第32話:不思議の世界の住人
僕は走った…必死に…ただ、ひたすら必死に………
限りなく続くレッドカーペットの上を…ときどき見られるステンドグラスの窓の間を…明るい日中のせいか、僕を照らすことのない大きな照明の下を…。
自由を求めること…ただそのことを追い求めて走る僕の心の中に響く思い…それは………
(トイレ無くないッ!?)
…………かれこれ…いや、もしかしたら10秒も経ってないのかもしれないが…。僕にしてみれば1時間にも2時間にも思われた…。
そして…走っては角を曲がり、走っては角を曲がりを繰り返すうち…辿り着いた…。だが僕の闘いはこれで終わりではない…。
これは言わばスタートライン…僕の闘いの序章に過ぎない。僕はこれからこの闘いの便器に会い、そこで彼への用を済ませなければいけない…。
まぁそんなに大変なことでもなし、僕がそのまま終わらせて戻ってくることにさほど時間はかからなかったんだけどね。
僕は勝利した。あの下腹部を襲撃してきた挑戦者に…。先ほど洗った清潔な手を握り、ぐっと小さく勝利宣言を示した。
我ながら恥ずかしい…。でも、高く聳え立つ壁を乗り越えて一仕事終えた達成感は言うまでもなく…最高のご褒美だった。
(さて、戻るか…)
と、走ってきた方向に転換しようとしたとき…。僕はあることに気付いた。
(どこから来たっけ…?)
この屋敷に来たのが今日が初めてという事実…こんな広い邸宅で迷ってしまったという現実が僕の脳内を襲った。
まずいな…結構走ってきたように思うけど。いや、落ち着くんだ…。僕はこんな時のために保険をかけておいたはずだ。頼みの綱は未来ちゃんであることを忘れてはいけない。とりあえず…叫ぼうか………。
そう考えて大きく息を吸い込んだその瞬間…
“キキィィィィィ”
またもやあの蝶番の音…。その高い音と共に、僕の隣にあった両開き戸がゆっくりと両方を部屋の内側に折る。
またもやその扉を操作するような人は見られない…。
僕は自然的にその部屋の中を覗いた。だだっ広い応接間らしきその空間には、華美な装飾こそ部屋全体に彩りを与えているが、インテリアには寂しいほど足りないものがあった。
部屋の真ん中にソファーが数個…向かい合うように並べられているだけ…。そこにはテーブルすらない。
そして…あれは…。
そのソファーに座る細長い人影が1つ。ソファーに腰掛け大きく背もたれに体を預けながら足を組む白髪の男性…。それは、一度しか会ったことはなかったものの…はっきりとその顔体の細部まで覚えている自分がいた。
沈黙が僕の耳にこだまする…。組んだ足にのせた貝殻のように合わせた手や、瞼を閉じている白髪の男性が僕の視界を占領する。
気がつけば僕は、ゆっくりとその男性のもとに足を向かわせていた。一歩一歩踏みしめるように踏み出す僕の足には、奇妙な震えがあった。
緊張?恐怖?わからないが…何かわからない違和感がこびりついているのに違いはなかった。
僕が踏み出す一歩一歩は…確実に僕と彼との距離を詰めていく。いつしか彼の座るソファーとは反対側のそれのすぐ後ろに立っていた。
僕の存在を察知したかのように彼の瞼が開く…。そこには人間としての一切の違和感はない。でも、何か不思議な感覚だ。この人からは何か、自分とは遠く彼方の次元から来たような儚さを感じる。
これは、そうだ。あの時…海辺に立って一筋の涙を流す未来ちゃんの横顔を見たときに感じたような儚さだった。
次第に彼の目線が僕の瞳へとピントを合わせる…。はっきりと認識したのか、僕の方にとびきりの笑顔を浮かべて話しかけてきた。
「やぁ、わざわざ会いに来てくれたのかい?嬉しいよ、『迷える神子の剣』…」
相変わらずその呼び方には疑問と不快感が残る…。初めてその名を聞いたときから変な違和感と、スーッと自分の中に浸透していくような一体感があった。なぜなのかは当然僕にもわからない…。
「今日はいろいろと聞きたいことがあって来たんですよ、諸葛さん…」
僕は睨むわけでも笑顔を浮かべるわけでもない真剣な目つきで彼に話し返した。
「掛けてくれ」という彼の言葉に従い、僕は見た目も実際もフカフカで座り心地抜群のソファーに深く腰を掛けてもたれかかった。
「亮でいいよ。『迷える神子の剣』」
「あの、僕もできれば“月夜”という名前で呼んで欲しいんですけど…」
「そんな無礼なことはできないよ、僕は君に遠く及ばない存在だからね…」
そうやって僕の要求を断る。彼にとって足を組む態度は無礼とは言わないのだろうか…?まぁそれはいいにしろ、彼は意味ありげな言葉の後に続けた。
「わざわざ2人で来るとはね…いるんだろう?玄関の方にもう1人…『儚き刹那の神子』が…」
「え…?」
忘れていた。僕は玄関口に未来ちゃんを置き去りにしてきていた。こんなに落ち着いて話している場合じゃない…彼女を迎えに行かなきゃ。
そう思って立ち上がろうと膝に力を込めた瞬間、亮さんが一言掛けてきた。
「彼女なら大丈夫だよ。いいからゆっくりと話を続けようじゃないか…」
そんな彼の言葉には落ちつける要素が1つも見受けられない…。だが、僕はなぜか彼の言葉に従って座り直し、疑問をぶつけてしまっていた。
「さっきから“剣”とか“神子”とか言ってますけど…なんなんですか?」
「文字通りだよ。君は『剣』で、彼女は『神子』だ…」
まったくわからない。ゆったりと静かな口調で話す彼の言葉には、どこか引き込まれるような…受け入れてしまうような魔力があった。
「未来ちゃんが“神子”で、僕がそれを守る“剣”なんですか…。なぜそう呼ぶんです?」
「事実だから…そして、それが宿命づけられた君たちの運命だからさ…」
またも即答…。しかも理解に苦しむ言い回し…。答えになっていないと言えばそうだし…。
彼の脳内で僕たちはどういう位置づけを受けているんだろう…。そう思って苦笑すると、彼は更に言葉を連ねる。
「何も君たちだけじゃない…『輝く神代の舞姫』も、『哀しき混沌の従者』も、『罪深き天上の守護者』も…共に同じ時を過ごし、それぞれの使命を全うする仲間だ」
またまたまた〜…わけのわからない単語を並べなさるぅ〜…。そして、ちゃんと名前を呼ばないんだからどれが誰だかもわからないし…。
待てよ…?僕と未来ちゃんの呼び名を合わせて5個…。
緘森月夜…峰水未来…観籍李凛…真札永遠…青旦陽泉…。以上5名………なんとも偶然の一致。僕の周りにいる無二の仲間たちがもしかしてそうなのかな…?そんなわけないか…。
剣とか神子とか舞姫とか従者とか守護者とか…。もう聞いてるだけで、あまり深く考えるのは控えたいくらいの大きな謎を前に、僕は眼を回してるしかなかった。
「君ならとっくに気がついていると思ったんだけどね…。もしかして僕の小説を読んでいないんじゃないのかい?」
図星をつかれた。歴史書の方に目がいっていて、まったく小説に目を通していなかった。借りたままにしておくのもいけないし…ちょっと読んでみようかな…。
「じゃあ…僕はそろそろ失礼します……」
答えの表れない彼の言葉に疲れてしまい、そろそろお暇したい気分に駆られていた…。未来ちゃんにもいい加減連絡のひとつでも入れないと…。
「もう行っちゃうのかい?残念…。まぁ、また運命が交錯することがあれば…その時はよろしく」
そんな彼の言葉を背に、僕は部屋を出て、玄関へと向かった。
玄関へ向かうと…僕が思い描いていた光景も、脳内にあったここまで歩く中で考えた謝罪の言葉も無くなっていた。
彼女がいない…どこに行った?僕は焦りだし、心が落ち着かないままに玄関を飛び出した…。
───消えた彼女の姿を───
諸葛亮再登場です。
彼は書いてて楽しいキャラですね。某大人気アニメのキャラにしゃべり方が似ている感がありますけど…。(わかるかな?)
いろいろ出てきちゃいましたねぇ…。未来の呼び名やら意味不明なワードやら…。今後もそこんとこしっかりしたいですね…。
*次回予告*
消えた未来…。
諸葛と別れた月夜を待つ光景とは…!?
(短ッ!!)
感想、評価、訂正などなど募集中です!!
これだけ後書きで募集を募ってる作者はそうはいませんよね…。それだけ寂しがり屋なんですよ…なのでぜひとも下さいな。さぁ!!積極的になれよッ!!