第28話:茜色の世界
「迷っちったぁッ!」
「えぇぇぇぇぇッ!?」
驚愕の事実発表…遭難しちゃったみたいです…。はいそこッ!そうなんですかとか言わないッ!!…て誰に言ってるんだ僕は。
「どうしよ………」
さっきまで明るく振る舞っていた李凛も、急に不安がこみ上げてきたのか、口調が暗くなっていた。
「だ、大丈夫だよ…。きっと…きっともとの道に戻れるよ!」
こんな時こそ、李凛が孤独や絶望に胸を締め付けられている時こそ…僕が明るく励ましてあげなきゃいけないんだ。
そう自分に言い聞かせると、僕と李凛が向き合っているすぐ隣の茂みで“ガサガサッ”という森特有の不快音が鳴り響いた。
その音に驚いた僕と李凛の影が重なる─。
僕たちが恐怖の色を含みながら睨む茂みのガサガサは、次第に音を大きくしていく…。もうすぐそばまで来ている…そう思った瞬間、巨大な猛獣の姿が…!!
“にゃあ〜”
「「…へ…?」」
…猛獣…?あらぁ〜なんとかわいい猛獣さんですこと…。猫さんは唖然とする僕たちをよそに、スーッと立ち去って行った…。僕たちはそんな毅然とした態度の猛獣さんを目で追うしかなかった。
なんか…恐怖したとはいえ抱き合ってしまった僕たちがバカみたいだな…。
ん?抱き合った…?
気が付くと、僕と李凛は相手の両肘のあたりを握りしめ、自然に2人の体を寄せていた。
「「あ…」」
恥ずかしい格好になっていることに今更気付いた僕たちは、声を上げながら見つめ合ってしまった…。
僕の方が少し背が高いので彼女の目が、僕の口の高さにきている。
…どれくらい見つめ合った?ほんの4〜5秒ほどだったのかもしれない。でもえらく長く感じた。心臓のバクバクが止まらない…離れるに離れられない…。どうしよう…。
やっと体を一歩退こうとしたとき、僕の肘を持つ李凛の手に力がこもった。結局一歩退くこともできないまま再び李凛と体を重ねてしまった。いや、さっきよりまずい…。
李凛は僕の両肘から手を放して、腕ごと僕の背中に回してきた。李凛の頭は、今僕の胸にぴったり付いている…。
それと同時に僕の鼓動が跳ね上がりように速くなっていく。李凛は僕の胸に耳を付けるような形で引っ付いている。絶対にこの速すぎるほどの鼓動が李凛に聞こえているに違いない…ヤバいな。
「あの…もうちょっと、このままでいさせて…」
彼女のその声は、寂しいような、甘えるような…恐いような、不安なような声だった。僕は…この声に従うしか出来なかった…。
僕も腕を彼女の背中に回す。引き寄せるまではいかなかったが…彼女の体を支えるように…。
僕が手を回すと、
「えッ!?」という李凛の声が聞こえた。その李凛の声に答えるように僕が口を開けた。
「不安にさせちゃったお詫び…かな………」
「う……バカ………」
確かにバカだ。こんな自然体な道のど真ん中で…しかもだんだん暗くなってくる時間だというのに抱き合って………。
しまいにはキザったらしい言葉まで言っちゃってる。この茜色の森で…僕は自分の気持ちに正直になれただろうか…。僕は、僕は………。
バスから降りるまで全く声無し。あそこでいつまでも抱き合ったままなわけにもいかず…照れくささで真っ赤になりながら、何も言わずに僕の家の前まで来てしまった。
2人並んで歩いているものの、どうも目を、っていうか顔さえ見られないほどに恥ずかしい空気だった。そのため、ずっとうなだれるように視線を落としながら進んできた。
「じ、じゃあ…ばいばい…」
僕がそう言って家に入ろうとすると、急に右手を引かれた。
…急に?いや、ここまでずっと手は温もりで包まれていた。そういえば僕たちは抱き合ったあの場所からず〜っと手をつないでいたんだ…。
僕たちはいつの間にか恋人のような行動をとってしまっていた。僕は気にしないが、もしこんな場面を見たら恋人だとでも思われるんだろうか…。李凛は…
その瞬間、頭の中で陽泉の言葉がこだました。
“李凛はなぁ…!お前の事がずっと前から好きだったんだぞ!!”
僕は、硬直してしまい…自宅へと一歩踏み出した形で静止していた。
李凛はなおも僕の右手を引っ張りながらうつむいていた…。そこからは親にだだをこねる子供のようにただ黙って突っ立っていた…。
「り、李凛…?」
僕はそんな李凛の態度に一抹の不安を覚え、問いかけてみると…李凛は意外なことに勢いよく顔をあげ、満面の笑みで叫んだ。
「あー疲れたぁ!!いやぁやっぱ一山越えるとなると疲労感がヤバいねぇ…!でも行ってスッキリできたし満足ッ!!」
僕は開いた口が塞がらなかった。さっきまであんなに暗くうつむいていた彼女がどうしたらここまで元気になれるというのだ………
やっぱり女の子って…わからない!!
「なんか今日はごめんね、いろいろと…でも大丈夫、明日からはちゃんといつものあたしだから!!本当はね…今日は月夜を元気にできればいいなぁなんて思って誘ったんだけど…逆に元気もらっちゃったみたい!」
僕のことを思って…?そう聞くと、また照れくさくなって顔が赤くなってきた。なんだか今日は一日中赤かった気もするけど…。でも、李凛の励ましてくれる気持ちは素直に嬉しかった。
「ありがと…李凛のおかげで元気が出た気がするよ…」
僕のありのままの気持ちを言ってみると、李凛は少し顔を赤らめて言い返してきた。
「やっぱり、月夜はずるいよ…こっちが励まそうとしても、いつの間にか励まされてる。いつもボーッとしてるフリして、いつも他人のことばっかり気にしてる…。まぁ、それだけ月夜が他人思いだってことなんだろうけどさッ!たまには…甘えてくれてもいいんだよ?」
最後の方は冗談めかしているような…いや、彼女は僕を思って言ってくれていた。…でも、そんなに上目遣いで少々頬を火照らせながら言われると……弱いんだよな、こんな仕草。
“甘えていい”とはいうものの、“甘えてくれなきゃやだ!”みたいな逆に僕に甘えてきてるような仕草…これはなんというか…男としては胸の内を捕まえられたような感覚…つまりは惚れてしまうヤツです………。
「じゃあね、ばいばい!!」
そんな元気な声で李凛はブンブンと手を振りながら去っていった。
僕はというと、ポーッとなりながらそんな彼女に手を振り返すくらいしかできなかった。彼女の温もりがまだ鮮明に残っているその手で…。
(また夢か…)
いい加減わかるようになってきたな…。普通今のこの世界が夢の中かどうかなんてわかるものじゃないだろうが、何度も同じようなシチュエーションが続いてる…。
昔っぽい服を着てる僕、人工的なものが極端に少ないこの情景。周りにある人工的なものといえば木造建築の建物や橋ぐらいで…コンクリート製の橋も今風のトタン屋根やらなんやらの家も見あたらない…。
よく見れば、僕はそんな町…村と言うべきか。村の風景が一望できる場所に来ていた。そこは、山の土を削り、木を組んで階段にし、登ってきたところの頂上だ。
一望してる後ろ、登ってきて見た景色は古めかしい神社だった。境内の、お賽銭へと続く道の横にはなにやら舞台のようなものが組まれている。
いつものごとく僕の体は勝手に動き、その舞台のすぐ前まで歩いていた。
すると、舞台の上には動く人影が見えてきた…。
そこにいるのは…しなやかで、ゆったりとした動き…。艶やかで…大人っぽい、まるで水が流れるように澄んだ自然な動き…。
見ているだけで引き込まれてしまうような世界だった。妖艶なようで神秘的な…僕はすっかりその巫女服の少女の魅力に入り込んでいってしまっていた。
見たことがあったかも知れないその動き…。でも、僕は彼女の舞から目を離せなかった。僕は…彼女に魅了されてしまっていた…。
急接近!
猫のおかげ…よくよく猫と縁がありますね、月夜は…。
李凛の思いは月夜に届くのか!?月夜は最終的にどんな答えを出すのか!?
*次回予告*
再び始まった夢…舞を舞う少女の姿…神秘的なその彼女の正体とは!?
次回、新たな人物登場の予感!?
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