第54話:好きだから
たかが夢…。そう言ってしまえばそれまでだけど、そもそも夢って何なのだろう…。ありえないことだから…夢?それとも、望んでることだから?違う、そんなんじゃない。
現実じゃないから…夢。今まではそんな事を思っていた。でも、別に現実の反対語は夢じゃない。
じゃあ、夢って何?それは、もしかしたら一生かかってもわからないままなのかも知れない。だって、人は通常、夢には参加できない。だから、人は夢の中ならなににでもなれる。現実の自分では体験できないものを夢の中で体験する自分を見ている。でも、何にでもなれると言うことは、逆に言えば何にもなれないと言うもので…。
って、僕は何が言いたいんだろう…。自分でも言ってる事がわからなくなってきた。
家を駆け出した僕は、気になっていた李凛の様子を見に行くことにした──
しかし、李凛どころか道場さえお休みとなっていた。そんな事実に驚きながらも僕は、家の方に上がり込むべく玄関へと歩を進めた。扉を開けて
「お邪魔します」と叫んだ先には、師範が答えに来てくれた。
何でも、李凛もあれからふさぎ込んでしまい、自室に籠もりっぱなしだという。どうにか会えないかと頼んでみても、師範が
「今は会いたくないそうだ」と早々と確認を済ませてきた。それでも、伝えなくてはいけないと思った僕は、こう伝えて下さいと前置きをしながら、心の中に入っていた思いを吐き出した。
「僕は、すごく悲しいよ…。でも、日和ちゃんは、いつでも僕らに元気と希望を与えてくれてた…。だから、僕らがいつまでも元気なことが、日和ちゃんにとって嬉しいことなんじゃないかな。だからお願い、生きてください…」
結局、長々と吐き出してしまう結果になってしまった。このまま本人の前で話していたら、もっと長くなっていたかも知れない。でも、僕が言いたかったのは最後の一言…ただそれだけだった。師範は、
「わかった」と言ってくれた。それだけを言い残し、僕は再び、かんかんと照らす太陽の下、陽炎の立ち上る朝の道を駆け出した。
前に来たときは1時間近くもかかったのに。必死に走った結果、僕はたったの20分ほどの時間でたどり着いてしまった。目の前には立派な日本家屋…陽泉の自宅だった。気が付けば20分の距離を全力疾走し続けた結果になる。おそるべし火事場の馬鹿力。おかげで今は肩から動かして呼吸してる形になってるけど…。
まぁ何はともあれ着いたことには変わりない。僕の目的は1つだ。おそらくへこんでいるであろう陽泉を、お天道様の元に引きずり出すこと。そのためにはまず玄関突破だろうな…。
「ごめんくださ〜い」
未だ故人おしのび中という雰囲気満載の所に、惜しげもない声で入っていった。すると僕の声だと悟ったのか、意外なことに陽泉が一番に出てきた。
「何か用か…」
しかしその口調は明らかに沈んでいて、今までにそんな対応なんて見たことがないほどに投げやりな声だった。
「やっぱり落ち込んでたんだね…。大丈夫?」
「大丈夫だと思うか…?とにかく、今は誰とも話したい気分じゃない。悪いけど帰ってくれ」
陽泉は、冷たすぎるほどの声で淡々とそう言い放ち、さっさと踵を返していった。でも、僕はそんな陽泉なんて見たくなかった。いつもは僕をからかってくるテンションで爛々と輝いていた瞳が、今ではなんの光も捉えていないように真っ黒くて、不気味だとさえ思った。でも、だからこそ声をかけた。
「ちょっと待ってよ。それじゃダメでしょ陽泉!」
そんな引き止める声にも、陽泉は振り向いてもくれずにどんどんと家の奥に進んでいった。僕は必死に陽泉を追いかけていった。途中彼の肩を掴むも、強引にではなかったが自然な動きで僕の手からするりと肩を抜いていった。
「ちょっ、よ、陽泉…」
彼が立ち止まるためなら、僕はいつまでも呼び続ける覚悟だった。時が経てば、確かにその悲しみも和らいでいくのかも知れない。けど、その時に言葉を交わす陽泉は、今のままの陽泉で居てくれるだろうか。僕たちの事を変に避けたりしないだろうか…。
そして何より、日和ちゃんとの事を忘れてしまったりしないだろうか…。悲しみが和らぐ、ということは…日和ちゃんと過ごした今までの時間を忘れていくと言うことだ。そんなこと、あってはならないじゃないか。
だから、僕はどんどん歩いていく陽泉に叫び続けた。これによって起こられたっていい。うざいと思われたっていい。大切なことだけは忘れないで欲しいんだ。
そして、急に陽泉が立ち止まったかと思うと、僕らはいつの間にかある部屋の中へと入り込んでしまっていた。いや、陽泉は、おそらくここに僕を連れてきたかったのかも知れない。
──そこは、日和ちゃんの部屋だった──
「ここにはな、ある幼い少女が住んでいたんだ。ここで寝て、ここで育った──」
陽泉は、小さい子に読み聴かせるをするかのように僕に語りかけていた。急にそんな事を言われた僕は、訳も分からないまま聴いていた。なおも陽泉は話し続けた。
「──俺は、いつも元気で…本当に、なんにも考えていないかのように元気で…悩みなんか無いみたいにいつも笑っていたその子の事が、半分羨ましかった。よくお前はそんなに脳天気でいられるよなって、口では呆れるように言ってたが…」
そこまで言うと、窓際に寄せられていたベッドの足の方の端っこ…ちょうど部屋の角にうずくまるように両膝を抱えた。僕よりも大きな体を、めいっぱいコンパクトにして、がっくりと首を垂れていた。
その部屋もやはりカーテンが引かれていて、朝日が入るはずのこの部屋も暗闇と化していた。まるで陽泉の心情をそのまま情景として表しているかのように…。
「陽泉、だめだよ。早く立ち上がってよ。李凛も、今頃打ちひしがれてるよ。だから…。それに、日和ちゃんはこんな陽泉見たくないはずだ」
「李凛がなんだ…。それに、お前に日和の気持ちの何がわかる……」
陽泉の言葉は、さすがに酷いと思った。僕のことならなんと言ってくれてもいい。それで陽泉の気が済むと言うのなら…。でも、同じように心を痛めている李凛の事までそんなふうに言うなんて。怒りと同時に、陽泉の心の痛さを知って悲しいという気持ちがこみ上げてきた。
「陽泉…」
「悪いな。ずいぶんと…思ったより深い傷みたいなんだ。だから、俺のことは放っといてさ、李凛の介抱にでも行ってやってくれ」
「イヤだ」
即答してあげた。いや、余韻なんてあげなかった。
「なッ、訳分かんねえよ。いきなり来て悲しんでないで立ち上がれとか言っちまってさ…。お前だって悲しんでたじゃねえかよ。
そんなに小さな存在だったか?お前にとって、あいつは…さんざん月夜ちゃん大好きって公言してたあいつは、そんなに心に残らない奴だったのかよ!?」
陽泉の言葉がだんだん強くなってきた。僕は、そんな陽泉に、いつになく強気に言い返した。
「そんな事ない…。僕にとって日和ちゃんも、陽泉も李凛も大切な仲間だ。大切じゃない人なんかいないよ」
「じゃあ、なんでそんなに飄々《ひょうひょう》としていられるんだよ!?」
「日和ちゃんのことが好きだからだろ!!」
僕のそんな言葉に圧倒されたのか、立ち上がってきた陽泉は、少しばかり体を仰け反らせていた。
「日和ちゃんが居なくなって、だからっていつまでも悲しんでいたら…そんな僕らを見て日和ちゃんが喜ぶとでも思うのかよ!?」
僕は必死に怒鳴りまくった、今までにはない勢いで。だって、陽泉に気付いて欲しかったから…。僕らが悲しんでしまっていつまでも引きずり続けたら、あんなに元気づけてくれた日和ちゃんのことだ、僕らの事を気にかけておちおち天国にも昇っていけやしないだろうことを…。
「つ、月夜…。悪い、俺…らしくなかったな。やっぱ、だめだぁ〜、こんな事してると疲れて仕方がない。やっぱ、お前や李凛をからかってる方が気楽でいいわッ」
陽泉は、やっと笑顔を見せてそう言った。今まで落胆の色に染まっていた瞳は輝きを取り戻し、うなだれていた顔は無邪気で眩しかった。
「陽泉…良かった」
僕らはそうやって、これから大きな一歩を踏み出そうとしていた。大切な人の死という…大きな闇の向こうに突っ切って…。
“どたどたどたどた!”
「よ〜〜〜〜せ〜〜んッ!!」
そんな衝動音と共に近づいてくる声は、李凛のものだった。でも、なんで?さっきまで自分の部屋でふさぎ込んでたはずじゃあ…?
“ずばんッ!”
そんな爆音を立ててドアが勢いよく開かれた。そして、開いた扉の先には…見事な舞空術を披露している李凛の姿があった。なぜだかは分からないが、どこかの拳法の“鶴の拳”よろしく、両手を鶴の翼を広げるがごとく天高く突き上げ…徐々にこちらへと落下してくるようだった。そして…………
「はぁッ!!」
「ぐばぁッ!!」
陽泉のみぞおちへときつ〜い一撃…。そして、“どか!!”、“ずずぅ〜”という壁にぶちのめされて、壁づたいに体を滑らせ落ちていく音が虚しく響いた。
「なッ!なんだよ李凛いきなり!?」
「こんなとこでうじうじしてんじゃないわよ!!そんなに暗くなってるんだったらねぇ……暗く…なって…ないじゃん……。なんで…………」
「「…………」」
音が消えた部屋。しらける僕ら。まだ訳の分かっていない李凛…。そんな雰囲気に……
「ぷっ」
“あはははははは”と盛大に笑ってしまった。陽泉もそれにつられたようで、笑いが溢れていた。李凛の方は未だ分かってない様子だったけど…。
結局、僕らはこっちの方があってるみたいだった。くよくよしてるより、明日をしっかり見据えて歩いていく方が。
だから、日和ちゃん……安心して、優しく見守っててください…………。
長くなっちゃいましたね…でも、いよいよ過去編も幕切れとなってしまいました。
ここまで過去編に付き合ってくれて、ありがとうございました。
年齢の感覚を取り戻してがんばりたいです。
*次回予告*
陽泉、月夜、未来……そして、李凛。
墓参りに彼らが見た奇跡…。
「な、なんで?…そんな事って……」
月夜たちを驚かせたものの正体とは?
感想、評価、意見、訂正箇所などなどたくさんお待ちしております!
(この台詞…もしかして言わない方がいいのかな…?)