第48話:元気の源
日和ちゃんが風邪をこじらせてしまい、その日に遊びに行ったはずの僕は、いつの間にか日和ちゃんの看病係になってしまっていた。
当然、陽泉も参加してるわけだけど………。彼は、いろいろと不慣れなせいか…おかゆ1つ作るのにも四苦八苦する始末。
結局、何やってたんだか…。いや、ずっと日和ちゃんのそばにいてあげたり、額のタオルを取り替えてあげたりしてたんだ…。陽泉も自分なりにがんばっていたらしい。こんなに妹の世話をしている陽泉は初めて見た気がする。
大事なときにそばにいてあげられる…そんな陽泉は立派なお兄ちゃんだなぁと、この歳でしみじみ思ってしまう。
「のんびり寝やがって…」
額のタオルを取り替えながら(これで何回目になるだろう)陽泉はぼやいていた。
「ま、寝るのは一番の薬って言うしな」
「陽泉、それは乗り物酔いじゃないかな……」
「ま、まぁなにはともあれ…いつもこんなに静かなら助かるんだけどな」
「いや、僕はいつもみたいに元気にはしゃいでる日和ちゃんの方がいいかな。なんだか、こっちが元気にさせられちゃうっていうか…」
僕は以前から、“日和ちゃんには、どこか不思議な力がある”と思っていた。根拠なんてない…。
でも、僕が落ち込んでいるようなときは本気で心配してくれた。そんな彼女を見て、僕は落ち込んじゃいられないと思うことができた。
李凛が落ち込んでいるようなときは、あからさまに元気でハイテンションだった。でも、ハチャメチャな日和ちゃんを見て、李凛もいつの間にかいつもの調子に戻っていた。
なんでも“あれだけ悩み事がない奴見てると、落ち込んでるこっちがバカらしくなる”らしい…。まぁ悩み事がないのはいいことだとは思うんだけどね…。
陽泉も、きっとそうだろう。普段は元気すぎて、ちょっとうざいと思ってしまうこともあるかもしれない。でも、いざ悩んで気落ちしていると、今までうざいとまで思っていた元気さに救われることもある。
「月夜はいいんだよな、身内じゃないから他人事のように見られるし、あいつのお気に入りだから迷惑だと思うほどからまれることもないから…」
「迷惑だなんて思ったことないけど…でも、それくらいでいいんじゃないかな」
「日和を迷惑だと思うことがか…?」
「違うよ。自分じゃない誰か他人のこと、すべてを愛せる人なんていないよ…だって自分じゃないんだもん、だから全部は理解なんかできないと思う」
「たしかに、自分のことだって嫌いな一面もあるからな。他人のことだって同じか…」
「うん…。でも、嫌いな一面があってもいいんだよ。それがあるから、距離を保っていられるんだ。相手を傷付けずに、自分も傷付くことがないままの微妙な距離でいられるんだと思う」
「考えすぎだぜ。こいつにそんな事が考えられるわけがない…。ただでさえ“お勉強なんかいやだ”なんてだだこねるんだ…物事を考えるのに長けたような奴じゃないのは確かさ」
「ははは、そうだね」
でも、僕にはそんなことが…日和ちゃんには、頭ではなく感覚で捉えられるんじゃないかなんて考えていた。実際、彼女のそんなところが垣間見られる時なんかいくらでもあったから…。天才と言われてもいいくらいの感覚が、彼女にはあるんだと思った。
結局、この日は日和ちゃんの看病だけで1日が過ぎてしまい…あとは陽泉の両親が用事から帰ってくると言うことで、僕は帰宅することにした。
「月夜ちゃん…」
まだ眠っていると思っていた日和ちゃんが、玄関に行くために部屋を出る僕を呼び止めた。
「何?」
「今日は…ありがとッ!」
「ううん、いいよ。また元気になったら遊ぼうね」
「うん。月夜ちゃん、お兄ちゃん…ありがとう!!」
“お兄ちゃん”ねぇ…。普段はあまり呼ばれない言葉に、陽泉はほんのり顔が赤くなっているように見えた。照れる陽泉というのもなかなか見られないな。
なんだか、今日は今みたいにたくさん笑顔をもらった気がする。この兄妹のおかげだな。
そんな看病におわれた翌日、僕は観籍道場に来ていた。
「へぇ〜…日和でも風邪ひくんだぁ…」
昨日の青旦家でのことを話すと、感心したように李凛が言った。
「だめだよ李凛、そんな事言っちゃ…」
さすがに日和ちゃんがかわいそうだと思って口を開くと、李凛はそれでもぶつぶつ言ってきた。
「だって、ことあるごとにからまれたんじゃ…こっちだって体力的にも精神的にも参っちゃうわけですよ」
まぁたしかに日和ちゃんは、やけに李凛には突っかかるところがある…。なぜだかは神のみぞ…いや、日和ちゃんのみぞ知るといったところだろうか…。
とにかく、熱は下がったらしいけど…今日は大事をとってまだ自宅療養中だそうだ。そんなことを聞いたせいか、安心していいか心配していいかわからなくて陽泉に話しかけた。
「大丈夫なのかな…」
すると陽泉は、気にするなとでも言いたそうに僕の方に笑みをよこした。
「まぁ心配すんな。ウチの過保護は今に始まった事じゃない。俺の時だって、インフルエンザが学校で流行り出すと通学させてもらえなかったし…」
…とにかく大丈夫らしい。
「心配なら家にくるといい。そのほうが日和も喜ぶだろうしな」
陽泉は、いつになく大人のような落ち着いたオーラを放っていた。僕たちからしたら、あまりからかいにこない陽泉も珍しいもので、妹のために行動する陽泉が結構意外だった。
陽泉の提案をのみ、稽古後、僕と李凛は陽泉とともに青旦家へと向かっていた。
「それにしても遠いのよねえ…。それに、なんであたしまであのばかの面倒見なくちゃいけないわけえ…?」
「まぁそう言わないで…。日和ちゃんだって、李凛と会いたがってるよ、きっと…」
「そんなわけないって。あの子、あからさまにあたしの事嫉妬してるもん」
「え、なんで…?」
日和ちゃんが李凛に嫉妬するようなことがあるのかな…。そんな事を考えていると、陽泉が答えてきた。
「そりゃそうだろ。自分の大好きな月夜ちゃんに、いつでもべったりな幼馴染みの李凛ちゃんがいたら…羨ましくもあり妬ましくもあるだろ」
「ちょっと陽泉、そんな誤解されるような言い方しなくたっていいじゃない…」
「違うのか…?俺には、そんな妬ましい表情を見て、お前が勝ち誇っているように見えるけどな」
李凛は、言い返せない様子でうつむいていた。いや、陽泉につっかかるだけ体力の無駄だとでも思ったらしい。肩を動かしてため息をついていた。
「それにしても…暑いね」
僕はというと、自分が渦中にいる恋愛談なんて恥ずかしくて耐えられなかったわけで…話題の転換にかかった。それに李凛ものってくれたようで。いつもの調子で返してくれた。
「そうだよねぇ、そんな日にこんなに歩かなきゃいけないなんて…ホント面倒………」
「でもまぁ、この道を歩いていればその内……………」
と言って、前を見ると…車道で繰り広げられている光景が目に入って驚愕し、言葉を不自然に切ってしまっていた。
それに不思議さを感じたのか、李凛が僕の顔を覗き込んで尋ねてきた。
「どうしたの…?」
僕は、なおも立ち止まって目の前の光景を、信じられないといった顔で見つめていた。
李凛も陽泉も、その目に映るものが気になった様子で、僕の視線の先を見た。
「「なッ!?」」
一斉にそんな声をあげた。たぶんその光景が理解できたということだろう。僕たちが近づいていくと、その光景がはっきりと自分たちの目に飛び込んできて、より現実味を増していった。
絶対に見たくない光景、絶対に知りたくないものが、そこには広がっていた。
そう、ぐったりとして道路に倒れているあの子の姿が……………
子どもってみんなそうですかね。
普段はやかましいのにこっちがいつもの調子じゃないと変に元気をくれたりしますよね。
まぁ、私には弟や妹がいないんで年長者の気持ちはわかりませんけど…。
*次回予告*
自分が知っているもの…急にいなくなったとき、あなたならどうしますか?
うちひしがれる者、落ち込む者、だが…そんなところに新たな命はやってくる………
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