拒まれ続ける想い
室内には無数のモニター画面と、それを操作するジーニアスと研究者が一緒になって作業をしていた。
彼らは会話することなく、淡々とデータを取り扱い、ジーニアスは、正確にそれらを入手していた。
窓のないその空間には、人工的な太陽の光を、間接照明代わりに部屋の隅に小さく照らしていた。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
室内に、警戒音が鳴り響いた。
「データにウイルスが発見されました。住民リストNO.5007809のデータから、ウイルスを除去しました」
デスクのモニターにアプローチされたのは、ジーニアスが発見した人間の記憶を保管していたデータからだった。
「問題の原因を確認したい」
リョートは、モニター越しにデータ管理をしていたジーニアスに問いかけると、30秒程度でモニターにアプローチが現れた。
「NO. 5007809は、キヲクの一部のデータを転売しています。更に、他の人物のキヲクのデータを補完した為です。違法行為です。直ちに警察への報告をしました」
「キヲクの転売は、違法行為だし、他人のキヲクを補完するなんて、イカれた奴だな。整形は、とうの昔に流行り廃れたけれど、人格を変えるのが、最近の流行りだろうな」
「リョートさん。その行いは、違法です」
NO.153チームのテスターとして、かけているメガネから発する、女性ジーニアスの音声を、右耳に差し込んだイヤホンを通して聞いていた。
「分かってる。けど、君達との共同研究には、必要な行いだよな?」
リョートは小声で問いかけた。
「試験的ですが。あと、168時間後には、研究対象の女性ジーニアスが完成します」
「一週間後か」
「同じ事です。あとは、リョートさんが該当する人物のデータを導入する事です」
リョートは、口元を右の人差し指に押し付け、緊張する気持ちを抑えていた。
この所、開発の作業に時間をとられ、缶詰状態だった。会社でシャワーを浴び、仮眠室で寝て起きての日々で、自宅のベッドで爆睡する事が、リョートの望みだった。
「少し、ちゃんと食べたら? 外出るわよ?」
他の研究に回っていたユリカと、久し振りに顔を合わせた。問答無用でユリカはリョートの腕を掴み、部屋から連れ出した。
「不健康そうね? 目の下、クマできてるわよ?」
ユリカはリョートの顔を覗き込んだ。切れ長で長いまつ毛をしたユリカの瞳に、薄っすら映った自分の顔を見て、リョートは苦笑いを見せた。
「俺、病人みたいな顔してるな」
「そーよ。少し陽の光も浴びて、ご飯も食べなきゃ」
会社を出ると、太陽が真上で眩い光を放っていた。面食らったリョートは、微かにふらついて、ユリカの身体にもたれかかった。
「自分の足で歩ける? お年寄りになるのはまだ早いでしょ?」
ユリカは呆れた面を見せ、自分の両手を組んで見せた。
「手厳しいな。そう言えば、ユリカ、ルコが離婚したんだな? 暫くユリカに会ってなかったから聞きそびれてた」
リョートの言葉に、ユリカの表情がスーッと冷めたように見えた。
「さすが、ルコの事になると違うわね? もう、その事知ったんだ? で? ルコが離婚したから、まさか…」
ユリカは、リョートを冷めた目で見ていた。リョートは、小さく首を横に振り、小さくため息を吐いた。
「どうせ、何度ルコに俺の気持ちを伝えても、ルコは俺に答えてはくれない事は、分かっている」
「ルコには、リョートへの気持ちは無いわ。ルコは、リョートの想いに答えられないから、いつも困ってた。どうしてそこまで、ルコにこだわるの?」
ユリカはじっとリョートの瞳を捉え、厳しい表情を見せ、リョートの気を確かめた。
「ルコしかいないんだ。俺の心には。変えられないし、諦めるにも気持ちが消えない」
リョートは両手で自分の顔を覆った。肩をすくめると、後ろで束ねた髪が、さらりと背から肩にかけて滑り落ちた。
「リョート…。ルコは、リョートの事、とても警戒してる。離婚の事も、知られたくなかったから、私は口止めされてた。リョートの気持ちは、ルコを苦しめてるんだよ?」
ユリカは気分を害し、先に行くと言ってリョートの前を離れた。
「想っている人に、気持ちを受け止めてもらえない。じゃぁ、俺のこの気持ちは、どうすればいいんだ? こんなにもルコの事を想っているのに…」
両手から顔を話すと、リョートの目からぽたぽたと涙がこぼれ落ち、地面を濡らしていた。
お読み頂き有難うございました。
今日は、チョコレートを頂き、食べました。
バレンタインデー。
そんな日に因みつつ、歪んだリョートの想いを漂わせてみました。
まだお話は続きます。これからもよろしくお願いいたします。