第49話:冷静と激動の狭間
未だ自宅療養中らしい日和ちゃんの様子を見に行くため、観籍道場から長い道のりを歩いていた僕ら。しかしその途中…非日常的な光景を見た。
道端でぐったりとしている白く丸い物体…。近付く度にだんだんその物体の影が大きくなっていく。すると、その物体が何かということを認知するのが容易になってきた。僕らは、その物体に見覚えがあった。
「ま、まさか…」
ぐったりした物体を真下に見下ろし、李凛が呟いた。僕も同じ気持ちだった、きっと陽泉もそうだろう。僕たちは見開いた目を、もとに戻すことができなかった。
だってそれは、今道の端っこで倒れているそれは…この間元気に李凛と別れた、あの野ウサギだったんだから…。
「あの時の…ウサギ、なのかな……?」
僕がおそるおそる言うと、李凛が静かに答えた。
「間違いないよ。わかるもん…あの時のウサギだって、別れたウサギだって……」
李凛の声は震えていた。もちろん、悲しさからくるものだ。この間まで元気だったのに…今となってはピクリとも動かずに、アスファルトの上に寝そべっている。そんなウサギを見て、僕は頭が真っ白なまま口走った。
「いったいどうして………」
「轢かれたんだろうな」
「え…?」
「轢かれたんだよ…車に。また車道に飛び出しちまって、そこでな」
冷静な顔で陽泉が分析に入った。淡々としたその一語一語からは、冷徹さのような感さえ感じ取れた。李凛もそうなのか、顔を上げないまましゃがみこみ、ウサギに手を触れながら陽泉に言った。
「なんで…なんでそんな風に他人事みたいに冷たいの?死んでるんだよ?この前まで生きてたんだよ…?それなのに………」
李凛の言葉は、なんだか陽泉を非難しているようにも聞こえた。いきなり現実に起こったことが信じられず、過敏になっているらしい。
「ちょッ、李凛…陽泉だってそんなつもりで言ったんじゃあ……」
僕はというと、このまま2人の意見が並行していくといずれぶつかり合いそうだったので、止めにかかると、陽泉は更に被せてきた。
「仕方ないだろ、現実に起きてるんだ。ここで冷静になれなきゃ何もできないだろ」
その冷たすぎる言葉にカチンときたらしく、李凛はいきなり立ち上がると、陽泉の方をキッと睨みつけて詰め寄った。
「あんたさぁッ、なんでここで悲しむ姿の1つくらいできないの!?おかしいでしょッ!?死んでるんだよ?もう会えないんだよッ!?冷静になんてなれるわけないじゃん!!」
いきなり怒りをあらわにした李凛。どうやら目の前の事実と陽泉の心情を測り損ねてパニックに陥ってるらしい。激しく食いかかる李凛に、陽泉は眉1つ動かさずに続けた。
「そりゃ悲しいさ、もう会えないさ。でも、だから俺らがどうにかしなきゃいけないんじゃないのかよ」
「どうにかッて…どうにかッて何!?」
「もっと安全な場所に放すとか…もうこっちに来ないように追い払うとかさ…」
「そんなこと、できるわけないじゃん。せっかく友達になれたのに…」
「でも、それで防ぐことができたんじゃないのか?それに、死んだからってそいつをどうこうできるわけじゃない。死んだやつのために生きてるやつができることは、そいつの分まで生きてやることなんじゃないのか…?」
まずい、これじゃ収拾がつかないよ。そう思った僕は、その場を収めるために仲裁に入った。
「ふ、2人とも落ち着こうよ。こんなところで僕らが言い合ってたらなんにもなんなんじゃないか…」
仲裁といっても言葉が見つからず、とりあえず2人を冷静にさせることを考えた。でも、そんな僕の言葉に李凛が反応し、今度は僕に向き直った。
「月夜は…平気なの?」
「え…?」
「あんなにウサギのこと撫でてかわいいとか言ってたのに…月夜は冷静でいられるの?」
「僕だって悲しいよ…。でも、それが原因で2人が喧嘩になっちゃうのだけはイヤだから…だから、冷静になろうよ…ね?」
そう言って僕は李凛の肩に手を置いた。少しでも気を静めてくれればいいと思ったけど、どうやらそうもいかなかったようで…。李凛はまた口を開くことになった。
「………だよぉ…」
「え…?」
「無理だよッ!そんなのぉッッ!!」
李凛は僕の腕を強引に振り払い、今まで歩いてきた道を逆走していった。僕はというと、そんな李凛を追いかけることもできずに立ちつくしてしまった。
「り、李凛ッ!!」
虚しくこだまする僕の声…。そんな僕の肩を、陽泉の掌が叩いた。それに気付いて僕が振り返ると、陽泉は少し眉を落としながら言った。
「言うことは言ったさ、あれでいいんだ…後はあいつ次第だよ」
その瞳は、悲しげだった。でもなぜだろう…なぜ彼女の前でも、そんな瞳をしてあげられなかったんだろう…。いや、本当はしていたのかもしれない。でも、頭に血が上った彼女は気付くことができなかったのかもしれない。
なにはともあれ、陽泉の言葉にうなずいた僕は、動かなくなったウサギのもとにいき、その体を持ち上げると、少し離れた木陰に運んだ。持ち上げてみると、その体はまだほんのり温かみが残っていた。
僕は、運び込んだ木陰を掘り始めた。このまま埋葬しちゃうのは…夏場ということもあって気が引けちゃったけど、そのまま放置しておくわけにもいかずに土を掘り続けた…。
指に泥が付く、爪に土が詰まる…でも、僕はこの子が収まるほどの穴を掘ることができた。そこにウサギをゆっくり置き、上から土を被せてあげた。
一部分だけこんもりとなっているウサギの墓は、立派な杉のしたにあったので、場所としては見つけやすかった。
「これで、よし」
完成した墓に思いを馳せていると、後ろから陽泉の呼ぶ声がした。そういえば、掘っているときには陽泉の気配がしなかったけど…どこに行ってたんだろう。
「おーい。これ、忘れんなよ」
そう言って近付いてきた陽泉が手にしていたのは、何輪かの花だった。綺麗に水洗いまでしてある。どうやらこれを摘みに行っていたらしい…なんだかんだ言って、やっぱり陽泉も優しい人だった。
僕らは、墓前に花を置いて掌をあわせた…。今度生まれてくる時は、どんな生き物だとしても不幸な運命なんて無い、幸せに一生を終えることができるように祈って………
僕は、そのままの気持ちで陽泉の家まで行くこともできず、結局自宅に帰ってきていた。未だベッドでだらしなく横になっていた。
「はぁ…」
あれから李凛はどうしただろうか…。まだ落ち込んでいるだろうか…。剣道の稽古には来られるだろうか…。
そんなことを悶々と考えながら、どこか暗い気持ちに入っていってしまった。なんだか今日は元気が出ない。どんどん沈み込んでいく気持ちに押し潰されながら、僕はため息をつくしか無くなっていた。
「はぁ…心配だな」
そう思って李凛の家に電話してみることにしてみた。
“プルルルルル”…“プルルルルル”…“ガチャッ”
「はい、もしもし…」
出たのは李凛だった。明らかにテンションが低いままだ。
「もしもし、月夜だけど…あの、李凛…大丈夫?」
「うん、ちょっと落ち着いた…ごめんね、迷惑かけちゃって…」
「う、ううん…別に迷惑じゃないよ。あ、そうだ…あの子、埋めてきたんだ…あの近くに」
「そっか…」
声にいつもの張りがない。それは仕方ないことだろうけど…僕はそんな元気のない李凛を見るのはいやだった。
「李凛…気にするなとも落ち込むなとも言えないけど…陽泉のことは、許してあげてほしいんだ」
「え…?」
「陽泉さぁ…あの後僕がウサギの墓を掘ってる時にね、いつの間にかいなくなってたんだ…どうしてたと思う?」
「し、知らないよ…あいつのことだから、どうせ“俺には関係ない”みたいなこと言って帰っちゃうよ…」
「ううん…僕があの子を埋め終わった時にね、陽泉が花を摘んできたんだ」
「花…?」
「そう、供えてあげられるようにって、わざわざ水洗いして僕に半分手渡したんだ…」
「そ、そうなんだ…」
「だからさ、陽泉も悲しかったんだよ。ちゃんとあの子のためにいろいろしてくれたんだよ。だから………許してあげてくれないかな?」
「うん、そうだね…後で謝っておくよ………」
「よかった。じゃあ、もう切るね…」
そう言って受話器を置こうとすると、向こうから止められた。
「あ、ちょっと待って!」
「どうしたの…?」
「あの、明日家に来てくれないかな…?できれば、その…日和も連れて…」
「え…?」
日和ちゃんを連れてくるように、なんてことを聞いたもんだから僕は目をまん丸くした。李凛の真意がわからなかったからだ。
「だって、なんだか無性にあいつをいじめてやりたい気分なんだもん」
らしい…。でも、李凛も日和ちゃんは元気を分けてくれる存在だということに、気付いているのかもしれない。それでも、いじめるのはちょっとかわいそうだ。
「ふふ、ほどほどにね…」
ちょっと笑みを浮かべながら言った。
やっぱり、僕らには日和ちゃんがいないとダメだなぁ…なんて思いながら、その日は心を落ち着かせて眠ることができた。
「最近シリアスな話多くね…?」
by 友人Y氏
確かに…。
最近コメディがめっきりなくなってきてる気が…。
もともとコメディは苦手なんですけどね…って、そんな事言ったら恋愛もの自体得意じゃないんですけど…困ったもんです。
*次回予告*
失われた命、終わった時…。
沈み込んでしまった李凛に、色素の薄い髪の少女がもたらすものとは…?
感想、評価、意見、訂正箇所などたくさんください!
感想書いてくださいって目安箱に投書しようかな…?(週刊少年ジャンプより)