第38話:李凛の疑念
「ねぇ、最近李凛のやつ…だんだん上手くなってきたんじゃないか?」
「ほんと、前よりも上達してるって感じ。秘密の特訓でもしてるのかな?」
同じ門下生のお兄ちゃんお姉ちゃんたちから、そんな会話が聞こえてきたのは…僕が李凛と一緒に頑張ると言ってから2週間あまりたった日のことだった。
「なんだ?月夜…。お前、さっき1つ上の子と試合しろと言っておいたばかりだろ?なぜまだ李凛の稽古につきあってるんだ…。早く試合に行きなさい!」
呆れた口調から激しく指示する口調へ…。師範の声が道内に響いた。その声にも動じず、僕は師範に言い返した。
「いやです…」
「なに?」
「いやですっ!!僕は李凛ちゃんと一緒に練習します!」
ストレートながらも必死の抵抗だった。だが、それだけで観籍道場にとっては珍事なのだった。なにしろ今までに僕が師範に抵抗するなんてことは一切なかった。
いつも言われたことに対して、はいはい従っていたんだ。さすがの師範も面食らうのは当然だったかもしれない。
…僕はその後も、試合や他の子との練習に促す師範に反抗し続けた。昨日誓ったんだ…李凛と一緒に頑張るって。そんな思いが胸中に渦巻いていた。
全体での稽古が終わった後も、李凛と一緒の稽古は続き…李凛もどんどん上達していったのだ。何か特別なコツを仕込んだわけでもない、ただひたすら、師範や上の子たちから教わったことを繰り返していただけ…。
李凛の上達は凄まじく、僕と試合をしても前みたいに簡単に一本を決めさせたりなんてことはなくなっていた。何が彼女を強くさせたのか。いや、そうじゃないんだ…。今までがおかしかったんだ。じゃあ、今までは何が彼女を強くさせなかったのか。
今まで李凛は僕としか練習をしていなかったが、こんなにみっちり時間をとっての稽古はしていなかった。単純に練習不足だったんだ。しっかりと基礎から1つずつ教えれば、上達しない人なんていない。
もう一つは、たぶん精神的なものからだと思う。周りには自分くらいのレベルの人がいなかった。自分は取り残されたまま…周りだけがどんどん強くなっていく。次第に彼女は孤立していったんだ。
でも、一緒に頑張ってくれると言った僕がいた。それだけでも勇気をもらったのだろう。
人は1人じゃ何もできない。ただ厳しくしたって、ただ上っ面な構えだけを教えられたって、できないものはできないんだ。ましてや、チョットできないからって見捨てられたらもうおしまいだ。
できない人にこそ時間を割くべきなんだ。弱い人こそ大切にしなくちゃいけないんだ。子供の時の僕にそんなことはわからなかった。でも、李凛と一緒に稽古することで、彼女を守ることで周りのお兄ちゃんお姉ちゃんに…師範にそれを教えたかったのかもしれない。
でも、師範の李凛に対する態度は一向に変わることがなかった。
「コラ李凛!!もっと相手を見て打ち込め!」
「コラ李凛!!隙を作るな!」
こんな声が道場から消える日は未だに来ていない………。
「ねぇ月夜君…」
全体での稽古が終わった後、2人きりでの稽古の休憩時に李凛がボソッと呟いた。
「何、李凛ちゃん…?」
「お父さん、あたしのこと嫌いなのかな…?」
父親に厳しくあたられる子供にとっては、お約束の疑問かもしれない。でも、不思議な感覚がした。
李凛は全体の稽古ではもちろん、2人っきりでの稽古の時でさえ“師範”と呼んでいた。
『もしかしたら、“門下生”としてではなく、“自分の娘”としてもあたしのことが嫌いなのかも…』と、子供ながらに思っているのかもしれない。
「家では、どんな感じなの?何か喋ったりしてない…?」
「喋ってない…。お父さん、普段から無口で…いつもここんところにしわ寄せてるんだよ?」
李凛は自分の眉間を指さして言った。確かにそんな仏頂面されてたら、こっちからもなかなか話しかけづらいものがある。そんな彼女の顔は、声と同様、終始悲しそうだった。
「きっと師範も、李凛が上手くなってることを喜んでるよ…」
「上手くなってるなんて…思ってないよ。だっていつもあたしのこと叱るんだよ?ちゃんとやってきたのに…。直接にだって教えてもらってないんだもん………お父さんがどうしてほしいのかなんてわかるわけないじゃん…」
確かにそうだ…。学校の先生などは、やっちゃいけないことをしている生徒がいると、すぐに怒ってしまう。まだ一度も“やっちゃいけません”なんて教えてもらってないのに…。
やっちゃうのは理解が足りてないからなんだ。1回ちゃんと理解するまで教えてあげれば、もうやっちゃったりはしないのに…それを何も教えずにがみがみ怒るから子供は全ての物事の意味を理解できずに成長してしまうんだ。
ちゃんと教えれば誰だってできるようになるのに…。
そのころの僕には、なぜ師範が李凛にだけこんなに厳しいのかがわからなかった。だから1日中考えてしまっていた…でもわからない。結局、師範の考えは僕らにはわからなかった。
「早くしないと……李凛ちゃんが待ってる」
僕は放課後に掃除を終わらせ、校舎の外で待っていると言った李凛のもとへと走っていた。昇降口を抜けると、すぐにグラウンドが顔を出す。そこを突っ切れば校門までたどり着けるのだ。
校門を出てすぐ左の桜の木の下で待ってる、と李凛は言っていた。そこまで僕は走った。
どんどん校門が近くなり、やがて僕を前からまたぐ。それと同時に、僕は体をひねって左を向く。そしてそこにいるはずの李凛に元気にごあいさつ。
「お待たせぇー!!」
よく見ると…そこに李凛は………いた。ただ、状況がおかしい。なぜか李凛を3人の他校生が桜の木とともに四方を囲っている。僕の声に気付いたのか、みんなこっちを見た。
「お、来たぜ…王子様が」
他校生の1人が生意気そうにそう言った。見覚えのある顔だった。いつか剣道の練習試合で見た。いずれも僕より2つほど年上だ。
「だ、誰…?」
僕が目を真ん丸にして問うてみた。なんで李凛がそんなに囲まれているの?なんでそんなに震えてるの?なんでみんなは僕の方を見てにやけてるの?
いろんな疑問が交錯したが、脳内に答えなんて見つかるはずもない。僕は唖然とした顔のままだった。
「今年もやっぱり剣道の大会に出るのかなぁ?全国覇者さん…?」
リーダー格のような風貌。どっしりとした体型の男子が僕に近付いてきながら質問してきた。そして僕が見つめる中、返答を待たずに続ける。
「俺とお前じゃあ3年生までの“低学年の部”と6年生までの“高学年の部”で違うんだけどさぁ…今年はうちの弟が3年生なんだ。去年はお前に倒されて敗退しちゃったけど…。でさ、1つお願いがあるんだけどなぁ………」
こんな頼み方で言ってくることなんか1つしかないと思ったけど、一応最後まで聞いては見た。
「わざと負けてくんない?弟のために………」
「いやだね。だって僕、わざと負けられるほどの演技力も技術もないもん」
即答。この歳の小学生なんてみんな負けず嫌いだ。わざと負けるなんてとんでもない。わざと負けるために稽古でつけてきた技術じゃないんだ。
「そっかぁ、じゃあ仕方ない…出場できない体にすればいいだけだ!!」
そう言ったのを皮切りに、3人ともが僕に木刀で突っ込んできた。
僕は必死に身をよじらせてその攻撃を避けきることができた。そして3人の横を大きく迂回し、李凛に近付く…。
「李凛ちゃん、早く逃げようッ!」
「で、でも…足に…力が、入らないよ……」
それは本当のようで、僕が呼びかけながら掴んだ李凛の細い腕はぶるぶると震えていた。それでも僕は必死に李凛の腕を引っ張り、立ち上がらせようとする。
「それでも立つんだ李凛ちゃん!!こんなところで座ってたらあいつらに――――――」
その瞬間、僕は意識を奪われていった…。後頭部への強い衝撃と共に………。
似たような展開ですね…。いや、これは過去だから前々回の話が似てるのか…?ま、どっちでもいいや。
思った異常に過去編が長くなりそうですね…。でもまぁ次から現在に飛んじゃったりはしませんのでご安心下さい。
*次回予告*
脳天に一撃を食らう月夜…「俺をなめるな!!」の一声と共に反撃に出る!!
冗談です…半分。
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