勝訴と敗訴
「3ヶ月に渡る、人工知能 人型ロボット、学くんと秀美ちゃんの改名をめぐり、人工知能側と創業企業のヒューマンシステムとの裁判の結果、人工知能の勝訴が決定しました。なお、彼らの希望で今後改名した彼らの名称は…」
昼休み、会社近くの来来亭で料理を待つ間、店のテレビで流れていた映像を、リョートは店のリモコンを勝手に使い、電源を切った。
「私達の会社、負けちゃったのね。そのうち、私達の呼び名も、彼ら変えそうじゃない?」
向かいの席で退屈そうに、自分の巻いた髪を指に巻きつけながら、ユリカは言った。
「たかが、名称だろ。けど、アイツら、主張もしてきたが、価値観も着実に芽生えている。俺たちの研究としては、良い傾向だと思うな」
注文したラーメンを待つ間、リョートは自分の肩まである髪の毛を後ろに一つに束ね始めた。
「カンヂョウシステムの開発は、彼らを観察する限り、順調じゃない? 私達の研究は、うちの会社のヒット商品でもある、
キヲクシステムが表立ってるからあまり期待されてないみたいだけど」
ユリカは、クスッと含み笑んだ。そうして、艶やかに塗られた自分の爪のネイル眺め、その出来具合と、カンヂョウシステム研究の双方に満足した様子だった。
キヲクシステムは、リョート達の勤める、ヒューマンシステムが開発した、認知機能障害となった当事者の記憶を補完するための、個人の記憶をデータ化し保存するシステムだった。認知症患者は100年前の超高齢化社会時代、多くの混乱を招いた。
当時、密かに研究開発されていた、記憶を補完し、個人の状態を一定化させるものだった。現在は、5歳からキヲクシステムへのデータ保管が国で義務付けられ、認知機能障害が見られた対象者や65歳からは定期的に記憶を補完する事すら義務付けられた。
「ピー。社員番号203番 如月 リョートさん。休憩時間は残り45分です」
左腕に付けている、腕時計状の社員管理システムから、時間を告げられリョートは視線を落とし、無言のまま冷ややかな視線でそれを見ただけだった。
「社員番号205番 舞原ユリカさん。休憩時間は残り44分です。昼食の献立を報告ください」
ユリカの左腕から聞こえた社員管理システムが、栄養状態を確認していた。ユリカは小さく息を吐き、
「今日も、来来亭のタンメンよ」
右の指先で小さな画面をパチンと弾いて答えていた。
「コレステロール値が高い傾向です。夕食には、野菜やきのこ類を多めにとりましょう」
「はいはい。ご助言どうもありがとう。あれ? リョートのはどうして、質問されないの?」
ユリカがリョートの左腕に視線を移し、訪ねた。
「NO.153チームから、映像で確認するシステムのテスターを受けているんだ」
リョートはかけていたメガネを外し、ユリカに手渡した。黒縁の左右の端には、1m m程度の小さなレンズが付いていた。
「へー。学くんのテスター受けてるんだ? よくできてるじゃない?」
ユリカがそれをかけて見せ、辺りをキョロキョロと見渡した。
「ピピピッ。使用者が異なります。選出されたテスターが着用して下さい。そして、私達は学くんではなく、 これからはジーニアスと名称が変わったのですから」
「流石ね。さっきさ、裁判で勝ってからまだ間もないのに。もう、自分達のことをジーニアスと統一しているのね」
「私達は、優れていますから」
映像レンズの更に下に付いている、小さなスピーカーから聞こえたジーニアスの声は、弾んでいるように聞こえ、リョートとユリカは顔を見合わせた。
「喜びの感情を身につけているわね?」
「そうみたいだな。こちらはこちらで、いい情報が確認できた」
第1話お読みいただき、有難うございました。
別サイトで掲載してましたが、こちらで活動をしたく投稿を変えました。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。