第57話:エデン
ヒマです…。
そうです、ヒマなのです。
今日は…というよりも結構前から夏休みに入っています。なのにいろいろあり過ぎて、休むという作業をしていないことに気付きました。
僕としても、1日くらいはのんびりと過ごしたいものです。というわけで…今日は久しぶりにただひたすら寝てみました。就寝が昨日の午後11時。そして起床したのが午前9時。……そして二度寝。
気がつけば午前11時になっていて、さすがに減ってきたお腹に満足感を与えようとキッチンを目指した。
何もない…。冷蔵庫を開けてみても何もなかった。
「…………面倒くさいなぁ」
そういえば昨日は残り物を使ってぱぁーっと食べてみようという事態に至ってしまったわけで…。朝食もすっぽかしている僕からしてみれば、今はぱぱっと簡単に作ってまったりと食べたいという欲望の方が強くあった。
これから買い出しに行くのは辛い…。だからといってこのまま昼食まで抜いてしまうというのも苦痛以外のなにものでもない。
何も入っていないという真実をめいっぱい見せつけてきた冷蔵庫を、ため息混じりに見やりながら、僕は少しの希望を持ちながら…まだ開けていない上の方の扉、冷凍庫の方を開けてみることにした。
あった!
「……でも、これ食べて満腹になるものか…」
そこにあったのは、絞り出し、まるで飲むかのような感覚で味わえるという魅惑のアイス“クー○ッシュ”があった。
この前ノリで買ってきたような買ってこなかったような…。いや、あるって事は買ったのだろう。
僕としては、あまり甘いもので食事を成立させるというのは少し気が引けたけど、なんせ空腹時だ。今の僕にとっては、そんなおやつのバニラアイスも満漢全席並みのごちそうに見えていた。
「あ、ありがとうございますッ」
思わず、こんな幸福を与えてくれた神様にお礼を言ってしまった。
早速そのアイスに手を伸ばし、補給口を開口しようと華麗にキャップを親指で反時計回りにはじく。ぐるぐると回転し、爽やかパラダイスへの螺旋階段を駆け上がるキャップが自由を得たとき、一気に口元へ運んで液状アイスを口内へ注ぎこむように首をのけぞらせた。
…………あれ?爽やかパラダイスが来ない。一度冷静になり、僕は改めて冷たいアイスの容器を確かめた。
ま、まずいッ。このアイス…少し溶けないと食べられないんだった!!
アイスはさっき冷凍庫から出したばかりのキンキン状態…。ここまで固まってしまってるアイスが細い口の部分から出て来られるわけがない…。
僕はうなだれて、がっくりと肩を落とした。しかも、アイスを食べることだけにこんなにムキになってしまった自分が急に恥ずかしくなった。その上わけのわからない疲労感まで味わう始末…。
ゾンビのようによろよろとした足取りで、台所の椅子に座り、両手で一生懸命アイスを握りしめながら消沈していた。
「はぁ…なんか疲れたな」
未だぷるぷると震わせて両手に熱を送り込む僕は、そんなふうにがんばっている両手とは違い、すっかり心刃に伏したいほどの絶望感にかられていた。
「こんなに面倒くさいと思うこと日もあるんだなぁ…。あぁ…こんな時、お手伝いさんでもいてくれたら楽でいいんだろうけど」
叶うわけもない望みを頭に浮かべ、いつの間にか声に出てしまっていた。
「どうしたんだよ、そんなにへたれこんじまって……」
「具合でも悪いの?」
「大丈夫…月夜くん?」
「体調を崩すのだけはやめなさいよ、迷惑するのはこっちなんだから」
あぁ、空腹も限界に近付いてきたせいか……いつもの仲良しメンバーの声がする。どうせなら、陽泉も李凛も未来ちゃんも永遠も…実際にこの場に来て……ついでに食材でも持ってきてくれればいいのになぁ…そんな情けない考えを持ちながらボーッとしていた。
「ほ、本当に大丈夫…月夜くん?」
ふいに視界へとフェードインしてきたのは、心配そうな表情をした未来ちゃんだった。
「……ッ!なッ!?なんで未来ちゃんがここに!!??」
未来ちゃんの顔が見えてしばし脳の回転が止まっていたが、目の前の光景に一驚した僕は椅子から飛び上がった。
「失礼なやつだなー、さっきからいたよ。気付けって…。何度呼んでも出ないし」
陽泉も、李凛も永遠もいた。しかもなんだかみんな両手いっぱいのビニール袋を持って。
「みんな、今日はどうしたの?」
冷静になったところで、僕はみんなに質問をぶつけてみた。
「なんかね、最近みんな剣術とかでいろいろ忙しかったでしょ?だからたまには騒ごうよ、って話になって」
「ま、李凛がみんなにそう言って回っただけなんだけどね」
「う、うるさいなぁ永遠。結構乗り気だったくせに〜」
「そ、そんなことはないッ。李凛や陽泉をそんなふうに構わないで騒がせておいたら、周りが迷惑するだろうと思っただけだよ」
「なんでそこで俺が出てくるんだよ…」
まぁ、李凛や永遠が説明するにそうらしい…。まぁ、僕の家に上がりこんできたって事は、僕に参加の有無を問うことはないんだろうな。なんだか勝手だ。半ば苦笑していると今度は未来ちゃんが説明に入ってきた。
「それでね、まだお昼前だし…なんだか今日は暑いしで……。だから、みんなで冷しゃぶをしようってことになッたんだぁ!」
無邪気な笑顔で僕に訴えてくる。ひまわりみたいな彼女の笑顔に圧倒されながらも、ちょっと赤くなってしまったのはなぜなんだろう…。き、きっと暑いからなん…だと、思う。
とりあえず、腹ぺこで困っていた僕にはとてつもなくラッキーな知らせだった。さすがは気心の知れた仲間…僕は感動しつつ、みんなと一緒に準備をした。
「よしッ、とりあえずはこんなもんでいいだろ」
陽泉の声を幕切れに、冷しゃぶの準備が整った。そして各が椅子に着き、みんなで息を合わせていった。
「「「「「いただきまーすッ!」」」」」
冷しゃぶパーティーが始まった。
「よ〜し食べるぞ〜!!」
李凛は威勢のいい声で、大皿から大量の豚肉を一気に箸へと通した。李凛の芸術的技術により、豚肉が、なんだか物干し竿に天日干しした布団のようにかかっていた。
「あ、李凛…それは持っていきすぎだよッ」
そんな李凛へ、僕は注意をしたが、李凛は一向に聞き入れる様子が無く…次々に豚肉を貪っていく。
まずい、これでは僕の食べる分が無いッ。このために(じゃないけど)お腹をすかせておいたんだ。今は満腹感を何よりも欲しているんだ。そう思って僕も、李凛に負けないスピードで箸を動かした。
「やるわね月夜。私の剣技(?)についてくるなんて!!」
「ふっ、僕だって怠けていたわけじゃないッ。こんな事もあろうかと修行した(?)甲斐があった!!」
白熱しすぎて意味のわからない会話が混じっていた気もしたけど…その後永遠に厳重注意を受けることで、僕らの勝負は終焉を迎えた……。
「あぁ〜、面倒だな…。それ〜!!」
今度は何を思ったのか、李凛は大皿にあった豚肉全体にポン酢をだばだばとかけ始めた。
「「ああぁ〜〜〜!!」」
そんな光景を見て、陽泉と永遠が喉元が破けるんじゃないかと思うくらいに絶叫した。そして2人揃って李凛に勢いよく指さして、それぞれの意見をぶつけた。
「李凛!!お前何やッてんだぁっ!!」
「そうよ!冷しゃぶといったらドレッシングでしょ!!なんでポン酢なんかかけるわけ!?」
「いいじゃん!!ポン酢の爽やかな酸味で、夏ごと暑さを吹き飛ばそうっていうあたしの考えに不満なわけ!?」
「あったり前でしょ!!」
「あったり前だろッ!!」
あの、3人とも…。僕はそんな言葉さえ出せずにやりとりを見守ってしまっていた。いや、それに夏ごとって…。季節を無視しちゃうのは環境的に良いことなのでしょうか……。
そんなつっこみはどうでもいいとして、3人の言い争いを、僕も未来ちゃんも呆然として見てるしかなかった。
「あの、未来ちゃん…。僕らは野菜でも食べてようか……」
ポン酢浸しになってしまった豚肉たちを見て…それに何より子供じみた論争を見ていて一気に食欲が失せた気がした。
「そ、そうだね…。野菜も食べなきゃだよね、野菜も…………」
呆れた口調で未来ちゃんも続いてきていた…。どうやら、ポン酢でもドレッシングでも良い派は、こんな時手持ちぶさたになるようだった…………。
「「「「「ごちそうさまでしたぁ〜!!」」」」」
騒がしすぎるくらいの昼食を終え、後片付けも済ませた後、僕らは居間でのんびりしていた。
「ヒマだねぇ…」
李凛がふいにそう言うと、何かを思い出したかのように陽泉が、自分の持ってきていた荷物袋をがさごそとあさっていた。
「あったあった」
陽泉はそう言うと、何やらボードゲームのような大きな箱を取り出した。
「コマンド双六ぅ!!」
うわぁ〜…なんかいきなりテンション上がってる…。まぁ、双六なら楽しそうだしいいか。
そんな安易な考えが仇だった。
そのゲーム“コマンド双六”(直訳:命令する双六)は、とんでもないものをもたらしていきました…………。
久しぶりにコメディ路線です!コメディらしくなると月夜の性格が若干おかしくなるのは見逃してください…。
次話ではあの国民的ゲーム“コマンド双六”の登場です!!
そこ、知らないとか言わない!!
*次回予告*
僕には解らない…。
どうしてこうなってしまったのか。
誰もが次の“命令”におびえる中、月夜は意を決し、ルーレットを廻す……