第42話:勝手に消えるな!!
小説『黄金と瑠璃』───僕は時間も忘れて一気に読み込んでしまった。
そこで気付く…偶然と言うには不自然過ぎるほどの僕の夢との共通点。
名前、使命、運命…確かなものから、選ばれた者にこそ与えられるべきもの、そして非科学的なものまで………すべてと言ってもいいほどだ。
いったいなんなんだろう………
そんな事を考えて疲れたのか、僕は自然と辺りを見回していた。
すると、僕はある違和感におそわれた。
夜のはずなのに、カーテン越しの窓からは日光が射し込んでいた。それは、明らかに月光の明るさではない。明るい夏の太陽…まさにそんな日差しが、僕の部屋に斜線を描いていた。
(まさか……)
そのまさかだ。
僕はまんまと小説の世界に入り浸ってしまい、読み終わる頃には朝の9時になってしまっていた。
あらら…夢中過ぎて全く気付かなかった。読書もほどほどにしないとな…。
そして気を抜いた瞬間…急激に圧倒的な眠気が僕の脳内に侵入してきた。
寝よう。そう思ってベッドに向かおうと椅子から立ち上がる。
だが、立ち上がったかと思えば…自分の体から力がふっと抜けるのを感じた。
次の瞬間、僕の体は膝を折り、床に手をついて頭を垂れた。思わず目を大きく見開く。眠気のせいだろうとすぐには気づいたものの…再び力を加えることは叶わなかった。
数秒の間、僕は低姿勢のまま何も考えられずに頭の中を真っ白にしていることしかできなかった。
剣術の稽古時にこれだけ無心になれればいいんだろうけど…。
僕が自身の操作に四苦八苦していたその時………
“ガラガラガラガラ”
「ごめんくださぁーい。月夜くんいますかぁー…?」
玄関から、乾いた音とかわいらしい呼び声が聞こえてきた。家中に反響するような幼い声だった。
(み…未来、ちゃん)
僕は不自由な自分の体にむち打って起き上がり、不自然なほどの眠気におそわれながら玄関への廊下をわたろうとした。
でも、廊下の途中で完全に意識を奪われた。
“ドサッ”
そんな轟音をならしながら廊下に這いつくばってしまった。トコトコとだんだん近付いてくる足音を聞きながら、僕はゆっくりと…闇の中へとけ込んでいった。
“ざざーん、ざざーん”
波の音が、近く感じられる。
夕暮れ時、海は真っ赤に染められていた。
僕は海辺を歩いている…その隣には、彼女の姿があった。
長い黒髪で色白の、幼さの残るかわいらしい少女…。
見とれてしまった。だって、赤く照らされる彼女の蒼黒の髪…透き通るような白肌が絶妙なコントラストで…魅力的で…なにより美しかった。
ふと立ち止まり、夕日を見る…そんな彼女の一挙一動に心を奪われ続けている僕は、彼女に合わせた行動でついてまわる。
「ねぇ、未来…」
「なんです…?」
口火を切った僕に対し、穏やかな口調で返してきた。僕はというとそのはかなげな声に魅了されつつも、話を続けた。
「あの日も、こうして立っていたね…」
「あの日…というと?」
「僕たちが出逢った…あの夏の日だよ」
それは、残暑厳しかったあの日…夏休みが終わったのにも関わらず、僕らは海に遊びに来て、その帰り…偶然通った波打ち際で、彼女に出逢った。
「君は、なんであの日にこんなところに立っていたの…?」
夕日を見つめながら…瞳から頬にかけて、光の煌めきを走らせて…。
「ずっと………っていましたの…」
(え…?今彼女はなんて………)
そう思うと、いきなり彼女の体がボディラインにあわせて微かな光を放ち始めた…。そして……………
「ちょ、まっ…待ってくれ!!」
急に彼女の体が浮遊しだしたと思ったら、そのまま海の上を越え…ゆっくりと夕日の方へと移動していく。
僕はたまらず声をあげてしまった。
待ってくれ。行かないでくれ…。
いつもいつも僕の目の前に…夢の中にさえ現れるのに、僕は僕の意志で君になんにも伝えてないじゃないか!
僕を、独りにしないでくれ!
朝起きても周りに家族の影すらない。
家を出れば、昔から親しくしてくれた幼馴染み、いつもからかってきて困らされる親友、キツい言葉とは裏腹な優しさを持った少女という赤の他人たちがいた。
そして、君と出逢った。
君の言葉や行動はどこか周りのどの人とも違った気がした。
明るい声、寂しげに投げかける眼差し、心の底から想ってくれてる優しい笑顔。
“懐かしい”
なぜだかそんな気持ちが湧き上がってくるような…そんな君。
僕はそんな君の声に、行動に、言葉に…愛を感じていた。
幾百もの想いを胸に…幾千もの時を越えて…そんな君がいた。だから僕は決めたんだ!!
だから、勝手に消えるな!
僕のそばにずっと居てくれ!
そう投げかけると、彼女は今まで向かっていた夕日から、その場で僕へと向き直った。
そして、彼女の全身が光を放ち、その光がひと粒ひと粒の小さな粒子となって空中に飛び散った…。
同時に世界が歪む…視界が霞む…夢がさめる………
───微笑んで、あの時見たはかなげな少女は、陽光と波間の…瑠璃色と黄金色の世界の間で………僕の世界から消え入った……………
ここはどこ?
“さざー、さざー”
“カナカナカナカナカナ……”
暗闇の中、そんな音が僕の耳にこだました。
気分を害するほどの生暖かい南風…その風が揺らす、波音にも似た木々の擦れる音…風に翻弄されるかのように鳴き続ける、鬱陶しいほどのヒグラシの声………
“チリン”
そして、その有り難くないもの全てを払拭するかのように…心地よく響く風鈴の音。
僕はそんな音たちに囲まれたまま、ゆっくりと瞼を開いた。
─起きられましたか─
耳元で、そんな声が聞こえた気がした。落ち着いた、聖母のように優しい声が………
僕が完全に目を開くと、その景色は見覚えがあった。僕の家で、床は板張り、そして風鈴の音が心を癒やす場所─縁側だった。
僕は寝転がり、見上げるとそこには…彼女がいた。
「月夜くん、おはよう」
落ち着いた、幼さの残る声をした少女。正座をしてしまえば、床と接触してしまうほど長い黒髪で、その黒さとは真逆の際立った白肌の彼女………未来ちゃんだった。
「未来…ちゃん?」
力なく声を上げた。
「はい…?」
「未来ちゃん」
ほぼ無意識に手をのばしていた。
よく見ると、僕は彼女に膝枕をしてもらっていた。そして真上…僕から見たら真正面に向けて差し伸べた手は、ちょうど彼女の胸の高さに翳された。
「はい、私はここにいるよ…」
優しく微笑んで、彼女は僕の手を両手で包み込み、祈るように包み込んだ両手を自らの体に引き寄せ、優しく撫でてくれた。
“なでなで”
撫でる度に僕の心の中には、安堵と和らぎが広がっていった……………
“愛しい”
不意に湧き上がった、そんな感情…。
僕はその感情が、おふざけじゃない…心の底からもたらされたものである感情だと気付いた。
そして、今こんな2人の瞬間が、この先もずっと続いていけばいいな…そう思った。
あの時出逢って、夢の中で消えていった少女…僕はそんな彼女のことが、目に焼き付き、耳に残り…どこまでも気になっていた。
今度は、心の底から…正直で…僕自身の意志で…胸を張って想うことができた。
“愛してる”
ついに…こんな感じになってしまいました。
そろそろ終わりじゃねッ!?
なんて思ってる方々…作者の諦めの悪さをナメてもらっちゃ困ります!
これからも応援よろしくです!
*次回予告*
未来に膝枕され、すっかりいいムードのおふたり…。
次回、おどろきの事実が!?
感想、訂正、評価、意見…たくさんたくさん待ってるんで、是非皆様の声を!!