第51話:小さな天使様
「友達と約束してるんだッ」
その日和ちゃんの一言により、結局彼女に振り回される結果になる僕たち…。どんどんと森の中に入っていく日和ちゃんを追いかけ、行き着いた先には………同じ世界とは思えないものだった。
そこは、遙かに広がる黄金色の世界…視界を埋め尽くすほどのひまわり畑だった。
そして、その黄金色の景色を切り裂くように現れた白き放浪者…。ひょっこりとひまわり畑から顔を出したのは…あの時は寝られて死んだウサギだった…。
「な、なんで………」
そのウサギを見るなり李凛が呟いた。僕も、そしてたぶん陽泉も同じ気持ちだった。僕らが唖然とする中、日和ちゃんはそのウサギにえらい勢いで近寄っていった。
「わぁ〜いッ」
ウサギも結構日和ちゃんになついているようで、自ら彼女の前に飛び込んでいった。そして、日和ちゃんはそのウサギを抱え込んでひまわり畑に横たわり、楽しそうにごろごろしていた。
動物の顔なんてどれも同じように見える…僕たちは、今までそう思っていた。でも、今は違った。あのウサギは…間違いなくあの時僕が埋めてあげたウサギに瓜二つだった。いや、面影があったという方が正しい…そう思うのにあまり時間はかからなかった。
あの時のウサギとは雰囲気がちょっと違っていた気がした。あの時のウサギが落ち着きのある大人なら、今目の前で少女と戯れているウサギは…未だあどけなさの残る無邪気な子供だった。
「親子…なのかな」
僕は、気がついたらその言葉を口に出していた。ありえないのかもしれない…。目の前の現実を、自分の都合のいいように解釈しているのかもしれない。
でも、僕にはそう思えてならなかった。あの時のウサギよりも一回りほど小さくなってはいるが、違う雰囲気を纏ってはいるが、その姿、その顔には…確かにあの時のウサギの面影が重なっていた。
そんな、普通ではありえないような僕の言葉を、李凛も陽泉も理解していた。
そう思いたいだけだったのかもしれない。今目の前にいるウサギの子が、あの時救えなかったウサギの子供だと。
でも、そんな不思議な巡り合わせがあったっていいと思った。だから………
「うわぁ〜んッ」
李凛は走った。黄金色の世界へ…無邪気にじゃれ合っている少女とウサギのもとへ。思い切り叫びながら…また出逢えたことを喜びながら…。
その李凛の姿が目に映った途端、日和ちゃんはじゃれるのをやめ、子ウサギを両手で抱え、すくっと立ち上がった。
その光景を見て、李凛は立ち止まって目を丸くした。いつもとは違う、日和ちゃんの落ち着いた微笑みに驚いてしまったせいだろう。
その後、日和ちゃんは李凛の方へゆっくりと近付き………
にぱー。
そんな明るい笑顔で、李凛に抱えていた子ウサギを、かわいがっていたぬいぐるみを妹に渡すお姉さんのように差し出した。まるで、李凛と子ウサギが出会うことを果たさせたキューピッドのように見えた。
差し出された子ウサギと日和ちゃんとを交互に見た後、李凛は子ウサギを受け取った。そして…泣いた。
「う、うぇ〜ん…会いたかった…」
もちろんあの時の、李凛が一所懸命かわいがっていたウサギとは違う。でも、李凛には…それが待ち望んでいた再会のように思えたのだろう。
「やられたな…」
「え…?」
陽泉のそんな言葉に、僕は首を傾げて尋ね返すしかなかった。そして陽泉は、全てを悟ったような顔で話し始めた。
「やっぱり、日和はわかってたのかもしれない…。どうして李凛が落ち込んでたのかも、李凛が笑顔を取り戻すにはどうしたらよかったのかも、そして…あのウサギの親子のことも」
孫を見守るおじいちゃん…いや、それはまさしく妹の成長に感心するお兄ちゃんの顔だった。
「考えすぎ…じゃない?」
あの歳の子からしたら当然だろう。そんなことを、全て悟ることができるほどのこと…神様くらいしかできないだろう。でも、そう言った僕の真意は違っていた。陽泉も、そのことには気付いている様子で返してきた。
「ああ、そうだな…」
「彼女は、そんなこと悟れるほど人間としてできてるんじゃないよ。そんなことが、“考える”んじゃなくて自然に“感じる”ことができるんだと思うよ。
こうすれば喜ぶ…とかじゃなくて、自然の成り行きそのままにいることで…周りの人達に幸福を配れる子なんだ」
それこそありえないことだ。でも…僕も、そして陽泉も確信した。目の前に確かに存在する、偉大で小さな天使の姿を…。
落ち着いたのか、李凛は泣き叫ぶのをやめ、大切そうに子ウサギを抱えていた。日和ちゃんはと言うと、いつもなら「返してよー」とわめきでもするところを…ずっとにこにことした笑顔を浮かべながら2人(1人と1匹)を見守っていた。
「それにしても…」
そんな風に、近寄ってきた陽泉が切り出した。
「この子ウサギ、一部分だけ黒いな…」
「確かにそうだね、右の脇腹部分だけ黒いや…」
陽泉の観察眼に、僕は同意して見ていた。李凛はというと、そんな僕らの会話を聞いた途端、元気な声に戻って言った。
「じゃあ、この子の名前はチョコだね!」
「は…?」
「へ…?」
「ほえ?」
急に提案してきた李凛の言葉を、受け流すわけにもいかずに、陽泉も僕も日和ちゃんも尋ね返した。
3人の反応に納得がいかないのか、李凛はちょっとむっとした顔をして繰り返してきた。しかもさっきよりちょっと荒げているようでもあった。
「だ・か・ら、黒い部分があるから、この子の名前はチョコで決まりね!」
「いや、待てよ李凛…。黒い部分があるから“チョコ”はどうかと思うぞ?チョコだって一部分だけ黒いわけじゃないし…大体、白い部分が大半のチョコなんて日が経ってるやつに決まってんだろ」
「いや、そう言う問題じゃないよ陽泉…。それに、白いチョコだってあるじゃないか」
「ああ、月夜の大好きなミルクチョコレートとかな…でもさ、白黒共に混じり合ってるわけだし、もっとそれらしい名前の方が………」
「“パフェ”!!ボク、“パフェ”がいいなぁ!!」
「日和はただ食いたいだけだろ…」
パフェ派の日和ちゃんは、「えへ〜」と言ってよだれを拭っていた。そんな収拾のつかない状況を見ていた李凛は、僕たちのそんな会話を一掃して言った。
「ダメ!もうチョコって決めたんだからッ」
「「え〜」」
陽泉と日和ちゃんのブーイング攻撃。なぜこんな時にだけ息が合う…。そんな攻撃にもびくともしない李凛は、今度は抱えていた、所在がなくておろおろとしている子ウサギに視線を移した。
「ね〜。君も“チョコ”がいいよね〜」
半分押しつけだ…。しかも動物に…。
しかし、ただ呼びかけられたことに呼応したのか、それとも同意してくれたのか、子ウサギは鼻先をひくひくとさせて、李凛の腕の中でひょこひょこ動いていた。
「喜んでるみたいだね」
僕が言うと、李凛は誇らしげにのけぞった。動物と心を通わせられたことに満足してるらしい。
「ま、どうでもいいんだけどな…」
「え〜、パフェはないのぉ…?」
「もともと無えよ…」
まぁ、そんな兄妹の会話はいつものこととして…。こうして改めて、チョコが誕生したわけだった。
このとき、僕は幸せというものを…漠然とではあるけど、確かに感じていた。
新しい友人…元気を取り戻した幼馴染み…いつもより楽しげに振る舞う親友…。そして、何よりも、ひっそりと影から僕たちの存在を支えてくれている、この小さな天使がいたから…。
諸行無常…この世に変わらぬものなど無い。
僕はその後、その言葉の意味を実感することになる…。
天使は、いつまでも…現世にとどまっていることはできなかったんだ………。
やっと過去編もラストスパートに差し掛かっております!ここまでつきあってくれた皆様、もうしばしおつきあいください…。
*次回予告*
楽しい日々、変わることのない日々…。
これが日常…でも、望んでいたもの。
失って初めて知る大切なものに、少年たちの心の行方とは…
感想、意見、評価、訂正箇所など…くれたら嬉しいなぁ…本気で思った今日このごろ………病んでるかな?