第58話:禁断
僕の家に集まって冷しゃぶパーティーをした後の昼下がり。暇をしていた僕らの目の前に陽泉が広げたボードゲーム“コマンド双六”。僕らは、みんなで盛り上がれると思い、喜んで取り組むことにしたのだった。
「こ、コマンド双六って……」
陽泉が広げた双六を見た瞬間、李凛は顔を引きつらせながら盤を見つめていた。どうやらそのゲームを知っているようだった。買った本人の陽泉といえば、李凛とは逆にぽかんとした顔をしていた。
「ま、まさか陽泉…知らないで買ってきたの?」
「いや、今大人気の盤上ゲームだって聞いたからよ。まずかったか?」
「まずいなんてもんじゃないよ…そのゲームはね……恐怖と戦慄のゲームなんだよ」
李凛は自分の言葉にそうやって幕を閉じた。そうなんだろうか…。双六の入っていたパッケージのファンシーな絵から想像するに、そんなに恐そうにはとても見えない。
みんなの頭上に疑問符が浮かぶ中、李凛は更に説明にかかった。
コマンド双六――盤に備え付けられている1〜6までのルーレットを回し、コマを進めていく。マスの数自体はそう多くないが、止まったマス毎に異なる命令が下される。プレイヤーは、その命令に逆らうことは許されない。もし破るといった禁忌に触れてしまった場合…盤の裏にある世にも恐ろしい罰ゲームを受けることになる。
誰かがマスに止まる度に、プレイヤー全員は番号のふられたクジを引き、“2番が3番をはたく”などといったような王様ゲーム感覚の命令が双六のマスより下される。
つまり、マスに止まったプレイヤーのみが命令を受けるわけではない。逆にいえばプレイヤーの誰でもに命令が下る危険性があり、下手をすれば命令が下る常習犯となる。
王様ゲームの場合、命令を下すのは王様だ。だがこのゲーム…王様は双六そのものなのだ。
「や、やってやろうじゃねえか…」
陽泉は、李凛の説明を聞いて少し冷や汗をかいていたが、威勢だけはいいようだった。しかし李凛は、そんな陽泉になおも諭すように語った。
「や、やめといた方がいいよ…きっと後悔する……」
李凛はまるで、冒険に出る勇者を止める母のように目が虚ろだった。その言葉に永遠も乗っかっていった。
「ほ、ほら…李凛もこんなに言ってるんだからやめてあげたら?」
「ほぅ。永遠…もしかしてびびったのか?」
「そ、そんなわけないでしょ!!」
「じゃあ〜…できるよな?せっかく勝ったゲームなんだし、俺が秒殺してやるよ!!」
「わ、わかったわよ!その勝負受けて立とうじゃない…後で泣くことになっても知らないからッ!!」
李凛がため息をつく中。コマンド双六開催決定が宣言された……。
盤を囲んでみんなが座る。順番は、陽泉→李凛→未来ちゃん→僕→永遠の順だった。
「なぁ…」
少しばかり重苦しい空気を感じながら、陽泉はみんなに話しかけてきた。いざ始めるとなると急に悪寒が来たらしく、陽泉の額には冷や汗が滲んでいた。
「ど、どうしたの?」
僕が訊くと、陽泉はある提案をみんなに出してきた。
「初めにさ…盤裏の罰ゲーム……ちょっと覗いてみないか?」
僕らは、この先に起こる試練をドロップアウトしたらどうなってしまうのか。それを確かめることは、このゲームをいち早く統べるための士気に関わると思ったため、全会一致で裏をそ〜ッと覗き込んだ……。
その文字を見た瞬間…その場で見た全員の顔から血の気が引いた。
「や、ヤバイだろこれ!!」
陽泉の大声――
「だ、だから言ったでしょ!!」
李凛の怯えるような声――
「こ、こんなのできないよぉ…」
未来ちゃんの絶望する声――
「……」
顔面蒼白で言葉が無くなる永遠――
そして僕の悲壮な思いが部屋中を包み込んだ……。
“一、本屋で立ち読みではなく、立ち朗読をする。店員に注意された時点で終了。
二、コンビニへ行き、お菓子、鉛筆、新聞を買い、「これ、温めてください」と言う。
三、妻、家族、あるいは好意を持ってる人の内誰かの顔写真を100円ライターで燃やす。”
惨い。惨すぎる…。1と2で本人の周囲からの信頼と人間性を一気に崩壊させ、最後には…自分にとって最も大切な人と自分の両方への精神的ダメージ。
こ、このゲーム…鬼だ。
一同から声が無くなって数分後…ゲームは開始を告げた。
トップバッターは陽泉。もう意を決したようで、盤上ルーレットの中央部分のつまみを持ち、一気に時計回りに回転させた。
“からからからから”
乾いた音を立てながらルーレットは周り、僕らはごくりと喉を鳴らしながら行方を見守る……。そして、ルーレットは止まり、示した数字は…5。
「よ〜しまずは好スタート!!このままゴールに突っ走るぜ!!」
そう言ってかつかつとコマを移動させ、5つ進んだマスに止める。よく見ると、どのマスも白い。命令なんてどこにも書いてないように見えたが、マスには白いシールが貼られていて、プレイヤー全員の番号がクジにて決まったら捲るらしい。
「じ、じゃあ…クジひこうぜ」
陽泉の手には5本の箸。その箸にはそれぞれ1〜5の番号がふられている。そのクジをそれぞれが手に取り、番号を確認した時点で――命令が…下される……
“4番と5番が距離2センチになるまでポッキーゲーム”
何…これ?
「「えぇ〜!!」」
一気に2つの絶叫が聞こえてきた。李凛と永遠のものだった…。どうやら2人が規定の番号の“4番”と“5番”らしい…。それにしても……
「ポ、ポッキーゲームって…大体、ここにポッキーなんてあるのぉ?」
李凛は引きつりながら言い放った。確かに、僕の家にポッキーのストックはないけど。と思っていると、陽泉が自分の買い物袋をひっくり返し、ばさばさと中の荷物を床に散らばらせた。
「ポッキーならこの中にあるぞ。このゲームで使うと思ったようなものは大概買ってるから安心しろ」
自分に命令が下らなかった安堵感からなのか、陽泉はさっきまでとはうってかわってパァッとした表情でにたにたしていた。
「「いゃぁぁぁぁぁ!!」」
李凛と永遠は同時に頭を抱えると、声も仕草もシンクロして頭をブンブン振りながら悲鳴を漏らしていた。
「わかったよぉ…」
そう言うと李凛はポッキーの箱を開け、煙草をくわえるようにしてポッキーのチョコが塗ってない方を唇にそっと這わせた。緊張してる李凛の吐息で、ポッキーの菓子部分が微かに湿っぽくなったのがわかった。
「さぁこい!永遠!!」
「な、なんであたしからいかなきゃいけないのよ!!」
「だってくわえちゃったんだから永遠から来ないとダメでしょ!!」
「だからってあたしから近付いていくのなんて無理!!なんだか恥ずかし過ぎる!!李凛からきなよ!!」
「やだ!永遠から!!」
「いや!李凛から!!」
「永遠!!」
「李凛!!」
「…いっそのことどっちも距離詰めていったらいいじゃ〜ん……」
「「陽泉は黙ってて!!!!」」
そんなやりとりの後、2人とも意を決したようで…。李凛と永遠は、お互いにポッキーの端をくわえて顔をつきあわせた。いよいよもって2人の自分自身との戦いが始まった。
今まで唇でくわえていたポッキーを、李凛は口の中でポリッと砕いた。その衝動を受け、永遠の唇が揺れる。
どうやら李凛も永遠も、お互いの唇が触れ合うことを回避するため、少しずつゆっくり慎重に距離を詰めていくようだ。
しかし、お互いにゆっくりと確実に距離は詰められていく。李凛も永遠も緊張で息が荒くなる。目が虚ろになる。鼓動が高鳴る。
さらにはお互いの息で湿ってしまったポッキーのチョコ部分がいずれ水滴となり、チョコを半液状化にまで仕上げた。
つーっと棒菓子の上を滑る水滴が、永遠の唇へと付着し、浸る。
「ふひぃッ」
怯えたような声を上げるも、永遠はここでやめるわけにはいかない。
お互いの距離がだいぶ近づいてきた時、陽泉によって終了の合図が下った。
「2センチ。終了!」
李凛と永遠は、安堵感から体の力を抜く。しかし、力を抜きすぎた李凛は、一瞬の隙によってバランスを崩してしまう。
ポッキーがポキッと折れ、2人の唇は2センチ以上に接近する。李凛も永遠も目を見開いてゆっくりと人影が重なっていった。
「「んんーーーー!!」」
シンクロした2人の悲鳴が聞こえた先を改めて見やると…李凛は必死に体をねじって唇をそらし、頬が擦れあって2人並んで尻もちをついていた。
「「あ、危なかったぁ…」」
なおもシンクロ率100%を切らない2人…。どちらも相当の疲労感が降りかかってきた様子で、周りの僕らでさえも…緊張感の糸から解放されて急に安堵感と疲労感がこみ上げてきた。全員でため息まで吐いてしまう始末……。
そして、後で聞いた話…この命令は、10レベル中のレベル3だという……。
僕らは…これからどうなってしまうんだろう。
ついに始まりましたね……。
こんな鬼のようなゲーム見たことありません。っていうか、見たことないからこそのものなんですけどね。
さて、まだまだゲームは始まったばかり!今度はどんな命令を下しましょうか。
*次回予告*
限界ギリギリでの禁断遊戯。
月夜たちは、果たしてこのゲームをクリアできるのか!?