第47話:日和は風邪の子
“李凛失踪事件”(少々誇張し過ぎ表現)から何日か経った頃…僕は日和ちゃんとの“埋め合わせ”のために、青旦家へと足を運んでいた。
「やっと着いた…」
小さな田舎町では、町の端から端まで歩いたとしても、大人にとってはそんなに疲れることもないだろう。…でも10歳の子供ともなると、ちょっと先まで歩くのに1時間近くもかかるわ疲労が溜まるわで。僕は今まさにそんな状態だった。
「遠いよぉ…1時間近くかかっちゃったかな。…って、それにしても相変わらず大きいな」
築70年という堂々とした風格…。神社の神主にぴったりと言ったような、純和風の建物が僕の目の前にずっしりと腰を据えていた。
陽泉の家のすぐ近く…海沿い、断崖絶壁といったような場所の上に青旦神社は建っている。どうしてそんな場所に建てたのかなんてどうでもいいけど…なにせ「神社の近くに造ろう」ということで青旦家が建てられたと聞いたものだから…。
神社がこんなところになければ、僕がこうして長い道のりをはるばるやってこなくてもよかったんじゃないか…?と、遙かな先人たちのことを呪いたくもなる。
「ま、なにはともあれ着いたんだからいいか…」
考えてみれば、陽泉も日和ちゃんもこの長い道のりを越えて観籍神社へと来てるわけだし………あの2人、凄い足腰してるな…。とりあえず中入ろうかな。
“ガラガラガラガラ”
「ごめんくださーい」
趣のある引き戸を、気持ちのいい音と共に開き、暑さを感じさせない爽やかな声であいさつをした。
“とんとんとんとん”
誰かの足音が聞こえたと思ったら…そこに現れたのは陽泉だった。
「よぉ、助かったぁ…」
意味のわからない第一声…。腕組みをしながら玄関へと迎えに上がった陽泉は、僕の顔を見るなり安堵の表情を浮かべた。なんだか明らかに困った事態にさいなまれている様子だった。
「ど、どうしたの…?」
おそるおそる尋ねてみると、陽泉は詳細を話そうとしてくれた。
「あぁ、実はな……」
「あ!月夜ちゃ〜ん!!」
…が、彼の後ろから来る元気な声にかき消され、陽泉は大きなため息をついた。
“どたどたどたどた”
廊下に元気な重力のかかる音が聞こえてくる…。見てみると、笑顔過ぎるほどの表情で玄関の方向に走ってくる女の子…日和ちゃんだった。
日和ちゃんはにっこりしたまま僕の方まで走って、下足置き場との境界のところまで来て、一段高いその場所から走ってきたときの勢いそのままに、僕に向かってダイブを決め込んできた…。
「月夜ちゃーん!!」
再び叫ぶ…時間と共に大きくなる彼女の輪郭線…そんな光景を見つめる僕の冷や汗が尽きることはなかった。
「おはよー…ふにゃ゛ッ」
いやに滞空時間が長いなと思っていたら、空中へと身を投げ出した彼女の襟を捕まえ、器用に片手で体をぶら下げる陽泉の姿が見えた。
さっきの、何かが踏みつぶされたときのような奇声はこれが原因だったのか…。僕は、自分よりも年下の子に押し潰されなかった運と、陽泉のキャッチ力に感謝したかった。
「はーなーせー、陽ちゃんのアホー!!」
「アホはお前だ。ッたく、そんな体で人に密着してうつしちまったらどうすんだよ」
「え…?」
陽泉の違和感を感じる言葉に、僕は唖然で返した。
「こいつ、こんなに元気そうな顔して…今風邪ひいてるんだよ」
「そ、そうなの…?」
「風邪なんてひかないもん!!ボクどうせおばかだも〜んッ」
精一杯強がってるように見えるけど…確かに彼女はパジャマ姿だし、顔もほんのり赤みがあるような気がした…。
「こんな時だけ自分のこと蔑むのやめろよ…。いつもは馬鹿なんて言ったら怒ってくるくせに」
「うるさいぞぉ馬鹿陽ちゃん!!」
冷静に片手で持った小動物をあしらっている陽泉は、困っている顔をしている。やはりさっきまでの、彼の悩みの種というのはこれだったようだ。
「ダメだよ日和ちゃん。そんな風に暴れてたら風邪さん治らないよ?」
明らかに子供に言い聞かせる口調で言ってあげた。さすがに僕の言うことは聞いてくれるだろうとも思ったけど…なかなか手強いようで。
「だってだって、せっかく月夜ちゃんが来てくれたのに…ボクだけ寝てるのなんてやだやだぁ!」
未だ兄の手にぶら下がりながらじたばたする日和ちゃん…。すると、また大きなため息をついて陽泉が話し始めた。
「あのなぁ…これでも一応お前の兄だぞ?家にお前しかいないのに、ここに放っといてどこかに行くわけねぇだろ…」
陽泉もこんな時はお兄ちゃんなんだな…。そんなことを考えて、ふっと笑ってしまった。僕の笑顔に気付いたのか、陽泉はどこかバツの悪そうな顔をして、視線を斜め上へそらした。
その言葉が通じたのか、さっきよりは威勢の弱まった日和ちゃんが返した。
「だってぇ…約束したんだもん。『また遊ぼう』って…約束したんだもん」
「友達か…?それなら大丈夫だろ。お前が現れないと気付いたらその子もさっさと家に帰るさ」
「そうだよ、まずは自分の体のことを大事にしなきゃ…」
彼女が落ち込んだように話し出した中、陽泉と僕が言い聞かせた。彼女がやっと首を縦に振ると…僕と陽泉は日和ちゃんを布団へと送っていった。
「う〜…」
布団には入ってくれたものの…未だ不満そうにうなってる。この元気娘に、“黙っている”ということは難しいようだった。でも、さすがに風邪ウイルスの力もこの子の元気には敵わないという証拠だった。
「うなるなよ…こっちだって好きでこうして面倒見てるんじゃないんだからよ…」
「だぁってぇ〜…」
こんな兄妹のやりとりも、もうどれくらい続いているだろう…。でも、陽泉もいつものような妹へのとげとげしさがない。日和ちゃんもそんな陽泉の様子に気付いてか、さっきのように下手に暴れて布団から出るようなことはなかった。
こんな時にまで…静かにいがみ合ってはいるが、実はこの2人の絆が強いことに気付かされた…。この2人を見てると、どんな行動にも笑顔にさせられるから不思議だ。
「ねぇ月夜ちゃん…」
「なに…?」
「あの子…今頃どうしてるかなぁ…?」
「さっき言ってた友達?」
「うん…」
「大丈夫だよ。その子も、来ないからって日和ちゃんのことを嫌いになったりしないよ。きっとわかってくれるって」
「ちゃんとお母さんと一緒にいるかなぁ…?」
「日和ちゃんより小さい子?」
「うん」
「お母さんがついてるよ、きっと。だから、大丈夫」
「うんッ!」
そう言って、僕は彼女の手を握ってあげた。熱で熱くなった彼女の手は、僕の手をゆっくり熱で包んでいったけど、僕はそんな彼女の熱さを一心に受けた。一緒にがんばってあげなきゃ…李凛の時と一緒だ。
一緒になって…同じ立場に立って取り組めば、何事も解決する。僕らが身をもって経験したことだった。そうすれば…きっとこの子の風邪だって。
そうしているうちに、いつしか彼女は寝てしまっていた。友達のことで、僕の言葉が安心を与えたのか、日和ちゃんはとても幸せそうに眠っていた。
そんな彼女の愛くるしい寝顔に、思わず『かわいいな』なんて思ってしまった。
「しかし、お前のストライクゾーンもばかでかいな…」
「そ、そういうんじゃないって…」
僕が日和ちゃんの寝顔に笑顔を零していると、陽泉がちょっかいを出してきた…。好意を持ってるわけじゃないから否定はしたけど。こんなに素直でいられる子もいないんじゃないかなとも思っちゃうわけで…。いや、なんでもないです………。
その後も、僕は眠る彼女の手を握り続けた…。
また元気に外で動き回る彼女の姿が見たかったから……。
作者も先日まで風邪でしたから書きましたが…。
なんだかすっかり風邪菌に対する免疫がなくなってきた気がします…。
鍛えなきゃだめかな。
すいませんこんなとこで愚痴っちゃって。
*次回予告*
仲良くなれたのに…。
友達になれたのに…。
折角出会えたのに…。
わかれは、突然にやってくる………
感想、評価、意見、訂正箇所などたくさんください!…でないと風邪うつしちゃうぞッ。…なんつって………