表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/82

第55話:舞い戻る天使

 僕は10歳の時を思い出しながら、日和ちゃんの眠る墓地へと向かっていた。僕の数歩後ろには、事情を話してあった未来ちゃんがついてきている。


 陽泉は、元気を取り戻したあの後から、別人のような雰囲気をかもし出すようになった。どこがどう違うのか、といわれるとなんとも言えない。でも、以前よりはどこか…控えめになったのだろうか。いや、大人になった…と言う方が正しいのかもしれない。


 とにかく、僕も李凛も陽泉も悲しんでいる場合じゃないことに気付いた。だから、日和ちゃんの存在は忘れないけど、挫けずに明日を見据えようと決めたのだった。


 でも、日和ちゃんの死にショックを受けたのは僕らだけではなかった。


 日和ちゃんが亡くなって数日後、休みとなっていた観籍道場を、師範は畳むことを決意した。僕も、李凛も、陽泉だって猛反論した。声がこれ以上出なくなるかと思うくらいに叫びまくった。


 師範は、道場からの帰り道でこんな事故に遭ったんだから…そう言って僕らを説得しようとした。どうやら、責任を感じてしまったみたいだった。当時の僕らには、そんなこと言われてもわからない理由だったけど、どうやら大人の事情というものは…そう簡単に割り切れるものではないらしい。


 しかし、僕らは通い続けた。道場廃止という言葉を聞いた門下生は…いつしか3人だけになってしまっていた。でも、師範はその3人の門下生を見捨てることはできないようだった。


 僕らが通い続けること2週間ほど。道場は、『剣道場』としてではなく、『剣術場』として開かれることとなった。


 剣道――それは相手を倒すため、傷つけるための剣。


 剣術――それは己を守り、己の大切なものまでをも守るための剣。


 師範は、今回の日和ちゃんの件で、剣道では…相手を傷つける剣では何も生まれないと思ったらしい。だから、己の大切なものを守るための剣…日和ちゃんという守れなかったもののためにも、僕らはその力を鍛えなければいけない。そう感じた。


 しかし、そんな信念を立てても門下生は増えることはなかった。それどころか、「何が剣術だよ」、「あんな危なっかしー剣なら、逆に怪我人が増える一方だろ」…。


 そんな言葉を耳にするばかりだった。でも、それでも僕らは構わなかった。いくら他の人に理解されなくたっていい、たった3人だけの門下生だっていい。僕らは、僕らの信念を貫くのみ、そう心に誓った。


 そして今、ここに至っている。





 墓地に着いた。日和ちゃんのところに行くまでにはそう遠くない。だから、僕らには日和ちゃんの墓前にいる人影が誰だかわかった。あれは、紛れもなく陽泉だった。


 陽泉もこちらに気付いた様子で、こっちを見て口角を軽く上げていた。僕と未来ちゃんは、墓に向かっていった。


「峰水までご一緒とは…仲睦まじいようで結構ですなあお二人さん」


 陽泉の口調には、どうやら暗い気持ちにはなっていない様子が反映されていた。相変わらずだな、と思いながらも僕は何も言い返すことができなかった。


――偶然そこで会った。


 そういうわけでもない。


――一緒に連れてきたかった。


 そんなことをしたって意味がないし、そんなことを言ってしまえば僕らが恋人みたいな扱いをくらう。


――僕の家にいて、さっきまで膝枕してもらってました。


 確かにそうだけど、こんな状況で言えないし…。それに何よりも恥ずかしい。


 結局、沈黙するしかなかったわけだ。


「はぁ、気の利いたジョークで返すこともままならない状況だったのかよお前ら…」


 簡単に見透かされてしまった。心を読まれたようでなんだか悔しい。けど、あながち間違ってはいない推理に、僕も未来ちゃんも…結局は紅潮した顔色で答えてしまった。そんな2人に、なおも陽泉は呆れた様子で言ってくる。


「仲が良いのも結構だけどな、あんまり見せつけちまうと日和こいつが化けて出てくるかもよ…?」


 いじわるな笑いをいっそう浮かべて冗談を飛ばしてきた。


「いくら僕のことを好きだからといて、怨念を持ってくるような迷惑なことを日和ちゃんはしないよ」


 そう言うしかなかった。それに、日和ちゃんみたいに無垢な子は…いや、あの子ならもしかしたら、僕の前に半透明のまま現れることだって難なくこなすかもしれない。


 そう思うと、ちょっと背中に寒気が走った。


「言葉とは裏腹に心配そうな顔してるじゃないかよ…。まぁ安心しろ、あいつのことだ。化けて出てきても道に迷うのがオチだ」


「馬鹿なこと言ってんじゃないのッ」


“ゴツッ”


 そんな声や音と共に、陽泉が後頭部を押さえてうずくまったかと思うと、その奥には眉をつり上げた李凛の姿が見えた。どうやらさっきの鈍い音は、李凛が陽泉を殴った際のものだったらしい。急に聞こえてきた音に、未来ちゃんは思わず僕の後ろに隠れてしまった。


「痛ってて…軽いジョークだろ、李凛。それに、別に殴るようなもんじゃないだろ」


「何言ってんのよ。本人の墓を目の前にして“化けて出る”なんて、故人への失礼極まりない発言でしょ」


 李凛は、未だに蹲りながら精一杯反抗する陽泉に説教していた。なんだかこっちが姉弟きょうだいみたいだった。いつまで経っても変わらないな。


「だ、大丈夫かな…?」


 蹲る陽泉に対し、僕の後ろの未来ちゃんは心配するように呟いていた。


「陽泉なら問題ないよ」


 少々冷たいながらも、「いつものことだからね」と言って僕は微笑んで見せた。いつもならこれ以上の打撃だってくらってる、これくらいは陽泉だって大したこと無いはずだ。長年付き合っての結果、そういう結果に辿り着いた。


「月夜君、酷いッ」


「やめて陽泉…気持ち悪いから……」


 女々しく助けを乞う陽泉を、僕は苦笑を浮かべながら見捨てることにした。男にウルウルされても逆効果なのは陽泉だって知ってるだろうに…。





 そんなやりとりの後、僕らは日和ちゃんの墓に手を合わせた。未来ちゃんも一緒に…。


 これが毎年恒例のことになっていたのだったが、3人以外に永遠も参加することはなかった。それは、永遠だって日和ちゃんの事情なんか知らないわけだし、僕らからしても…わざわざ墓参りに来てくれ、なんてことでもないからだった。


「よし、帰るか」


 陽泉の言葉を皮切りに、僕らは帰ろうと出口の方へ方向転換した。しかし、歩き出そうとしたとき、僕は思っていたあることを口にしてしまっていた。


「でもさ、本当に出てきちゃったらさ……」


「もう、月夜までそんなこと言い出す…」


「おい、月夜のことは叩かないのかよ……」


 「うるさい」と言われている陽泉を尻目に、僕は続けた。


「でもさ、そうなったら李凛も嬉しいんじゃない?」


「恐くてそれどころじゃありません〜」


 僕は、李凛みたいには思えなかった。一度でいいからもう一度会いたい、なんて思ってしまうことが多々あった。本当はいけないことなんだろうけど、会って彼女に一言いいたかったんだ。


“ありがとう”って…。


「まったく、二人してそんなこと言って…本当に出てきたらどうすん…………」


 李凛の言葉がそこで止まった。彼女は目を大きく見開いて、顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかった。


「ど、どうしたの李凛…?」


 僕が尋ねてみると、未だ青くなっていく彼女の引きつった顔が、墓地の出口の方を向いている。そして、彼女は見ている方に指を指した。「あ、あれ…」気弱な声でそう呟くと、僕も陽泉も未来ちゃんもそっちの方向を向いた。


「「な゛ッ!?」」


 僕と陽泉が、一気に声をあげた。未来ちゃんはと言うとぽかんとしてたけど。でも、驚くべき光景がそこにはあった。




 バスケットボール程度のボールを追いかけて遊んでいる少女。そんな平和な光景だったが、僕らはそんな光景の違和感にすぐに気がついた。


 色素の薄い髪。くっきりとした真ん丸な瞳。天使のように笑顔を浮かべるその少女は…あの日消えた、命の灯火……



 そこには、紛れもなく…見間違うはずもない……そこには元気に遊んでいる日和ちゃんの姿があった。




 ミステリアスは続く…。

 次回はこの章も終わると思います…たぶん。驚愕と感動のラストを見逃すな!!

(言ってみたかったんだよなぁ…)

 そんなに期待されても困りますけどね。


 なぜ日和の姿が…?実はヒントが隠されていたりします。でも、たぶんわかりづらすぎるヒントですんで…ちなみに言うとヒントが隠されているのは52話です。


*次回予告*

生きていた日和!?

驚愕する3人に打ち明けられる真実とは!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ