バグの正体
リョートが仕事で不在の間は、ジーニアスのルコはバッテリーの充電を蓄え、それが終わると部屋の掃除をし始めた。
リョートの部屋は、広く家具は少ない。書斎として使用している部屋には普段、鍵がかけられていたが、閉め忘れたのだろうか、その日は鍵が空いていた。ルコは、掃除をするために中に入った。
窓のない薄暗い部屋には、天井の高さまで続く本棚に本がびっしりと詰まっていた。
主に、研究に用いるための学者の書籍ばかりだったが、中には小説や、建築物などの写真集も並んでいた。
「これは、何かしら?」
黒のビロード風の装丁の本を手に取り、ルコは表紙を開いた。
それは、本ではなくアルバムになっていたが、ページをめくっても何もなく、未使用なのだと思ったが、丁度真ん中あたりのページに、一枚の写真が貼られていた。
それは、高校の制服を着たルコが、キラキラと笑っている写真だった。背景がぼんやりとし、ルコがしっかりと写し出されているそれは、リョート達が修学旅行で京都へ出かけた時のスナップ写真だった。
「何だろう…。まただ…」
ジーニアスのルコは、自分の胸のあたりに感じた違和感を、沈めるかのように手を当ててみた。もやっとして、妬みの感情がチクリとした痛みに変わり、胸の奥を指すようだった。
「私と同じルコなのに…。なんだか違和感が消えない…」
ルコは、そのアルバムを閉じ、掃除を終えると部屋を出た。
その日、リョートは帰りが遅かった。キヲクシステムの管理における会議が長引いていたからだ。ルコは、テレビを見るでもなく、ずっとリビングの椅子に腰掛けたまま、昼間の出来事を、その胸に感じた物が何なのか、データ検索をしても見つからず、管理しているジーニアスに通信を送り、確認を取った。
「そのカンヂョウは、シットです」
「シットを、記録しました。ありがとうございます」
「研究者との生活は、順調ですか?」
通信元の声が、変わりジーニアスのルコに尋ねた。
「アナタは、誰ですか?」
「大元の生みの親と言ってもいいかな? グジョウと言います」
「グジョウさん…。はい。順調です。けど、今日、シットを感じました」
「それは、どうしてかな?」
グジョウは優しげで、ゆっくりとルコに尋ねた。
「それは、リョートさんの想う人の写真を見つけたからです」
「自分と、同じ顔なのに?」
「はい。以前、本物のルコさんにも会いました。リョートさんは、私の存在を忘れ、ただただ、ルコさんに視線だけではなく、気持ちも全力で注いでいるように見えました」
「キミは、どうしたいと思う? 如月リョートを」
グジョウの問いに、ジーニアスのルコはデータを整理していた。
「私は…。ルコさんではなく、私を見ていて、想っていて欲しいです」
ぎゅっと、右手で胸のあたりを掴み、ルコは言った。そうして、自分の中で何かがはっきりと形となって現れていることを実感していた。
「素晴らしい。ジーニアスが恋愛感情を抱いている。これは、きっと成功になるだろう。キミが優秀なジーニアスになれたら、きっと、その願いが叶うかもしれない」
「でも…一体、どうすればいいのか、分かりません」
ルコは、溜息を吐き、小さく横に首を振った。リョートには、本物のルコが居て、その人には敵わない、自分は代用品であることは理解して居た。
「本物のルコさんより、如月リョートがキミを好きになり、愛してもらえればいい。如月リョートの心の中に、自分の存在を植え付けるんだ」
グジョウはそう言うと、通信を切りその途端、玄関の鍵が開く音が聞こえた。
「私だけを、見て欲しい…」
ルコは自分の欲望を、小さく呟いた。
「どうした? 部屋暗くして」
「おかえりなさい。夜を眺めて居ました」
とっさに、嘘が出た事にジーニアスのルコは、驚いた。
「夜は、どうだった?」
リョートが優しく尋ね、ルコの顔を覗き込んだ。
「綺麗でしたけど、寂しいです」
「寂しい?」
「はい。リョートさんが居なかったから」
ルコは、リョートを思い詰めるように見つめた。
「寂しかったんだ。嬉しいな」
そう言うと、リョートはルコを優しく抱きしめた。ルコは、そっと手をリョートの身体に回し、リョートの胸の中にあった顔を上げると、小さく口を開いた。
「リョートさん…」
「ん?」
視線が重なると、ルコはリョートを見つめたまま、
「私は、リョートさんをアイしています。だから、リョートさん、ルコさんよりも私をアイして下さい」
ルコは告白した。
その言葉にリョートは一瞬驚いたが、ゆっくり瞼を閉じ、そして開くと悲しげでどこか穏やかな笑みを浮かべ、
「ルコの気持ちは嬉しい。そこまで、カンヂョウシステムが進化してきたなんて、本当に嬉しい。でも…。俺は、本物のルコしか愛せない。ただ、今、こうして俺を想ってくれているその感情を、キミ自身の全てを、俺は本物のルコで手に入れるから。キミの願いは、いずれ、本物のルコを通して叶う事にはなる」
リョートは、ルコの頬に手を添えた。
ルコは、リョートの言葉に、自分のままでは、リョートの愛が手に入らない事を痛感した。
所詮は、リョートの欲求を満たす代用品として作られ、自分と過ごした記憶や感情を使い、定期的にキヲクシステムにデータ保管を受けに来る、本物のルコへ、いつかこのデータをリョートが書き換えてしまうのは、解っていた。
リョートの答えに再び、ルコの胸の中で、嫉妬を生み出した。この嫉妬が、バグとともにウィルスの様に、ジーニアスのルコの中で静かに侵食し始めた。
「…高校生のルコさん」
ルコが、ぼそりと言った言葉に、リョートは聞き返した。
「リョートさん、ごめんなさい。書斎、鍵が開いていたので、お部屋お掃除しました。そこに、1冊のアルバムを見つけました。高校生の時のルコさん…。とても、大切にしまわれていた。まるで、アナタの想いの様に。当時、リョートさん写真部でしたものね? 絞りを開け、f値を小さくして、笑顔のルコさんにフォーカス当てた。まるで、その笑顔、ルコさんを独占したかとでも思ったのでしょう? でも、ルコさんはあなたに怯え、憎み生きている。生涯手に入らない人の心だから、私を作ったそうでしょう?」
ジーニアスのルコの瞳が、異常を知らせるかの様に、赤く光りだした。
「ルコ…。あの部屋に入った事は構わない。お前が、ルコの模造品でも、今の言葉は許せない。俺の気持ちを、解った口を聞くな!!」
お読みいただき、ありがとうございました。
お話が、終盤にさしかかってきました。
まだ続きます。
どうぞよろしくお願いします。