぎじゃなぁい…?」


「う゛……い、いけませんよお嬢様。ひ、人を瞞着まんちゃくなさるのはよくありません……」


「瞞着ってなに…?」


 自分でも似たようなことを思った。よくもそんな言葉がすんなりと自分の口から出てきたもんだ。


「クス…。でもね、楽しかったのは本当だよ。それに……なんだか今日の落ち着いた雰囲気の月夜……格好良かった」


「そ、そうかな……」


 照れてしまった。大人の雰囲気が似合うってことなのかな……?でも、褒められたのは事実だと思うし、冗談じゃないことは李凛の口調からわかった。素直に嬉しかったんだ。


「それでね……ちょっと、お願いが……」


「お嬢様のお望みなら……何なりと」


 ちょっとこわい気がしながらも、僕は彼女のお願いを聞いてあげることにした。


「こうして、家に着いたわけだし……ここは、“おかえり”なんても言われたいわけで……」


 まぁ本当は、執事といえば一番に思いつくような言葉だもんな、あれは……。そんな夢見る女の子の願いを、僕は叶えてあげるため、彼女の手を持ち片膝をついた。


 本当はこんな格好で言う言葉じゃないことはわかってる。けど、執事はお嬢様のために忠誠を誓わなくてはいけないのだ。僕が思う忠誠の誓い方というのはこんなものしかなくて……握った彼女の手の甲に唇を触れさせた。


「な!?えっ!!??」


 当然李凛は驚いていた。いきなり口づけをされたら誰でもこうなるだろうな。しかし、僕はそんな彼女のことにも構わず、自分なりにとびきりの爽やかな笑顔で声をかけた。




「お帰りなさいませ、お嬢様……」




月夜も結構芸達者な人ですね。

コスが似合うという設定は今まで無かったですからちょっと最初戸惑いましたね。

李凛が本当にお嬢様になったら……多分わがままで世間知らずになっちゃうと思いますけど。

李凛のお嬢様コスもできたら、いや主要キャラみんなが出来たらいいと思います。




*次回予告*

月夜たちは学校へ……そこに待ち受けるのは、補習か、人影か…

李凛や未来を襲うものとは!?



感想、評価、訂正などなど聞けたらこちらもうれしいです!

是非ください!!……何でもいいんで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ