第37話:となりを歩く者
これは月夜の過去編です。…ですが、語り手は現在の月夜が務めます。
これは月夜が過去を思い出しているというよりも、時代を過去に戻したという形でお送りしたいと思います。
どうぞおつきあいください…。
あれは10年前―6歳の春。いや、6月だから、春でもないのかな…。でも、とにかくそんな季節だ。…適当だな…。
外は快晴…もうすぐ梅雨に入るような時期なのに、お日様のご機嫌はいいようで…。カンカンと照らす日光のおかげで、コンクリートの地面からは陽炎が立ち上りそうだった。
「行ってきま〜す!!」
両親に見送られながら、僕は家を飛び出した。今年から2年生になったことでテンションは最高潮だった。
それはそうだろう。なんせ1年生が入ってきて“お兄さん”になったんだから…。兄弟もおらず、幼稚園ではほとんど周りの状況なんて気にせずに遊び回ってたんだ。誰かを世話する、誰かに頼られるというのは、この時期の子供にとっては嬉しいことなのだ。
朝にも関わらず元気でウキウキ気分だ。今の僕からしたら…見習いたいほどです、はい……。なんせ高校生にもなってまだ起こされてるもんで…幼馴染みに。
「月夜君〜!!」
学校の方へと歩いていこうとすると、後ろから聞こえてくる声。ちっちゃい頃からいつも一緒だった幼馴染みの女の子、観籍李凛だ。
「李凛ちゃん、おはよう!!」
「おはよう!!」
元気にごあいさつ、よくできました。ッて保護者か僕は………。
今思い返すと、このころはまだ“李凛ちゃん”なんて呼んでた。いつからだろう、急に恥ずかしくなったのは…。まぁ僕たちの場合、すぐとっちゃった気もする。10歳くらいの時にはもうつけなかったかもしれない。
ごあいさつができたら、今度は笑顔でお手々つないで2人仲良く登校。思春期に入る前の小学生ならではの光景かな…。今では手なんてつながない。抱きしめたのは………まぁ一旦スルーしておきましょうか。
年をとると時間の経過速度が早く感じるなんて言うが、楽しい時間が過ぎるとも言うもので。この年頃の学校なんて楽しい学舎なんて感じだ。すぐに時は過ぎていき放課後になった。
「よし、これで今日も学校終わったし…。道場に行こっか、李凛ちゃん!!」
「う、うん…」
道場とは“観籍道場”で、当時は剣道のみをやっていたのだ。後で急に取り付けられたために、今の弓術場はあんなに屋外にあるというわけだ。
放課後になると、いつも道場に行って剣道の稽古をしていた。
このころはまだ胴や面が重くて、上手く動き回ることすら困難だったけどね。僕は道場へ行くための道が楽しくて仕方なかった。それは、剣道自体が楽しくて仕方なかったからだろう。
ただ、道場に行く時間になると…李凛はいつもどこか悲しそうな目をしていた………。
“ドンドンッ”
「「入りますッ!!」」
幼さ溢れた声で元気よく叫び、道場のスライド式の門を開けた。そこにはすでに剣道着姿に着替えたお兄さんお姉さんたち…門下生がたくさんいた。僕たちが最後だったわけでなく、遅れてもいない。さっさと自分達も剣道着に着替えて胴や垂れをつける。
稽古は日によって違うが、全ては師範である李凛の父親が指示するとおりに動く事になっている。
今日は道内での練習試合になっていたようだった。
いくら門下生と言っても年の離れたお兄さんたちとまではやらない。僕や李凛は歳の近い子たちとやるのだ。と言っても、年齢的に僕たちより下というのもいない。
よって、僕はいつも李凛だとかひとつ上の子たちと竹刀をつきあわせることになる。
ただ―李凛は違った。絶対に年上の子たちとはやらない…いや、やらせてもらえなかったのだ。高校生となった今でこそ、彼女の剣の腕は一人前だが、小学生である当時は全然だった。
師範は李凛の父親であるが故に、甘やかされて上の子とやらせてもらえないわけではない。逆に、上の子とやるのは上達した者であると認められた証だ。李凛が上の子と試合でもしたら、たぶん彼女は病院通いになるほどの怪我を負うだろう。
そのころの僕はというと、着々と頭角を現し、昨年の夏の大会では“低学年の部”で見事、全国制覇を遂げた。だから1つや2つ上の子と試合をしても、負けることの方が少ないほどに才能を発揮していた。
ただ李凛は―――
「コラ李凛!!そんなメンじゃあ一本は取れないぞ!!」
「コラ李凛!!もっと腰を入れろ腰を!!突っ込むんだッ!!」
「コラ李凛!!相手から逃げるな!!ちゃんと相手を見ろッ!!」
1日に何度怒鳴られたかわからない。その度に李凛は怯え、いちいち体をぶるぶると震わせていた。“コラ李凛!!”があのころの師範の口癖だったのかも。
娘だからと言って甘やかすほど、師範は優しくない。逆に厳しすぎるくらい強く当たってしまうんだ。それは、彼が不器用だからなのかもしれない…。でも、子供心にはそんな親の愛情も、ただ叱っている恐いお父さんとしてとらわれてしまうんだ。
それに、李凛は決して下手な方じゃないし、まったく見込みがない方でもない。ただ、周りが比べられないほどに強かっただけ。
彼女の周りは年上ばかり…。唯一の同い年と言えば僕だ。でもその僕は全国覇者…そりゃいやでも比べられる。
「李凛ちゃん大丈夫…?」
稽古が終わった後、1人ぽつんといた李凛に声をかけた。
「大丈夫じゃないよぉ…」
今にも泣きそうな顔で僕へと答えた。僕はどう言っていいかわからず、子供らしくありのままを言うことにした。
「大丈夫だよ、師範は恐いけど…もう怒鳴られないように稽古して強くなろう?」
「無理だよぉ…どうせ、稽古したって強くなんかなれないもん…」
「強くなれるよ、誰だって初めから強い人なんかいないよ」
「月夜君は十分強いからいいんだよぉ…」
「僕だって初めは強くなかったもん」
「すごい人は、初めっから強いんでしょう…?」
「そ、そうなの…?僕、初めはやられて、よろよろしっぱなしだったけど…」
「嘘だッ。月夜君はこの道場で一番上手いって、お兄ちゃんお姉ちゃんたち言ってたもん…」
「弱かったから、強くなれるように稽古したんだよッ。稽古すれば強くなれるよ、だからやろうよッ」
「強くなったっておんなじだよ。『もっと強くなれ』って、言われるだけだよ」
「なら、もっと強くなろうよ。僕も一緒に稽古するから…」
「いいよ…ここであたしのことバカにしないの、月夜君だけだもん。みんな、『月夜君とは大違いだ』なんて言うんだよ?」
「僕はそんなこと言わない。李凛ちゃんをそんな風に言う人なんか、もう友達でもなんでもないよ」
「そんなことしたら…あたしなんかに構ってたら、月夜君まで仲間はずれにされちゃうよ?」
「言ったでしょ?李凛ちゃんのこと悪く言うなら、仲間じゃないよ。僕、これからはずっと李凛ちゃんと稽古する」
「…ほんと?」
「うんッ。だから…一緒に頑張ろうよ?」
「うん、月夜君と一緒なら…頑張れる気がする………」
「よかった。じゃあ、稽古しよっか…?」
「うんっ!!」
「頑張れ、李凛ちゃん。僕も一緒に頑張るから―――」
だから、頑張ろう………。そんな風に素直な気持ちで励まし合えた。
“李凛ちゃんは僕が守ろう”
そう思えた瞬間だった。でも、子供ながらのその誓いにも…残酷な崩壊の危機が迫ろうとしていたのだった。
やっと月夜の過去を描ける機会を得ました。なかなかに難しいですね…。
さてさて、まだまだ過去編は続きますよ!少年月夜の奮闘を御覧あれ!!
*次回予告*
李凛を守ると誓った月夜。だが、そんな彼らに近付く影とは!?
感想、評価、訂正、意見などたくさんくれると嬉しいです!
作者の機嫌が良くなると作品もおもしろくなるかもよ?
…そのためだけにご機嫌とりなんてやってられるか!!…なんてひどいこと言わないで………。