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f値小さく、そこに写されたもの  作者: 未月かなた
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再会

「NO.153の、研究の調子はどうですか?」

リョート研究室から出て、建物のロビーでコーヒーを飲んでいると、カンヂョウシステムに携わるトップの研究者でもある、グジョウがリョートに声をかけた。

相変わらず、爬虫類の様な冷たい目に、リョートほどではないが、肩の長さまである黒い髪を束ね、細い銀縁眼鏡をかけていた。

グジョウは、リョートよりも若くして研究の成果を挙げた事から、この研究所の中でもかなりの上役の位置にいた。

「思いのほか、順調ですよ。人のように進化するように、どんどん感情を増やしています」

「進化…。きっとそれは、学習機能が効果を上げているからでしょう? 如月君は、彼らをまるで人と同等に扱う。ある意味、それは、危険でもある事を、覚えておいたほうがいい」

グジョウは表情を緩めたが、目の奥は鋭くリョートを突き刺すような、無言の威圧感があった。

「失礼しました。気をつけます」

淡々と答え、リョートはグジョウに頭を下げた。さらりと、リョートの髪が肩から滑り落ち、長く束ねた髪をグジョウが片手ですくい上げた。

「研究者は、研究の一つの事に、執着する。その熱がなければ、成果は得られない。如月君のそれを、この研究に注いで欲しい」

グジョウは、リョートの髪を自分の口元に寄せ、髪の香りを嗅いだ。

「君からは、何か強い執着心のフェロモンが匂うんだ」

グジョウは、切れ長の目を閉じたまま、リョートに言った。リョートは、自分の心の中を見透かされたかのように、焦りを必死で隠し通した。

「執着心やフェロモンは、自分にはよく分かりませんが、研究に注ぐ情熱は、誰よりもあるつもりです」

リョートはグジョウから身を離れ、彼の手に乗っていたリョートの髪がさらりと滑り落ちた。

グジョウはゆっくり瞼を開け、リョートの髪の残り香を確かめるように、その場の空気を感じ取っていた。



「リョート、今日はどこへ行くの?」

ジーニアスのルコは、淡いピンクのワンピースを着て、ふわりとした髪を一つにまとめていた。

「今日は、人に会いに行くんだ」

ルコは、髪をポニーテールに仕上げ、服の色に近いピンク色のリップを唇に乗せた。

「誰に、会いに行くの?」

ルコは髪を整え、鏡から目を離すと、リョートの顔を見上げた。

「秘密」

「教えてくれないのね? いいわ。楽しみにするから。ねぇ、リョート。私は、本物のルコに近づいている?」

自分をのぞき込むルコの瞳に、愛おしげに見つめているリョート自身の姿が映っていた。

「そうだね」

リョートは、そう言うとルコをふわりと抱き寄せた。


リョートは、まだ、この時気付いていなかった。ジーニアスのルコの変化に。



目的の前に、リョートは、ルコが好きだと言っていた映画のリバイバルがある事を知り、一緒に映画館へ足を運んだ。

外を歩く能力も、勿論問題は無かった。横断歩道では、左折する車がリョート達の前で停止せず走り去っていくが、ルコは危険察知機能が働き、リョートの腕を逆にぐいっと掴み、動作を抑制した。

「ありがとう」

「こう言う事は、リョートや本物のルコより優れてるでしょ?」

ふふふと、笑ったルコに、リョートはジーニアスである事を改めて実感する。その瞬間は、気持ちが萎えてしまう自分がどこかにいる事を、ルコに気づかれないようにしていた。


映画を観た後、駅からは路線バスに乗り、講堂前で降りると、リョートは着ていたジャッケットの胸ポケットから、チケットを2枚受付に差し出した。

「お席は自由となっております。こちらは、本日の資料になります」

受付に立つ女性ジーニアスが、淡々と業務をこなしていた。

「リョート、ここは?」

「何かに特化した人が、その知識を人間に伝え、俺たち人間も賢くなる場所」

「ふーん? その人のデータを取り込めば、沢山の優れたジーニアスができるわね」

ルコはニコリと笑んだ、どこか、勝ち誇ったようなその態度に、リョートはまだルコがジーニアスである価値観の方が大きい事を、ここでも察していた。

「これより、雅ルコ先生によります、グローバルなビジネスマナー講義を始めます」

司会役の男性ジーニアスが、壇上の隅に置かれた縁台に立ち、言葉を発していた。そうして、ルコの自己紹介として、彼女の経歴の他、親近感を持たせるためか、自分の日常も伝えていた。

「先生は最近、筋トレを始めたそうですが、トレーニングの後の、ご友人達との食事が楽しみだそうです。では、ご登場いただきましょう。雅ルコ先生です」

紹介が終わると、講義中に拍手が鳴り響いた。そうして、ステージの裾からパンツスーツに身を纏い、細いピンヒールを履いたルコが現れた。

「あの人が、本物のルコね?」

ジーニアスのルコは、そっとリョートに耳打ちをした。

「そうだよ。あれが、ルコだ」

リョートは、目を輝かせ、壇上のルコから視線をそらす事なく、隣に座っているジーニアスのルコに答えた。

ジーニアスのルコは、リョートの様子を見て、何やらバグのような、違和感を感じ取っていた。それは、胸の奥でチクリとした痛みすら発していた。

リョートとジーニアスのルコは、講堂の前から3列目の中央に座っていたため、リョートは近くでルコを見る事ができた。

久し振りに会うルコの姿に、リョートの胸の奥は、高揚した気持ちで溢れていた。自然と、笑みが綻びリョートは穏やかな表情をしていた。

「本日は、お越し頂き有難うございます。後ろのモニターを見ながら、講義していきます。どうぞ、よろしくお願いいたしま…す」

挨拶と共に、深く一礼しながら視線の先に、リョートを確認した事に、ルコは驚きを隠せずに思わず、息を飲んだ。

そして、直ぐに視線を逸らしたものの、身体中に走る恐怖感で、全身が震えた。

これから講義を進めて行かないといけないルコは、動揺と震えを必死で隠していたが、縁台で隠れていた足は、膝がかなりガクガクしていた。

平然を装っているルコを、リョートはじっと見つめていた。そうして、自分の姿を見て動揺をしている事は、予想の範囲である事から、まるで水から出された魚の様に、静かに動揺しているルコの状況が、快感にすら感じ、思わず口角が上がってしまったそれを、右手をそっと添えて隠した。

お読みいただき、ありがとうございました。

ジーニアスのルコが、少しずつ変化して来ました。

リョートとルコの過去に何があったのか。

お話はまだまだ続きます。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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